「無関心・他人事」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 50 件
「無関心・他人事」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全50件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
相対のことはこちゃ知らぬ(あいたいのことはこちゃしらぬ)
当人同士が決めたことは自分には無関係だということ。鮎(あゆ)、鯛(たい)、鯒(こち)の魚の名を語呂合わせにしたことば。
当たらず触らず(あたらずさわらず)
どちらとも衝突を起こさないように、どっちつかずの曖昧な態度を取って済ませるようす。
後は野となれ山となれ(あとはのとなれやまとなれ)
目前の問題さえ片付けば、あとはどうなってもよいということ。
石地蔵に蜂(いしじぞうにはち)
何とも感じないことのたとえ。蜂が石地蔵を刺しても痛くも何ともないことから。
痛くも痒くもない(いたくもかゆくもない)
まったく影響がない。
一顧だにしない(いっこだにしない)
まったく気にとめない。少しも考えようとしない。 「一顧」は、ちょっと振り返ってみること。
意に介さない(いにかいさない)
気に掛けない。気にしない。気にもとめない。
腕を拱く(うでをこまぬく)
自分は何も行動しないで、人のすることを側で見ていること。「拱く」は「こまねく」ともいい、傍観するという意。
馬の耳に風(うまのみみにかぜ)
馬の耳に風が吹きつけても馬は何も感じないことから、人の意見を聞き入れない、または聞き流すことのたとえ。
お家の一大事(おいえのいちだいじ)
他人の家に起こった出来事を冗談めかしたり、皮肉ったりして大げさにいう時に使う言葉。 主君の家に起こった重大な事件との意から。
川向かいの喧嘩(かわむかいのけんか)
川を隔てた向こう岸の争い。こちらへ火の粉の飛んでくる気遣いがなく、他人事として眺めていられる事柄をいう。
眼中に無い(がんちゅうにない)
まったく気にしない。関心がない。 「眼中」は目に見える範囲のこと。転じて、意識や関心の届く範囲。
敬して遠ざく(けいしてとおざく)
うわべは敬うふりをして、内心はうとんじて近づかないこと。
事ともせず(ことともせず)
面倒な事柄や人の言い分を、まともに受け止めずにやり過ごすこと。
山門から喧嘩見る(さんもんからけんかみる)
巻き添えの届かない所に身を置いて、よその争いごとを面白がる。 「山門」は寺の門をいう。
斜に構える(しゃにかまえる)
物事や相手をまっすぐ受け止めようとせず、ひねくれた見方や冷やかしの気持ちで応じること。また、気を張ってかしこまること。もとは剣術で、切っ先を斜めに向けて身構えることをいった。
涼しい顔(すずしいかお)
自分が関係しているのに、まるで他人事のように知らん顔をしている様子。
世上物騒我が身息災(せじょうぶっそうわがみそくさい)
世間にどんな事が起こっても、自分の身が安全ならかまわない。世の中に無関心で利己主義な人のことをいう。
背を向ける(せをむける)
物事に反対したり、無関心な態度を取ったりすること。 「背中を向ける」ともいう。
そっぽを向く(そっぽをむく)
相手を見ずに別の方を見ること。または、相手にしない態度をとること。無視すること。 「横を向く」ともいう。
空吹く風と聞き流す(そらふくかぜとききながす)
関心を示さずに無視すること。素知らぬ顔をすること。
対岸の火事(たいがんのかじ)
自分にはまったく影響がなく、苦痛を感じないたとえ。 向こう岸の火事はこちらまで燃え移ってくる危険がないことから。 「川向こうの火事」ともいう。
高みの見物(たかみのけんぶつ)
高い所から下の騒ぎを見物するように、第三者の立場から、事の成り行きを興味本位に傍観すること。「高み」は、高い所の意。
大工の掘っ立て(だいくのほったて)
よそからの頼みには腕をふるうのに、こと自分の身の回りとなると、得意なはずの仕事さえ後回しにしてしまうこと。 「掘っ立て」は柱を地面に埋めただけの粗末な建物。家づくりを生業とする者が、よりによってその小屋で寝起きしているという図である。
手を拱く(てをこまぬく)
何もしないで傍観すること。 「拱く」は、腕組みをするということ。 「こまぬく」は「こまねく」ともいう。
手を束ねる(てをつかねる)
腕組みをすること。 また、ある出来事が起こった際、なにもできずに傍観すること。
出る幕ではない(でるまくではない)
その物事に関わりになる時ではないということ。 芝居などで、その役者が出る場面ではないという意味から。
等閑に付す(とうかんにふす)
物事をいい加減に扱ったり、放っておいたりすること。
遠くの火事、背中の灸(とおくのかじ、せなかのきゅう)
遠くの大事件より自分に関係する小事のほうが気にかかるというたとえ。
どこ吹く風(どこふくかぜ)
自分には関係ないものとして、知らん顔する様子。まったく気にかけない様子。
無きになす(なきになす)
ないものとする。数にいれない。無視する。
人の過ち我が幸せ(ひとのあやまちわがしあわせ)
口には出せないが、他人の失敗は、自分には幸せなのだということ。
人の痛いのは三年でも辛抱する(ひとのいたいのはさんねんでもしんぼうする)
他人の苦痛は自分とは無関係だから平気であるということ。
人の苦楽は壁一重(ひとのくらくはかべひとえ)
壁一つ隔てただけで隣の様子がわからないように、他人の苦しみや楽しみは他人事で自分とはなんの係わりもないということ。
人の子の死んだより我が子の転けた(ひとのこのしんだよりわがこのこけた)
他人の子どもが死んだことよりも、自分の子が転んだことのほうが重要だということ。我が子の大事さのたとえ。また、自分の利益が一番大事ということのたとえ。
人の十難より我が一難(ひとのじゅうなんよりわがいちなん)
人の身に起こった多くの災難より、自分の身に起きた小さな災難のほうが大ごとだということ。
人の女房と枯れ木の枝ぶり(ひとのにょうぼうとかれきのえだぶり)
どうでもいいことのたとえ。また、良し悪しをとやかく言うべきでないことのたとえ。人の妻のことや枯れ木の枝ぶりは、あれこれ言ってもしようがないことから。
風馬牛(ふうばぎゅう)
たがいに遠く離れていることのたとえ。 「風」は盛りがつくこと。 盛りのついた馬や牛が、雌雄互いに求め合っても遠く隔たっていて会う事が出来ないとの意から。 転じて、自分とは無関係であること。また、そのような態度をとること。 「風する馬牛も相及ばず(ふうするばぎゅうもあいおよばず)」ともいう。
糸瓜の皮とも思わない(へちまのかわともおもわない)
まったく気にかけないこと。なんとも思わないこと。 「糸瓜」はつまらないものという意味で用いられることが多く、その皮ほどにも思わないとのことから、まったく気にかけないこと。 「なんの糸瓜の皮」「糸瓜の皮」ともいう。
屁とも思わない(へともおもわない)
その物事を軽んじて問題にしないこと。
ほとぼりが冷める(ほとぼりがさめる)
事件などに対する関心が薄れること。 「ほとぼり」は物が燃えた後の余熱のこと。 「熱が冷める」ともいう。
見ざる聞かざる言わざる(みざるきかざるいわざる)
余計な波風を立てないよう、目も耳も口もふさいでおく構え。 それぞれ一か所を押さえた猿を三体並べた像が庚申塚などに残り、打ち消しの語尾を獣の名に掛けてもいる。
見て見ぬ振り(みてみぬふり)
実際にその場を目撃したにもかかわらず、見ていなかったかのように振る舞うこと。 また、他人の過ちなどを見逃すこと。
身ほど可愛いものはない(みほどかわいいものはない)
人は自分の身が何よりも大事であるということ。
耳を塞ぐ(みみをふさぐ)
聞かないようにすること。
目もくれない(めもくれない)
まるで気に留めず、そちらへ視線さえ向けないこと。
余所に聞く(よそにきく)
自分には関係ない事として聞き流すこと。
余所にする(よそにする)
本来かまうべき事柄を脇へ押しやり、手を掛けずにおくこと。
路傍の人(ろぼうのひと)
特に関わりのない人。 同じ道を通っているだけの人という意味から。
我が亡き後に洪水よ来たれ(わがなきあとにこうずいよきたれ)
自分が死んだ後なら、洪水でもなんでも来てよい。今さえよければ、あとはどうなってもかまわないということ。
