「善悪」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 23 件
「善悪」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全23件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
悪に強きは善にも強し(あくにつよきはぜんにもつよし)
大きな悪事を犯すような悪人ほど、ひとたび悔い改めれば人一倍立派な善人になるということ。 「悪に強ければ善にも強し」ともいう。
悪人あればこそ善人も顕れる(あくにんあればこそぜんにんもあらわれる)
悪人がいればこそ善人が目立つということ。
悪人は善人の仇(あくにんはぜんにんのかたき)
善人は本来だれも敵としないが、悪人だけは敵として許さないこと。 「仇」は「あだ」とも読む。
悪の裏は善(あくのうらはぜん)
つらい目のあとには、きっとよい巡り合わせが回ってくる。 いまが底なら、あとは上向くよりほかない。「善の裏は悪」を裏返した言い方で、こちらは沈んでいる人を励ますほうに使う。
悪は一旦の事なり(あくはいったんのことなり)
一時的にうまくいっても悪は長続きせず、結局は正義に勝てないということ。
功罪相償う(こうざいあいつぐなう)
功績と罪過がともにあるために、お互いに打ち消されてしまうこと。 また、功績のおかげで罪過が大目に見られること。
黒白を弁ぜず(こくびゃくをべんぜず)
物事の善悪・是非・正邪がわからないこと。「黒白」は、善悪・是非・正邪の意。
地獄極楽はこの世にあり(じごくごくらくはこのよにあり)
善悪の報いはあの世に行くまでもなく、この世ではっきりと現れるということ。
日月地に墜ちず(じつげつちにおちず)
人が守るべき道義や正義などが滅びずに残っていること。 「日月」は正義や道義などの象徴とされるもの。
跖の狗尭に吠ゆ(せきのいぬぎょうにほゆ)
犬が唸りかかる相手は、その人物の値打ちで決まるのではない。飼い主であるかどうか、それだけで決まる。人が誰に力を貸すかも同じで、相手を見定めたうえでの振る舞いとはかぎらない。盗みで名を馳せた跖の飼い犬が、名君と伝わる尭にまで吠えついたという一節から。
善悪の報いは影の形に随うが如し(ぜんあくのむくいはかげのかたちにしたがうがごとし)
影が形に付き随うように、善悪の行為に対する報いは必ずあるということ。
善悪は友による(ぜんあくはともによる)
人はつきあう友人次第で、善くも悪くもなるということ。 「人は善悪の友による」ともいう。
善悪は友を見よ(ぜんあくはともをみよ)
その人が善人か悪人かは、その人が交際している友人を見ればわかるということ。
善に強い者は悪にも強い(ぜんにつよいものはあくにもつよい)
善行に熱心な人は、ひとたび悪いほうへ向かえば悪事にも熱中しやすいということ。 「善に強ければ悪にも強い」ともいう。
善には善の報い、悪には悪の報い(ぜんにはぜんのむくい、あくにはあくのむくい)
善行にはいずれ天の恵みがあり、悪行にはいずれ天罰が下るという報いがあるということ。
善人なおもて往生を遂ぐ、況んや悪人をや(ぜんにんなおもておうじょうをとぐ、いわんやあくにんをや)
仏の救いを頼みとしない善人でさえ極楽往生を遂げる。まして、仏の救いにすがるしかない悪人が往生できないわけがないということ。
善の裏は悪(ぜんのうらはあく)
よい目を見ているさなかにも、その裏側では悪いことが順番を待っている。 善と悪は一枚の紙の表と裏で、片方だけが続くことはない。いいことが重なっているときほど気を緩めるな、という含みで使う。
寺の隣に鬼が棲む(てらのとなりにおにがすむ)
ありがたい場所のすぐ隣に、まるで正反対の者が住んでいる。 世の中は、そういう並び方をしているものだ。
天道、是か非か(てんどう、ぜかひか)
天は善人には幸福を、悪人には懲罰をもたらすというが、現実には善人が不幸で、悪人が繁栄していることが多い。果たして天は正しいのかどうか疑わしいということ。
天の配剤(てんのはいざい)
天の神は、善行に対してはよい報いを、悪行に対しては悪い報いを与えるということ。「配剤」は薬の調合のこと。転じて、物事をほどよく組み合わせるという意。
苗の莠有るが若し(なえのゆうあるがごとし)
善人の中に悪人が交じっていることのたとえ。 「莠」は、はぐさ。穀物の稲に似た雑草で、稲の苗の成長を害する。 悪人が善人の中に紛れ込んでいる状況を、稲の苗の中に雑草である莠(はぐさ)が混じっている様子にたとえた言葉。
豚を盗んで骨を施す(ぶたをぬすんでほねをほどこす)
大きな悪事の償いとして、少しの善行をすることのたとえ。
仏千人、神千人(ほとけせんにん、かみせんにん)
世の中には悪い人間もいるが、仏や神のようなよい人間もたくさんいるということ。
