秋の雨が降れば猫の顔が三尺になるとは

言葉 | 秋の雨が降れば猫の顔が三尺になる |
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読み方 | あきのあめがふればねこのかおがさんじゃくになる |
意味 | 秋は晴れた日より雨の日の方が暖かいので、猫も顔を長くし喜ぶということ。 |
使用されている漢字
「秋」を含むことわざ
秋荒れ半作(あきあれはんさく)
秋に天候が荒れると、作物の収穫は半減するということ。
秋風が立つ(あきかぜがたつ)
男女の間の愛情がなくなること。「秋」を「飽き」に掛けた言葉。「秋風が吹く」とも。
秋風と夫婦喧嘩は日が入りゃ止む(あきかぜとふうふげんかはひがいりゃやむ)
秋風が日暮れになると静まるように、夫婦喧嘩も夜になるとおさまるということ。
秋茄子は嫁に食わすな(あきなすはよめにくわすな)
秋に収穫する茄子を嫁に食べさせてはいけないということ。 「おいしいのでもったいないという姑の嫁いびり」「種が少ないので子宝に恵まれない」「体が冷えてよくない」などの解釈がある。 「おいしいのでもったいないという姑の嫁いびり」の解釈が一般的。
秋の入り日と年寄りはだんだん落ち目が早くなる(あきのいりひととしよりはだんだんおちめがはやくなる)
年々衰える年寄りの健康状態を、急速に暮れていく秋の夕日にたとえたことば。
秋の扇(あきのおうぎ)
男性の愛を失った女性のたとえ。夏に重宝された扇も秋には必要なくなることから。 中国漢の成帝の寵愛を失った班倢伃(はんしょうよ)という女性が自身を秋の扇に例えた詩「怨歌行」を詠んだという故事から。
「雨」を含むことわざ
朝雨馬に鞍置け(あさあめうまにくらおけ)
朝に降る雨はすぐに止むから、馬に鞍を置いて外出する用意をせよ、ということ。
朝雨と女の腕捲り(あさあめとおんなのうでまくり)
朝の雨はすぐにやむため、女が腕まくりをして強がるのと同様、恐れるに足りないということ。 「俄雨(にわかあめ)と女の腕捲り」ともいう。
朝雨に傘いらず(あさあめにかさいらず)
朝の雨はすぐにやむということ。
朝虹は雨夕虹は晴れ(あさにじはあめゆうにじははれ)
朝に虹が出るとその日は雨、夕方の虹は翌日が晴れになるということ。
雨垂れ石を穿つ(あまだれいしをうがつ)
小さな努力も根気強く続けていけば、いつかは成功することのたとえ。 わずかな雨垂れでも長い年月、同じ所に落ち続ければ、石に穴をあけることができるとの意から。 「点滴石を穿つ」ともいう。
雨垂れは三途の川(あまだれはさんずのかわ)
家から一歩出れば、どんな災難や危険が待ちかまえているかわからないということ。軒下から落ちる雨だれが、三途の川のように、あの世とこの世の堺だから、家から出たら十分注意せよという戒めのことば。
「降」を含むことわざ
雨が降ろうが槍が降ろうが(あめがふろうがやりがふろうが)
何が何でも決行するという気持ちを表すことば。
雨の降る日は天気が悪い(あめのふるひはてんきがわるい)
あたりまえのこと、わかりきったことのたとえ。
雨降って地固まる(あめふってじかたまる)
もめごとが解決したあとに、物事が前の状態より良くなること。
臆病の神降ろし(おくびょうのかみおろし)
臆病な者が神々に祈って加護を求めること。「神降ろし」は巫女などが神霊を呼び招く行為。
清水の舞台から飛び降りる(きよみずのぶたいからとびおりる)
思い切った大きな決断し、覚悟を決めて物事を行うことのたとえ。 「清水の舞台」は、京都の清水寺にある、山の斜面にせり出すように造られた観音堂の舞台のこと。 その舞台から飛び降りるほどの覚悟で物事を実行することから。
軍門に降る(ぐんもんにくだる)
戦争に負けて降伏すること。また、競争や試合に負けること。 「軍門」は、陣営の入り口のこと。投降して敵の軍門に入るとの意から。
「猫」を含むことわざ
犬は人につき猫は家につく(いぬはひとにつきねこはいえにつく)
引っ越す時、犬は飼い主について行くが猫は家から離れようとしないということ。
男猫が子を生む(おとこねこがこをうむ)
ありえないことのたとえ。
女の心は猫の目(おんなのこころはねこのめ)
女の心は気まぐれで変わりやすいことのたとえ。 女心は、猫の目が光によって形が変化するように変わりやすいとの意から。
借りてきた猫(かりてきたねこ)
ふだんと違って非常におとなしいようす。ねずみを捕らせるために他人の家から借りた猫は、おとなしく小さくなっていることから。
窮鼠、猫を噛む(きゅうそ、ねこをかむ)
弱い者も追いつめられると、必死になって強い者に反撃することがあるということ。 追いつめられた鼠が猫にかみつくとの意から。
皿嘗めた猫が科を負う(さらなめたねこがとがをおう)
悪事をはたらいた主犯が罰せられず、少しだけ関与した小者が罰せられるたとえ。 皿の上の魚を食べた猫はとっくに逃げてしまい、あとからやって来て皿をなめただけの猫が罪を着せられるとの意から。
「顔」を含むことわざ
朝顔の花一時(あさがおのはないっとき)
物事の盛りが短く、はかないことのたとえ。朝咲いた朝顔の花が昼を待たずにしぼんでしまうことから。
朝に紅顔ありて夕べに白骨となる(あしたにこうがんありてゆうべにはっこつとなる)
無常のこの世では、人の生死は予測できないということ。 朝血色のよい顔をしていた人が、夕方には死んで白骨となるという意味から。
合わせる顔がない(あわせるかおがない)
相手の期待や信頼を裏切るようなことをして、申し訳なくてその人に会いにくいというたとえ。 「あわせる」は「あわす」ともいう。 また「合」は「会」とも書く。
いい顔をしない(いいかおをしない)
好意的な態度を示さない。不機嫌な様子である。
怒れる拳、笑顔に当たらず(いかれるこぶし、えがおにあたらず)
怒って強い態度で向かってきた者に対しても、優しい態度で接するほうが効果的であるということ。怒って振り上げた拳も、相手の笑顔に気勢をそがれて打ち下ろせないとの意から。
一瓜実に二丸顔(いちうりざねににまるがお)
女性の顔立ちで、一番良いのはやや細長く白い瓜実顔、二番目は愛嬌のある丸顔だということ。その後に「三平顔に四長顔、五まで下がった馬面顔」と続く。
「三」を含むことわざ
商い三年(あきないさんねん)
商いは始めてから三年くらいたたないと、利益を得るようにはならない。三年は辛抱せよというおしえ。
顎振り三年(あごふりさんねん)
技量を身に付けるまでには長い年月がかかるということ。尺八は、顎を振って微妙な音を出すこつを会得するまでに三年かかることから。
朝起きは三文の徳(あさおきはさんもんのとく)
朝早く起きるとなにかしらいい事があるということ。「徳」は「得」と同じ。
雨垂れは三途の川(あまだれはさんずのかわ)
家から一歩出れば、どんな災難や危険が待ちかまえているかわからないということ。軒下から落ちる雨だれが、三途の川のように、あの世とこの世の堺だから、家から出たら十分注意せよという戒めのことば。
家を道端に作れば三年成らず(いえをみちばたにつくればさんねんならず)
他人の助言をいちいち聞いていると、何事もやり遂げることが出来ないというたとえ。 道に面した場所に家を建てようとすると、口出しをする人が多くてなかなか出来上がらないとの意から。
石の上にも三年(いしのうえにもさんねん)
辛抱すればいつか必ず成功することのたとえ。 冷たい石の上でも、三年座り続ければ暖まるとの意から。
「尺」を含むことわざ
九尺二間に戸が一枚(くしゃくにけんにとがいちまい)
間口が九尺、奥行き二間、入り口の戸が一枚だけというような、きわめて狭く粗末な家のたとえ。
虚無僧に尺八(こむそうにしゃくはち)
必ず付いているもののたとえ。
三尺下がって師の影を踏まず(さんじゃくさがってしのかげをふまず)
師につき従う時、弟子は三尺ほど後ろを歩いて、師の影を踏んではいけないということ。 弟子は師を敬い礼儀を失わないように心がけるべきであるという戒めの言葉。 「弟子七尺去って師の影を踏まず」「七尺去って師の影を踏まず(踏むな)」ともいう。
三寸の舌に五尺の身を亡ぼす(さんずんのしたにごしゃくのみをほろぼす)
不用意な発言は、身を滅ぼしてしまう恐れがあるので、言葉は慎まなければいけないという戒め。 わずか三寸の舌が五尺の体を滅ぼしてしまうとの意から。
咫尺(しせき)
距離が非常に近いこと。
「―の間」咫尺(しせき)
高貴な人の近くに行き、その人と会うこと。
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