「時間」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 37 件
「時間」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全37件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
秋の日は釣瓶落とし(あきのひはつるべおとし)
秋の日が急速に暮れていくようす。秋の日が、井戸の中へ釣瓶が垂直に速く落ちるように暮れていく意から。
明日はまだ手つかず(あすはまだてつかず)
明日という一日がそっくり空いている以上、いま気をもんでも詮ない。 用が立て込んで焦る相手を、なだめるときに使う。
一日千秋の思い(いちじつせんしゅうのおもい)
待ち焦がれて、一日が千年もの長さに感じられること。
一日再び晨なり難し(いちじつふたたびあしたなりがたし)
一日に二度朝が来ることがない。だから時間を大切にして勉学に励めという戒めのことば。「晨」は朝の意。
一日の計は朝にあり一年の計は元旦にあり(いちにちのけいはあさにありいちねんのけいはがんたんにあり)
一日の計画は朝のうちに立て、一年の計画は元旦に立てよということ。
一年の計は元旦にあり(いちねんのけいはがんたんにあり)
一年の計画は元旦に立てるべきであるということ。何事も最初が肝心であるというたとえ。
一寸の光陰軽んずべからず(いっすんのこういんかろんずべからず)
ほんのわずかな時間でも無駄にしてはいけないということ。「光陰」は月日、時間の意。
昨日の今日(きのうのきょう)
あまり時間が経っていないことのたとえ。 その出来事があってからまだ一日しか経っていない今日との意から。
昨日は今日の昔(きのうはきょうのむかし)
わずか一日前のことでも、今日から見れば昨日は過去であるということ。
今日の後に今日なし(きょうののちにきょうなし)
今日という日は二度とやってくることはない。だから今日できることは今日やっておけという戒めの言葉。
草木も眠る(くさきもねむる)
真夜中になり、辺りが静まり返っている様子。 「草木も眠る丑三つ時」の形で使われることが多い。
草木も眠る丑三つ時(くさきもねむるうしみつどき)
物音の絶えた深夜。動くものが何ひとつ見当たらず、生き物どころか庭の枝先までまどろんでいるように思われる刻限をいう。 「丑三つ時」は丑の刻を四つに割った三番目にあたり、今でいえば夜中の二時前後。
光陰、矢の如し(こういん、やのごとし)
月日が経つのが早いことのたとえ。 「光」は日、「陰」は月のこと。 月日は、矢が飛ぶようにあっという間に過ぎ去るという意味から。
光陰に関守なし(こういんにせきもりなし)
月日がとどまることなく、過ぎていくことのたとえ。 「光」は日、「陰」は月、「関守」は関所の番人。 月日の流れをとめる番人などいないということ。
碁打ちに時なし(ごうちにときなし)
碁盤に向かった者は、日が傾こうが食事どきになろうがおかまいなしで、なかなか腰を上げないということ。 勝負の行方に引き込まれて、時刻をはかる気持ちそのものが失せてしまう。
歳月、人を待たず(さいげつ、ひとをまたず)
時は人の都合などおかまいなしに刻々と過ぎ去っていくので、時間を無駄にせず大事に過ごすべきであるということ。 「光陰人を待たず」「時は人を待たず」ともいう。
山中暦日なし(さんちゅうれきじつなし)
山の中で俗世間を離れて暮らしていると、月日の経つのも忘れるということ。「暦日」は、月日の意。
駟の隙を過ぐるが若し(しのげきをすぐるがごとし)
月日が経つのが非常に早いことのたとえ。 「駟」は四頭立ての馬車。 四頭立ての馬車が走り去るのを、戸の隙間からのぞき見るのと同じくらい、時の流れはあっという間であるということ。
少年老い易く学成り難し(しょうねんおいやすくがくなりがたし)
年月は油断しているうちに、たちどころに過ぎ、すぐに年をとってしまう。学問を修めるのは難しいので、若いうちから時間を無駄にせず勉学に励めというおしえ。
十年一日の如し(じゅうねんいちじつのごとし)
長い年月が経っても、少しも変わらず同じ状態である様子。 十年経っても、最初の一日と同じであるとの意から。
寸陰を惜しむ(すんいんをおしむ)
わずかの時間も大切にするということ。「寸陰」は、わずかの時間。
盛年重ねて来らず(せいねんかさねてきたらず)
人の盛りは一生に一度きりで、二度目はめぐって来ない。一日に朝が二度来ないのと同じである。 だからこそ、いまのうちに励めということ。原詩はこのあと「歳月人を待たず」と結ばれている。
千代に八千代に(ちよにやちよに)
幾代を経てもなお続き、先の見えないほど長い間。 祝いの歌で、末長い栄えを願うときに用いる。
月日に関守なし(つきひにせきもりなし)
行く年月をせき止める役目の者はどこにもいない。 通り過ぎるにまかせるほかなく、気づけば遠くまで来ている。
時は得難くして失い易し(ときはえがたくしてうしないやすし)
好機はそうそう巡ってこないうえに、来たと思っても手をこまぬいているうちに指の間から抜けていく。つかむのは難しく、取り落とすのはあっけない。過ぎ去った一日は買い戻せないのだから、わずかな間も粗末にするなという教えとしても使う。 もとは「功は成し難くして敗れ易く」と続けて説かれた句で、事を成しとげる難しさと、機を逃す早さとを並べている。
時は金なり(ときはかねなり)
時間は金銭と同じように貴重なものだから無駄にしてはいけないということ。
年が改まる(としがあらたまる)
新しい年になること。または、年号が変わること。
年を追う(としをおう)
ある傾向が時間と共に強まり続けたり、弱まり続けたりすること。
人間一生二万日(にんげんいっしょうにまんにち)
一生を日で数え直せば二万ほどにしかならない。 それを多いと見るか少ないと見るかは、暮らし方ひとつで変わる。
日が浅い(ひがあさい)
その状態になったり、その物事を始めたりしてからそれほど日が経っていないこと。
百年論定まる(ひゃくねんろんさだまる)
物の価値や人の功績などは長い年月が過ぎてから定まるということ。
待たぬ月日は経ちやすい(またぬつきひはたちやすい)
待ち望んでいる日はなかなかやってこないものだが、ぼんやりしていると知らぬ間に月日が過ぎ去ってしまうということ。
野人暦日なし(やじんれきじつなし)
田畑を相手に暮らし、世間の用向きに関わらない者には、暦に刷られた行事も日の善し悪しも要らない。 勤めから離れて、日付を気にせずに過ごす身の上にも用いる。
来年の事を言えば鬼が笑う(らいねんのことをいえばおにがわらう)
来年のことはわからない。未来のことは予測できないというたとえ。
爛柯(らんか)
囲碁の別称。また、囲碁に夢中になり時の経つのを忘れること。 転じて、遊びに夢中になって時の経つのを忘れること。 「爛」は腐ること、「柯」は斧の柄のこと。 晋の王質という木こりが森の中で童子たちが囲碁を打つのを見ているうちに、斧が腐るほどの時間が経っていたという故事から。
累月に及ぶ(るいげつにおよぶ)
ひと月ふた月では収まらず、月をまたいで長引くこと。
若い時は二度ない(わかいときはにどない)
若い時代は二度とやってこないから、何でも思い切ってやってみるのがいいということ。
