子育ての心得ことわざ — 23 件
叱り方、褒め方、手の離し方。子育てには正解がなく、迷うことばかりです。ここでは、子どもに言い聞かせる言葉ではなく、育てる側が自分に向けることわざを集めました。しつけの加減を教えるもの、環境の大切さを説くもの、親の目が狂いやすいことを戒めるもの、そして成長を待つためのことばを並べています。
ことわざ一覧
三つ子の魂百まで(みつごのたましいひゃくまで)
幼い時の性格は、年をとっても変わらないということ。
かわいい子には旅をさせよ(かわいいこにはたびをさせよ)
子どもがかわいいなら、甘やかして育てるより、世の中に出してつらさや苦しさを経験させたほうがいいということ。 「いとしい子には旅をさせよ」ともいう。
氏より育ち(うじよりそだち)
人格形成に大事なのは、家系や血統より育った環境であるということ。
鉄は熱いうちに打て(てつはあついうちにうて)
人は精神が柔軟な若いうちに、頭も身体も鍛えるべきであるというたとえ。また、物事は時機を逸せず、みんなの熱意があるうちに行えというたとえ。鉄は熱して柔らかい間は自由な形に加工しやすいことから。
三つ叱って五つほめ、七つ教えて子は育つ(みっつしかっていつつほめ、ななつおしえてこはそだつ)
子どもは少し叱って多くほめ、たくさん教えて育てるのがいいということ。
二度教えて一度叱れ(にどおしえていちどしかれ)
子どもをしつける時の心得を示した言葉。子どもの過ちや失敗は頭ごなしに怒らず、繰り返してよく教え諭し、それでも聞かない時にたまに叱るくらいがよいということ。
ひそかに諌めて公に褒めよ(ひそかにいさめておおやけにほめよ)
人を叱ったり注意したりする時は、他の人の居ないところで行い、褒める時はみんなの前で行えということ。人の心を傷つけず、やる気にさせるには、それが良い方法だということ。
賞は厚くし罰は薄くすべし(しょうはあつくしばつはうすくすべし)
善行は小さなことでもおおいに褒めたたえ、悪行はできるだけ軽い罰にするのがよいということ。
矯めるなら若木のうち(ためるならわかぎのうち)
樹木の枝などの形を整えるなら柔らかい若木のうちにせよということ。 人間の悪い癖や欠点なども若いうちになおすのがよいというたとえ。 「矯める」は曲げたり伸ばしたりして形を整えること。
孟母三遷の教え(もうぼさんせんのおしえ)
子どもの教育には良い環境を選ぶことが大切だという教え。 孟子は幼い頃墓地の近くに住んでいたが、孟子が葬式の真似をして遊ぶので母は市場の近くに居を移した。すると孟子は売買の真似をはじめたので、今度は学校のそばに転居した。すると礼儀作法を真似るようになったので教育に最適な場所として安住したという故事から。 「三遷の教え」「孟母の三遷」「孟母の三居」「孟母三遷」などともいう。
その子を知らざればその友を視よ(そのこをしらざればそのともをみよ)
当人を測りかねたら、まわりに誰がいるかを見ればよい。 人は自分に似た者を選んで側に置く。
門前の小僧、習わぬ経を読む(もんぜんのこぞう、ならわぬきょうをよむ)
毎日その中に置かれていれば、手ほどきを受ける機会が一度もなくても、いつのまにか同じ真似ができる。周りで繰り返されている事柄は、そうと意識しないうちに身の内へ移る。
性相近し、習い相遠し(せいあいちかし、ならいあいとおし)
生まれ落ちたばかりの中身に、人ごとの開きはさほどない。 のちに何を重ね、何を学んだかが、人と人とを隔てていく。 孔子の言葉で、学びの重みを説くくだりに引かれる。
親の甘茶が毒となる(おやのあまちゃがどくとなる)
親が子どもを甘やかして育てると、その子のためにならず、むしろ毒になるということ。
児孫のために美田を買わず(じそんのためにびでんをかわず)
子や孫のために財産を残してやれば、それを当てにして自ら励まなくなる。だからあえて残さないのだという教え。 「美田」はよく実る田地。度重なる苦難を経てこそ志は固まるとうたった漢詩の結びの句で、我が家に遺す教えはこれだけだと言い切っている。
親の欲目(おやのよくめ)
わが子かわいさのあまり、親が自分の子を実際より高く評価しようとすること。
子の心、親知らず(このこころ、おやしらず)
親はとかく、子どもの本当の心や考えを察知することは出来ないということ。
子は産むも心は生まぬ(こはうむもこころはうまぬ)
腹を痛めて生み落とせるのはからだまでで、その子がどんな心根に育つかまでは産んだ者の手が届かない。 親と似ても似つかぬ性分の子を持った者が、ため息まじりに言う言葉。
後生、畏るべし(こうせい、おそるべし)
若い人はいろいろな可能性を持っていて、将来どんな力量を現すかわからないので恐れなければならないということ。「後生」は、あとから生まれる人、後輩の意。
負うた子に教えられて浅瀬を渡る(おうたこにおしえられてあさせをわたる)
人は時には自分より経験の浅い年下の者から物事を教わることもあるというたとえ。背中に負ぶった子に浅瀬を教えられて川を無事に渡るとの意から。
日陰の豆も時が来ればはぜる(ひかげのまめもときがくればはぜる)
人より成長が遅れていても年ごろになれば一人前になるから心配は要らないというたとえ。日陰で育った豆でも時期が来れば自然とさやからはじけ出るとの意から。
赤子は泣き泣き育つ(あかごはなきなきそだつ)
赤ちゃんが泣くのは健康な証拠で、赤ちゃんは泣きながら成長していくということ。
教うるは学ぶの半ば(おしうるはまなぶのなかば)
人に教えるということは、自分の知識をより深めなければならないから、半分は自分の勉強になるということ。
