「み」から始まる故事・ことわざ・慣用句 — 182 件
「み」から始まる故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
みいちゃんはあちゃん(みいちゃんはあちゃん)
周りの意見や流行などに左右されやすいこと。また、そのような人。ミーハー。
ミイラ取りがミイラになる(みいらとりがみいらになる)
人を連れ戻しに出かけた者が帰って来ないことのたとえ。また、説得しようとした者が、逆に相手に同調してしまうというたとえ。
見栄張るより頬張れ(みえばるよりほおばれ)
人目をどう繕っても腹はふくれず、こちらの手元には何ひとつ残らない。 出されたものはその場でいただくのが、結局は身のためになる。
見栄も外聞もない(みえもがいぶんもない)
人の評判や世間体を気にする余裕もないさま。
見得を切る(みえをきる)
大げさな言動をとって、自分の自信のほどを強調すること。「大見得」は歌舞伎役者が、芝居が最高潮に達した時に目立つ表情や演技をすることで、大げさな言動で自分を誇示するということから。 「見得を切る」ともいう。
見栄を張る(みえをはる)
人からよく思われようとして、無理に外見を飾り立てたり、体裁を取り繕ったりすること。
見掛け倒し(みかけだおし)
看板だけが立派で、実情が伴わないこと。 見かけはよくても、内容が乏しいこと。
見掛けばかりの空大名(みかけばかりのからだいみょう)
「空大名」は、大名と呼ばれてはいても、それを支える身代のない者。 外目には仰々しく構えていても、中身がそれに追いついていないさまをいう。
味方見苦し(みかたみぐるし)
味方の肩を持つのは人の情だが、それが行き過ぎて是非の見境まで失えば、はたの目には見苦しく映るということ。
身から出た錆(みからでたさび)
自分が犯した悪行の結果として、自分自身が苦しむこと。
身から出た錆は研ぐに砥石がない(みからでたさびはとぐにといしがない)
自分の過ちや行いが原因で生じた災難は、他人を責めることができず、受け入れるしかないということ。
身が軽い(みがかるい)
からだの動きが軽快な様子。 また、責任や負担などがなく身軽な様子。
身が入る(みがはいる)
気持ちがそこへ向いて、打ち込めるようになること。打ち消して「身が入らない」の形でも使う。
身が持たない(みがもたない)
無理が重なって、からだも財布も保たなくなること。
右から左(みぎからひだり)
受け取った金品をすぐ別の人に渡してしまうことのたとえ。
右と言えば左(みぎといえばひだり)
こちらが右といえば左と答えるように、人の言うことにいちいち反対すること。
右に出る者がない(みぎにでるものがない)
一番すぐれていて、その人に優る者がいないということ。昔、中国で右を上席としたことから。
右の耳から左の耳(みぎのみみからひだりのみみ)
右の耳に入った言葉が、どこにもとどまらずに左の耳へ通り抜けていく。 何度聞かされても頭に何ひとつ残らないさまをいう。
右を見ても左を見ても(みぎをみてもひだりをみても)
どの方向を見ても。
三行半(みくだりはん)
夫の側から妻に渡した離縁状のこと。転じて、夫婦の縁を切ることをいう。 江戸のころは、離縁状の本文を三行と半分に書きおさめるのがならわしだった。「三下り半」とも書く。
神輿を上げる(みこしをあげる)
座り込んでいた人が立ち上がるたとえ。また行動をおこして仕事にとりかかること。「輿」と「腰」を掛けたことば。
神輿を担ぐ(みこしをかつぐ)
まわりで囃し立てて、その人を代表や長の座へ押し出すこと。
神輿を据える(みこしをすえる)
一度居着いたら、いつまでもその場を離れないこと。
操を立てる(みさおをたてる)
志を堅く守って変えないこと。 また、女性が貞操を守り通すこと。
見ざる聞かざる言わざる(みざるきかざるいわざる)
余計な波風を立てないよう、目も耳も口もふさいでおく構え。 それぞれ一か所を押さえた猿を三体並べた像が庚申塚などに残り、打ち消しの語尾を獣の名に掛けてもいる。
身知らずの口叩き(みしらずのくちたたき)
自分の丈がどれほどかも量れないまま、言い分だけが人より前へ出る。 「口叩き」は、舌の回ることをいう。
微塵もない(みじんもない)
そのような気持ちなどが全くない。すこしもない。
身過ぎは草の種(みすぎはくさのたね)
食べていく手立ては、選り好みさえしなければそこらじゅうにある。 一つの道が閉じても、次の道は足元から見つかる。
身過ぎは八百八品(みすぎははっぴゃくやしな)
「八百八」はありあまるほどの意。世の中で身を養う道は数え切れないほどあり、どれを選んで生きてもよいということ。
水到りて渠成る(みずいたりてきょなる)
「渠」は水路のこと。水が集まって流れ出せば、通り道はおのずと掘れていく。 学問を積み重ねれば人としての中身はひとりでに育ち、機が熟せば物事はおのずと形になるということ。
