「及」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 23 件
「及」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
朝夕べに及ばず(あしたゆうべにおよばず)
事態が非常に差し迫っていて、朝のうちは夕方のことまで考える余裕がない。目先の対応に追われ、将来の見通しが立てられないことのたとえ。
足下にも及ばない(あしもとにもおよばない)
力量の開きが大きすぎて、とうてい肩を並べられないこと。 相手の足の位置にすら届かないとの意から。 「足元へも寄り付けない」ともいう。
言うに及ばず(いうにおよばず)
わざわざ言う必要がない。言うまでもない。
一議に及ばず(いちぎにおよばず)
わざわざ議論する必要もない。
一二に及ばず(いちににおよばず)
手紙の最後に書く言葉。細かな事柄までいちいち書き分けはしないと断る意味をもつ。 「一二」は、一つ目、二つ目と分けて述べることを指す。それに「及ばず」(するまでもない)が付いた形で、詳しいことは省いて書き終えるときに、昔の手紙でよく使われた。 同じ意味の言葉に「不一」がある。
一戦に及ぶ(いっせんにおよぶ)
決着をつけるために、ひと勝負する。
溺るるに及んで船を呼ぶ(おぼるるにおよんでふねをよぶ)
困ったことが起きてしまってから手を打とうとしても、もう遅いということのたとえ。 体が水に沈みかけてから助けの船を呼んでも、着くころにはもう手遅れだということから。 「溺るる」は「溺れる」の古い言い方。 後漢の末に董卓が、宮廷で力をふるっていた張譲らを討つべきだと朝廷に差し出した文にある言葉。 似た意味のことばに「[[戦を見て矢を矧ぐ*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2059.php]]」「[[泥棒を捕らえて縄を綯う*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1935.php]]」がある。
及ばぬ鯉の滝登り(およばぬこいのたきのぼり)
どんなに頑張ってもとうてい不可能なことのたとえ。また、いくら望んでも見込みのない恋のたとえ。「及ばぬ恋」と「鯉の滝登り」をかけていった言葉。
及び腰になる(およびごしになる)
形勢が不利であったり、自信がなかったりして消極的な態度をとること。
及びも付かない(およびもつかない)
差がありすぎて、到底かなわない。
学は及ばざるが如くす(がくはおよばざるがごとくす)
学びに区切りをつけず、いつまでも手が届いていないつもりで向かえということ。 事足りたと思った時点で、そこから先はなくなる。
驥は一日にして千里なるも、駑馬も十駕すれば則ち亦之に及ぶ(きはいちじつにしてせんりなるも、どばもじゅうがすればすなわちまたこれにおよぶ)
生まれつきの力が人より劣っていても、休まず地道に努力を続けていれば、すぐれた力を持つ人とやがて肩を並べられる、ということ。 「駑馬」は、歩みののろい、平凡な馬。「十駕」は、車を引く馬を十日間続けて走らせること。すぐれた馬は一日に千里も走りぬけるが、のろい馬でも十日続けて進めば、同じ道のりを行き終えられる。そうした馬どうしの比べ方から、この句ができた。 中国の思想書『荀子』の言葉で、勧学篇と修身篇という二つの章に、どちらも「駑馬十駕」の句が出てくる。原文の[[駑馬十駕*https://yoji.jitenon.jp/yojii/4365]]は、四字熟語としてもそのまま使われ、意味もこの句と同じ。 修身篇の一節を漢文の読み方どおりに読んだ「驥は一日にして千里なるも、駑馬も十駕すれば則ち亦之に及ぶ」とも言う。「驥」は、とびきり足の速い名馬のこと。
子細に及ばず(しさいにおよばず)
細かいことを言う必要はないということ。
駟も舌に及ばず(しもしたにおよばず)
失言は取り返しがつかないから、言葉には十分気をつけよということ。 「駟」は四頭立ての馬車。 一度口にした言葉は、四頭立ての速い馬車で追っても追いつけないという意味から。 「駟馬も追う能わず(しばもおうあたわず)」ともいう。
過ぎたるは猶及ばざるが如し(すぎたるはなおおよばざるがごとし)
行きすぎたものは、届かなかったものと出来ばえが並ぶ。どちらへ振れても狙った形にはならず、中ほどで踏みとどまるのがよい。
是非に及ばず(ぜひにおよばず)
どうすることもできない。仕方がない。やむを得ない。そうするしかない。 その物事の善悪を議論する余裕がないということから。 本能寺の変で織田信長が言ったとされる言葉。
力及ばず(ちからおよばず)
精一杯努力したが、力不足で残念な結果に終わる様子。
長鞭馬腹に及ばず(ちょうべんばふくにおよばず)
鞭がどれほど長くても、馬の腹までは当たらない。抜きん出た勢いを持つ者にも手の回らぬ場所はあり、また、身の丈が過ぎれば道具としては使えなくなる。楚に攻められた宋を救おうとした晋侯を、大夫の伯宗がこの古語を引いて思い止まらせたという故事から。
糠を舐りて米に及ぶ(ぬかをねぶりてこめにおよぶ)
小さなところから食い込まれ、ついには肝心なものまで根こそぎ奪われること。糠をなめ尽くした舌は中の米にまで届くという里のことわざで、漢の呉王濞が領地を削られる危うさを説いたときに引いた言葉。
風する馬牛も相及ばず(ふうするばぎゅうもあいおよばず)
たがいに遠く離れていて、少しも関わり合いが持てないさまをいう。 のちに意味が広がり、自分にはかかわりのない事柄や、そう決め込んで取り合わない態度をさすようにもなった。 「風」は動物に盛りがつくこと。盛りのついた馬や牛でさえ、雌と雄が求め合っても行き着けないほど隔たっている、という意から。 「風する馬牛も相及ばず(ふうするばぎゅうもあいおよばず)」ともいう。
累月に及ぶ(るいげつにおよぶ)
ひと月ふた月では収まらず、月をまたいで長引くこと。
累を及ぼす(るいをおよぼす)
自分の始末が周りの者にまで降りかかって、関わりのなかった側が損を被ること。当人の内で片づく話が、そばにいるというだけの人へこぼれていく。
殃池魚に及ぶ(わざわいちぎょにおよぶ)
自分のあずかり知らぬ出来事のとばっちりを受けて、ひどい目にあうこと。特に、よその火事が燃え移る類焼をいう。 中国の故事で、城門が燃えた際に池の水を汲み尽くして火を消したため池の魚がみな死んだとも、池に投げ込まれた宝玉を探して水をさらったため魚が死に絶えたともいう。
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