「亦」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 7 件
「亦」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
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故事・ことわざ・慣用句一覧
悪法も亦法なり(あくほうもまたほうなり)
たとえ悪い法律であっても、廃止されるまではその法に従わなければならないということ。
驥は一日にして千里なるも、駑馬も十駕すれば則ち亦之に及ぶ(きはいちじつにしてせんりなるも、どばもじゅうがすればすなわちまたこれにおよぶ)
生まれつきの力が人より劣っていても、休まず地道に努力を続けていれば、すぐれた力を持つ人とやがて肩を並べられる、ということ。 「駑馬」は、歩みののろい、平凡な馬。「十駕」は、車を引く馬を十日間続けて走らせること。すぐれた馬は一日に千里も走りぬけるが、のろい馬でも十日続けて進めば、同じ道のりを行き終えられる。そうした馬どうしの比べ方から、この句ができた。 中国の思想書『荀子』の言葉で、勧学篇と修身篇という二つの章に、どちらも「駑馬十駕」の句が出てくる。原文の[[駑馬十駕*https://yoji.jitenon.jp/yojii/4365]]は、四字熟語としてもそのまま使われ、意味もこの句と同じ。 修身篇の一節を漢文の読み方どおりに読んだ「驥は一日にして千里なるも、駑馬も十駕すれば則ち亦之に及ぶ」とも言う。「驥」は、とびきり足の速い名馬のこと。
言悖りて出ずる者は亦悖りて入る(げんもとりていずるものはまたもとりている)
筋の通らない言葉を人に向かって口にすれば、相手からも同じく筋の通らない言葉が返る、ということ。 他人をけなせば自分もけなされる、という形で言われる例もある。「悖る」は、道理や筋道に逆らうこと。 儒学の古典である『大学』に見え、原文ではすぐあとに、筋の通らないやり方で手に入れた金品も、やはり筋の通らない形で手もとを離れていく、という対になる一文が続く。 この句を四字に縮めた形が、四字熟語の「[[悖出悖入*https://yoji.jitenon.jp/yojib/915]]」。
心頭を滅却すれば火も亦涼し(しんとうをめっきゃくすればひもまたすずし)
思いを空にしてしまえば、燃えさかる火のなかでさえ熱さを覚えない。いかなる責め苦も、心の置きどころ一つで受け流せる。 「心頭」は胸のうち、「滅却」は拭い去ること。 もとは、身を置く場所を選ばず禅は修められるという意だったが、日本では生き方全般を説く句へと広がった。 天正十年(一五八二)、織田勢の焼き打ちを受けた恵林寺で、僧快川がこの句を唱えたと伝えられる。
学びて時に之を習う亦説ばしからずや(まなびてときにこれをならうまたよろこばしからずや)
一度学んだことを折々におさらいし、確かな力に変えていく。それは実に喜ばしいものだ、という意。学ぶことの喜びを述べた孔子の言葉。
学ぶに暇あらずと謂う者は暇ありと雖も亦学ぶ能わず(まなぶにいとまあらずというものはいとまありといえどもまたまなぶあたわず)
「暇がないから学べない」と口にする人は、そもそも学ぶ気持ちが薄いのであって、時間ができても結局は学ぼうとしない。学問に向き合わない言い訳をいましめた言葉。
陽気発する処、金石も亦透る(ようきはっするところ、きんせきもまたとおる)
一心に打ち込めば、どれほど難しい事でも果たせないことはない。 「陽気」とは、万物を生み育て動かすとされる、天地の盛んな気。 その気が起これば、堅い金属や岩石さえ突き通すとの意から。
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