仕事を覚える人の心得ことわざ — 19 件
新しい仕事を覚えるとき、思うように進まず焦るものです。ここでは、いま仕事を覚えている途中の人のためのことわざを集めました。覚えるには順序があると知る言葉、体で覚えることを説く言葉、聞くことを恥じないための言葉、見る目を養う言葉。名人でも失敗すると教える言葉を挟み、最後は弟子が師を超えることわざで結んでいます。
ことわざ一覧
五重の塔も下から組む(ごじゅうのとうもしたからくむ)
物事はすべて順序よく進めていってこそ、成功するというたとえ。
木もと竹うら(きもとたけうら)
木は根元のほうから、竹は先のほうから割るとうまく割れるということ。物事にはやりやすい方法や順序があるというたとえ。「うら」は、「末」で先の方の意。
ぽつぽつ三年、波八年(ぽつぽつさんねん、なみはちねん)
何事も一人前になるには、それなりの年月が必要だということ。 日本画の修行では、ぽつぽつと点で苔を描けるようになるのに三年、波を描けるようになるのに八年かかるとの意から。
習うより慣れよ(ならうよりなれよ)
物事は人に教えられるよりも実際に経験を積んだほうが身につくということ。
畳の上の水練(たたみのうえのすいれん)
理屈や方法を知っているだけで、実際には役に立たないことのたとえ。 「水練」は、水泳の練習。 畳の上で水泳の練習をしても、泳げるようにならないことから。 「畳水練」「畑水練」ともいう。
問うは一旦の恥、問わぬは末代の恥(とうはいったんのはじ、とわぬはまつだいのはじ)
知らないことを聞くのはほんの一時だけ恥ずかしい思いをするが、聞かずに知らないまま過ごすのは一生恥ずかしい思いをするということ。
鑿と言えば槌(のみといえばつち)
万事に気が利くこと。また、気を利かすべきだという教え。 鑿をくれと言われれば、それを使う時に必要な槌も一緒に渡すとの意から。
手功より目功(てこうよりめこう)
手先の熟練より、物を見る目を養うことが大事だということ。
心ここに在らざれば視れども見えず(こころここにあらざればみれどもみえず)
上の空のままでは、そこにあるはずのものも像を結ばない。気を向けていない相手からは、何ひとつ受け取れない。
木を見て森を見ず(きをみてもりをみず)
小さいことに気を取られて、全体を見ないことのたとえ。
上手の手から水が漏る(じょうずのてからみずがもる)
どんな名人でも時には失敗するというたとえ。
生兵法は大怪我の基(なまびょうほうはおおけがのもと)
中途半端な知識や技術で物事を行うことはきわめて危険であるというたとえ。 「生兵法」は、未熟な兵法や武術のこと。また、十分身についていない知識や技術のこと。 中途半端に身につけた兵法や武術は、頼りになるどころか、かえって大けがの原因になるとの意から。 「生兵法は大疵(おおきず)の基」ともいう。 「基」は「元」とも書く。
三度肘を折って良医となる(みたびひじをおってりょういとなる)
身をもって痛い目に遭った者だけが、他人の痛みの扱い方を覚える。腕も人柄も、読んだり聞いたりでは仕上がらない。 自分の肱ではなく、他人の肱を何度も折ってようやく良医になるという読み方もある。
上手は下手の手本、下手は上手の手本(じょうずはへたのてほん、へたはじょうずのてほん)
下手な人が上手な人のやり方を手本にするのは当たり前だが、上手な人も下手な人のやり方が参考になることもあるというたとえ。
三人行えば必ずわが師あり(さんにんおこなえばかならずわがしあり)
誰と居合わせても、そこから得るものはある。 倣いたい振る舞いはそのまま取り入れ、そうなりたくない振る舞いは我が身を正す材料にすればよい。
老いたる馬は道を忘れず(おいたるうまはみちをわすれず)
経験を積んだ人は方針を誤らないというたとえ。 老馬はいろいろな道を知っており、迷うことがないということから。 中国、斉の桓公が山中で道に迷った時に、老馬の歩みに従って無事に帰り着いたという故事から。 同じ故事から出た漢語の言い方に「老馬の智」がある。
上には上がある(うえにはうえがある)
どれほどのものに出会っても、その先にはさらに勝るものが控えている。 自分の見ているところが天井だと思い込むなという戒めであり、並外れたものを目の当たりにして驚くときの言葉でもある。
多芸は無芸(たげいはむげい)
多芸の人は、かえって一つの芸を深く極めることがなく、結局芸が無いのと同じだということ。
青は藍より出でて藍より青し(あおはあいよりいでてあいよりあおし)
教わった者が、教えた者の届かなかったところまで行く。 育てた側にとっては、これ以上ない誉れになる。 「出藍の誉れ」ともいう。
