「わ」から始まる故事・ことわざ・慣用句 — 84 件
「わ」から始まる故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
矮子の看戯(わいしのかんぎ)
見識がないことのたとえ。また、周りの意見に簡単に同調することのたとえ。 「矮子」は、背の低い人。「看戯」は芝居を観ること。 背が低く、舞台が見えていないのに、周りの批評を聞いて同調することから。 「矮人の観場」ともいう。
若い時旅をせねば老いての物語がない(わかいときたびをせねばおいてのものがたりがない)
若い時に旅をしておかなければ、年をとってから人に話す話題がないということ。
若い時の苦労は買うてもせよ(わかいときのくろうはこうてもせよ)
若い時の苦労は将来役に立つ貴重な経験となるから、自分から進んで苦労するほうがよいということ。
若い時は二度ない(わかいときはにどない)
若い時代は二度とやってこないから、何でも思い切ってやってみるのがいいということ。
若木に腰掛けな(わかぎにこしかけな)
若者は頼りにならないことのたとえ。また、将来性のある若者を踏みつけにするなということ。 若い木は折れやすいから腰掛けてはいけないということ。
若木の下で笠を脱げ(わかぎのしたでかさをぬげ)
若木が将来どんな大木に育つのかわからないように、若者も将来どんなに偉くなるかわからないので、ばかにしないで敬意を表して接すべきだということ。
若気の過ち(わかげのあやまち)
若さから思慮に欠けた行動をしたために起こった失敗。
若気の至り(わかげのいたり)
若さから、思慮に欠けた勢い任せの行動をしてしまうこと。または、その結果。 主に、若い頃を反省していう言葉。
我が頭の蠅を追え(わがあたまのはえをおえ)
よその欠点に伸ばしたその手で、まず自分の欠点をひとつ直せばよい。 人を直す資格は、そのあとについてくる。 単に「己の頭の蠅を追え」とも、「我が頭の蠅を追え」ともいう。
我が家、楽の釜盥(わがいえ、らくのかまだらい)
盥(たらい)を買えずに釜で代用しているような貧乏な暮らしをしていても、我が家ほど楽しい所はないということ。
我が意を得たり(わがいをえたり)
物事が自分の考えていた通りになる。自分の考えにぴったり合う。
我が上の星は見えぬ(わがうえのほしはみえぬ)
誰にも自分の運命はわからないということ。「星」は運命の意。
我が面白の人泣かせ(わがおもしろのひとなかせ)
自分が面白くて楽しんでいることが、人に迷惑をかけていることがあるということ。
我が刀で首切る(わがかたなでくびきる)
自分のおこないで自分自身が苦しむ結果になるたとえ。
我が門で吠えぬ犬なし(わがかどでほえぬいぬなし)
弱い者も自分の家では威張ることのたとえ。 どんなに臆病な犬でも、自分の家の前ではよく吠えるとの意から。
我が糞は臭くなし(わがくそはくさくなし)
自分の欠点には気がつかないというたとえ。
我が口に甘ければ人の口にも甘し(わがくちにあまければひとのくちにもあまし)
自分の好むことは他人もまた好むものである。 自分がよいと思うことは人にも施すべきであるということ。
我が心石に非ず、転ずべからず(わがこころいしにあらず、てんずべからず)
心が確固として不動であることのたとえ。 自分の心は石ではないから、転がして動かすことはできないということ。
吾が心秤の如し(わがこころはかりのごとし)
私の心は、秤(はかり)のように公平であるということ。 どちらか一方に偏ったり、私情を交えたりしないという意味。
我が心を獲たり(わがこころをえたり)
他人の言葉や行いが、自分の心にぴったり適っていること。
我が子自慢は親の常(わがこじまんはおやのつね)
親は誰でも我が子を自慢したがるということ。
我が事終わる(わがことおわる)
自分が関わっていることが全て終わること。なすべきことがないこと。
我が事と下り坂に走らぬ者なし(わがこととくだりざかにはしらぬものなし)
自分に関することとなれば、下り坂で自然と早足になるように、自ら進んで走りまわるということ。
我が子の悪事は見えぬ(わがこのあくじはみえぬ)
親は自分の子をひいきしがちで、欠点や過ちに気づかないものだということ。
我が好きを人に振る舞う(わがすきをひとにふるまう)
相手の好き嫌いを考えずに、自分の好みを人に押し付けること。
我が脛に鎌(わがすねにかま)
自らの行為によって自分を傷つけることのたとえ。
我が田に水を引く(わがたにみずをひく)
他人のことを考えず、自分の利益のみを優先して行動すること。また、自分に都合のよい理屈をこねること。[[我田引水*https://yoji.jitenon.jp/yojic/1264.html]]。
我が田への水も八分目(わがたへのみずもはちぶんめ)
自分の利益を優先しすぎず、欲を抑えて周囲との調和を図るべきであるということ。 田に水を引く際、自分の田だけに満水まで引くのではなく、他者の田にも配慮し、適度なところで止めるべきであるという考えから。 独占や過度な利己主義を戒める言葉。
我が亡き後に洪水よ来たれ(わがなきあとにこうずいよきたれ)
自分が死んだ後なら、洪水でもなんでも来てよい。今さえよければ、あとはどうなってもかまわないということ。
我が仏尊し(わがほとけとうとし)
手を合わせてきた相手こそが一番だと、疑いもせずに思い込む。 自分の側の物差ししか目に入らず、よそのものを端から見ようとしない狭さをいう。
