「撫」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 8 件
「撫」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
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故事・ことわざ・慣用句一覧
顎を撫でる(あごをなでる)
物事が思い通りになって、得意げなようす。満足そうなようす。
打つも撫でるも親の恩(うつもなでるもおやのおん)
子を叱ってぶつのも、ほめて撫でるのも、すべて親の愛情のあらわれだということ。
腕を撫す(うでをぶす)
自分の腕前を見せる場がめぐってくるのを、今か今かと待ちかまえること。 「さする」は、手で軽くなでること。技や力に自信があって早く試したいのに、その場がまだ来ないので、もどかしい思いでこらえている様子を言う。かたい言い方で「腕を撫す」(うでをぶす)ともいう。 気持ちがはやる点では[[腕が鳴る*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/5216.php]]とよく似ている。待っていた場を得て実際に力を出すことは[[腕を振るう*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/6127.php]]、すぐれた技で評判をとることは[[腕を鳴らす*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/5218.php]]という。
大鍋の底は撫でても三杯(おおなべのそこはなでてもさんばい)
規模が大きいものは、何から何まで大きくてたいしたものだということ。 大きな鍋は底に残ったものを集めても碗に三杯分はあるという意味から。
群盲象を撫でる(ぐんもうぞうをなでる)
目の見えない人が大勢で一頭の象にさわり、めいめい自分の手が当たった所だけをもとに象の形を言い立てたという話から、ふつうの人が、すぐれた人物や規模の大きな事業をあれこれ論じても、ほんの一面にさわるだけで、全体像にまで考えの届くことがないのをいうたとえ。 「群盲」は、大勢の目の見えない人。「評す」は、よしあしを論じて批評すること。 仏教の経典『六度集経』にある話で、象の足にさわった者は漆を塗った筒に似ていると言い、尾にさわった者はほうきに似ていると言って、誰もが自分こそ正しいと言い張って争った。釈迦は、自分の説ばかりを正しいと信じて争う人たちを、この盲人たちにたとえた。 ごく一部から全体をおしはかる誤りを言う点で、[[一斑を見て全豹を卜す*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2526.php]]・[[木を見て森を見ず*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2932.php]]と通じる。
仏の顔も三度撫づれば腹立つ(ほとけのかおもさんどなづればはらだつ)
気の長い相手でも、無遠慮を重ねられればいつかは怒る。こちらの甘えが度を越したところで、相手の辛抱は切れてしまう。
胸を撫で下ろす(むねをなでおろす)
案じていたことが収まって、ほっと息をつくこと。
竜の髭を撫で虎の尾を踏む(りゅうのひげをなでとらのおをふむ)
自分から危険に首を突っ込むような、無鉄砲なまねのたとえ。恐ろしい竜のひげに手を触れたり、虎の尾を踏んづけたりする、という意から。
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