「三」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 187 件
「三」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
商い三年(あきないさんねん)
商いは始めてから三年くらいたたないと、利益を得るようにはならない。三年は辛抱せよというおしえ。
秋の雨が降れば猫の顔が三尺になる(あきのあめがふればねこのかおがさんじゃくになる)
秋は晴れた日より雨の日の方が暖かいので、猫も顔を長くし喜ぶということ。
欠伸を一緒にすれば三日従兄弟(あくびをいっしょにすればみっかいとこ)
つられて一緒にあくびをした者同士は、何かしらの縁があるということ。 「三日従兄弟」は血のつながりの薄い親類で、縁を軽い血縁関係にたとえた言い方。
顎振り三年(あごふりさんねん)
技量を身に付けるまでには長い年月がかかるということ。尺八は、顎を振って微妙な音を出すこつを会得するまでに三年かかることから。
雨垂れは三途の川(あまだれはさんずのかわ)
家から一歩出れば、どんな災難や危険が待ちかまえているかわからないということ。 軒下から落ちる雨だれを、あの世とこの世の堺である三途の川に見立てて、家から一歩出たら十分に注意せよとの戒めのことば。
家を道端に作れば三年成らず(いえをみちばたにつくればさんねんならず)
他人の助言をいちいち聞いていると、何事もやり遂げることが出来ないというたとえ。 道に面した場所に家を建てようとすると、口出しをする人が多くてなかなか出来上がらないとの意から。
行き成り三宝(いきなりさんぼう)
自分から手を加えようとせず、物事を成り行きのままに放っておくこと。片づけをしないで、やったきりにしておく場合にもいう。 ここでの「三宝(さんぼう)」は、前の「行き成り」を強めるために付け足した言葉。 「行き成り」は「ゆきなり」とも読む。今の「いきなり(突然)」とはちがい、成り行きのままという意味を持つ。 近い言葉に[[行き当たりばったり*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/4563.php]]がある。
石の上にも三年(いしのうえにもさんねん)
辛抱すればいつか必ず成功することのたとえ。 冷たい石の上でも、三年座り続ければ暖まるとの意から。
伊勢へ七度、熊野へ三度(いせへななたび、くまのへみたび)
信仰心が深いことのたとえ。 伊勢神宮へ七度、熊野三山へ三度もお参りするほど信仰深いとの意から。 このあと続けて「愛宕(あたご)様へは月参り」ともいう。
居候、三杯目にはそっと出し(いそうろう、さんばいめにはそっとだし)
他人の家に世話になっている者は、食事の時も遠慮がちに三杯目のお代わりをするということ。居候の肩身のせまさを詠んだ川柳から。 同じく居候をよんだ川柳には、その横着ぶりをよんだ[[居候角な座敷を丸く掃き*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8787.php]]もある。
一運二腰三拍子(いちうんにこしさんびょうし)
相場で儲けるのに要るものを順に並べた言い方。まず運、次に腰の強さ、最後に拍子。 「腰」は粘り、「拍子」は仕掛けどきの間合いをいう。運を第一に置くところに、思うにまかせない相場の性質が出ている。
一押し、二金、三男(いちおし、にかね、さんおとこ)
女性をくどくには、第一が押しの強さ、二番目が金の力、男ぶりのよさは三番目だということ。
一押し二押し三に押し(いちおしにおしさんにおし)
ひと押しで足りなければもうひと押しと、強気に迫り続けて、何としても自分の望むほうへ持っていこうとする態度。 さらに念を入れて、三度目まで重ねた「一押し二押し三に押し」の形も使われる。 押しの強さで望みをかなえる点では[[押しの一手*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/5284.php]]に、考えを曲げず通そうとする点では[[我を通す*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/5762.php]]に近い。
一髪、二化粧、三衣装(いちかみ、にけしょう、さんいしょう)
女性を美しく見せるのは、第一は髪かたちの美しさ、二番目は化粧、三番目が衣装だということ。
一日一字を学べば三百六十字(いちにちいちじをまなべばさんびゃくろくじゅうじ)
毎日少しずつでも怠らずに勉強を続ければ、積もり積もって大きな成果が得られるというたとえ。
一に褒められ二に憎まれ三に惚れられ四に風邪ひく(いちにほめられにににくまれさんにほれられしにかぜひく)
くしゃみが立て続けに出たとき、その回数で人の噂の中身を読む数え歌。 四度まで続いたらもう噂ではなく体のほうを疑え、という落ちが付く。
一引き、二才、三学問(いちひき、にさい、さんがくもん)
出世の条件は、第一に上のひとの引き立て、二番目は才能、三番目が学問であるということ。
一富士、二鷹、三茄子(いちふじ、にたか、さんなすび)
初夢に見ると縁起がいいとされるものを順に並べたことば。
一狐裘三十年(いっこきゅうさんじゅうねん)
高い地位にあって、ぜいたくをしようと思えばできる人が、あえて質素な暮らしを続けること。広い意味で、むだな出費をとことん切り詰める人の様子にも使われる。 「狐裘」は、キツネの前足の付け根あたりに生える白い毛を集めて仕立てた皮衣のことで、身分の高い人が着る上等なものだった。晏子(晏嬰)は春秋時代の中国で斉という国の君主を助けて政治を動かす宰相をつとめた人で、その狐裘をたった一着、三十年にわたって着通したと伝えられ、この句はその話にもとづく。 『礼記』には、孔子の弟子である曾子が晏子を礼をわきまえた人だとほめたところ、同じく弟子の有若が、一着の皮衣で三十年を過ごしたような晏子が礼を知っているとはいえないと言い返し、曾子が、国じゅうがぜいたくに流れているときには、立派な人はあえて倹約をして見せるものだと答えた話がある。 略して「一狐裘」ともいう。同じ故事による四字熟語に[[晏嬰狐裘*https://yoji.jitenon.jp/yojid/1562.html]]がある。倹約して暮らすという点では[[爪に火を点す*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2104.php]]にも近い。
一升徳利こけても三分(いっしょうどっくりこけてもさんぶ)
元手が多ければ、多少損をしても平気だというたとえ。 一升徳利が倒れて中身がこぼれても、三分(三合)くらいは残っているとの意から。
一町に三所(いっちょうにみところ)
一町(約百九メートル)ほどの道のりに三か所ぐらいしか見つからない意から、物がぽつりぽつりとあるだけで、数がごく少ない状態。 そこから、すみずみまで目を配らない、大まかなやり方の意味にも転じた。 「一町にて三所」「一町に二所」ともいう。また「一丁三所」の形でもいう。「一町」は昔の距離の単位。江戸時代の井原西鶴の『日本永代蔵』にも見える古い言い方。
一杯は人酒を飲む、二杯は酒酒を飲む、三杯は酒人を飲む(いっぱいはひとさけをのむ、にはいはさけさけをのむ、さんばいはさけひとをのむ)
多量に酒を飲むことを戒めた言葉。 酒も少量のうちはよいが、多量になると自制心をなくし、しまいには人が酒に飲まれ乱れてしまうということ。
犬の一年は三日(いぬのいちねんはみっか)
子犬の育つ速さをいう言葉。人の子が一年かけて育つくらいの分を、子犬はわずか三日で育つ、という意味である。 犬の一年が人の三日にあたるのなら、人の三日には犬の一年分の重みがあることになる。そこから、人が過ごす一日はそれほど尊いものだと受け取る説もある。 猫を例にとった近い言葉には「猫は三月を一年とする」がある。
犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ(いぬはみっかかえばさんねんおんをわすれぬ)
犬は三日間餌をやってかわいがれば三年間恩を忘れない。犬でさえそうなのだから、人間は受けた恩を忘れてはいけないという戒めの言葉。
茨の中にも三年の辛抱(いばらのなかにもさんねんのしんぼう)
とげだらけの茨に囲まれたようなつらい状況に置かれても、三年もこらえ続ければ、やがて苦労しただけのかいがあると説く言葉。途中で投げ出さずに辛抱を重ねる大切さを伝えている。 「茨」は枝にとげのある低い木のことで、身を置くだけで痛い思いをする苦しい立場を表している。 短く「茨の中にも三年」ともいう。[[石の上にも三年*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2459.php]]も、同じ教えを含んだ句だ。
韋編三度絶つ(いへんみたびたつ)
繰り返して書を読むこと。 「韋編」は、字を書いた木や竹の札を、なめし皮の紐(ひも)でとじた中国の昔の書物。 孔子は「易経」を愛読し繰り返し何度も読んだため、書物をとじている革紐が三度も切れたという故事から。 「[[韋編三絶*https://yoji.jitenon.jp/yojih/3680.html]]」ともいう。
今参り三日(いままいりみっか)
新しく雇われた奉公人は、勤めはじめて間もないうちは熱心に仕事をするが、二十日ほどたつと気がゆるみ、なまけはじめる者が多い。 「今参り」は、新しく奉公に上がった人。「奉公人」は、主人に仕えて、その家の用を務める人。 「二十日」を「百日」や「三日」に替えて、「今参り百日」「今参り三日」ともいう。
いやいや三杯(いやいやさんばい)
口先だけの遠慮のこと。 口では遠慮して、実際に勧められれば何杯でも飲むことから。 「いやいや三杯十三杯」ともいう。
いらぬ物も三年立てば用に立つ(いらぬものもさんねんたてばようにたつ)
今は使い道の見えない物でも、しまっておけばいずれ出番が回ってくる。手放すのを急がないほうがよい。
うかうか三十きょろきょろ四十(うかうかさんじゅうきょろきょろしじゅう)
歳月の過ぎるのが早く、人生が無為に過ぎることのたとえ。 うかうか過ごしているうちに三十代になり、きょろきょろしている間に四十代になってしまうとの意から。
