「師」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 30 件
「師」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
朝観音に夕薬師(あさかんのんにゆうやくし)
江戸時代の人々のお参りのならわし。観音さまの縁日(その仏とゆかりがあり、お参りするとご利益が大きいとされた日)は毎月十八日で、この日は朝のうちに出かけた。病気を治す仏として信じられた薬師如来のほうは、毎月八日が縁日で、こちらは夕方に出かけて拝んだ。
遊びに師なし(あそびにしなし)
遊び事は、誰に教えられるでもなく自然に覚えてしまうものだということ。
一字の師(いちじのし)
詩文などの適切でない点を訂正してくれた師のこと。中国唐の時代、斉己の「数枝開く」という詩句を「一枝開く」と一字改めた鄭谷を「一字の師」と呼んだという故事から。
海の事は漁師に問え(うみのことはりょうしにとえ)
その道のことは、その道の専門家に相談するのが最善の方法だということ。
陰陽師、身の上知らず(おんようじ、みのうえしらず)
人のことはよく見通すのに、自分の先行きは見通せないというたとえ。 「易者」は、筮竹や算木を用いて易で吉凶を見る人。 同じ意味の言い方に「陰陽師、身の上知らず」がある。
窮鳥懐に入れば猟師も殺さず(きゅうちょうふところにいればりょうしもころさず)
追いつめた側であっても、自分の胸元へ飛び込んできた相手には手を下せない。 そこまで来た者を突き放すのは、人として通らない。 「飛ぶ鳥懐に入る時は狩人も助く」「窮鳥懐に入る」ともいう。
薬師は人を殺せど薬人を殺さず(くすしはひとをころせどくすりひとをころさず)
災いを招くのは物の側ではない。それを扱う側の腕である。同じ一服が命を救いもし縮めもするのは、匙を持つ人の見立て一つで決まる。 「薬師」は医者の古い呼び名。
経験は愚か者の師(けいけんはおろかもののし)
愚か者に教えるには、実際に経験させてみるのがいいということ。経験の大切さをいった言葉。
恋に師匠なし(こいにししょうなし)
恋というものは人から教えられなくても、年ごろになれば自然に覚えるものだということ。
講釈師見てきたような嘘をつき(こうしゃくしみてきたようなうそをつき)
講釈師は、見たはずもない昔の合戦や事件を、まるで自分の目で見届けたかのように、細部まで作り事を交えて生き生きと語ってみせる。そうした講釈師の巧みな語り口を、からかい気味に言い表した川柳。 「講釈師」は「講談師」ともいい、寄席(よせ=落語などを客に聞かせる演芸場)に出て、歴史上の戦や人物の物語を節をつけて語る、こうだん(講談)と呼ばれる芸を仕事にする人のこと。
心の師とはなれ心を師とせざれ(こころのしとはなれこころをしとせざれ)
自分の心は自ら律するべきであり、心のままに感情に流されてはいけないということ。
三尺下がって師の影を踏まず(さんじゃくさがってしのかげをふまず)
師のそばへ寄りすぎるのは、教えを受ける身の作法から外れる。 親しさに紛れて敬いが崩れぬよう、後ろへ退いて歩けと説く。
三人行えば必ずわが師あり(さんにんおこなえばかならずわがしあり)
誰と居合わせても、そこから得るものはある。 倣いたい振る舞いはそのまま取り入れ、そうなりたくない振る舞いは我が身を正す材料にすればよい。
三年勤め学ばんよりは三年師を選ぶべし(さんねんつとめまなばんよりはさんねんしをえらぶべし)
三年間ひたすら勉強に励むよりも、その三年をかけてでも、すぐれた先生を探し当てるのに時間を使えということ。 学びの実りは教える人しだいで大きく変わるから、どの先生につくかを最も重く見よという教訓である。 「勤め学ばん」は「努めて学ぼう」、「師」は先生を指す。「千日の勧学より一日の学匠」も、おおむね同じ趣旨の句である。
師匠のはな負け(ししょうのはなまけ)
最初は師匠が弟子に負けることもあるが、回を重ねると弟子が負け、やはり師匠の実力にはかなわないということ。勝負事で初めに負けたものが負け惜しみにいう言葉。
師匠は鐘の如し(ししょうはかねのごとし)
よい師は、弟子が浅く問えば浅く、深く問えば深く応じるということ。 学ぶ側の問いの重さが、そのまま受け取る教えの重さになる。 鐘を強く撞けば高く鳴り、そっと撞けば低くしか鳴らないのと同じだという。
師弟は三世(していはさんぜ)
師匠と弟子との結びつきは、今の人生だけで切れるような浅いものではない。生まれる前の世から、死んで次に生まれる世までずっと続くほど、深い縁をもつ間柄なのだという意味。 「三世」とは仏教でいう、前の世・今の世・次の世の三つのこと。親子の縁はこの世かぎり、夫婦の縁は二つの世、主人と家来の縁は三つの世に及ぶという古い考え方があり、師と弟子の縁も、主人と家来の縁と同じく三つの世に及ぶものとされた。 同じ考え方に立つ言葉として「[[主従は三世*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/3327.php]]」がある。
師走女房難つけな(しわすにょうぼうなんつけな)
年の瀬は忙しく、女たちは身なりに構う暇などないので、文句を言ったりするなということ。
弟子は師匠の半減(でしはししょうのはんげん)
いかに優れた弟子であっても、学力や技術は師匠の半分ぐらいのもので、師匠を超えることは難しいということ。
弟子を見る事師に如かず(でしをみることしにしかず)
弟子の能力や人柄をいちばんよく知っているのは師匠であり、とうてい師匠に及ぶものはないということ。
法師が憎ければ袈裟まで憎し(ほうしがにくければけさまでにくし)
ある相手を疎ましく思い始めると、その人の持ち物や身内まで嫌なものに見えてくる。当人と切り離せるはずのものにまで、悪感情が及んでいく。
法師の戦話(ほうしのいくさばなし)
不似合いなことのたとえ。
法師の櫛貯え(ほうしのくしだくわえ)
頭を丸めた身が、髪を梳く道具ばかりをためこむ。 使う当てのないものを抱え込む、ちぐはぐな振る舞いをさす。 「法師の櫛工」ともいう。
痩せ法師の酢好み(やせほうしのすごのみ)
人はえてして、身の丈に合わないものや体のためにならないものに心をひかれるということ。 痩せこけた僧侶が、口にすると痩せると言い伝えられる酢をことさら好むという意から。
藪薬師の病人選び(やぶくすしのびょうにんえらび)
確かな腕を持たない者ほど、引き受ける相手や仕事をより分けたがるということ。 見立てのおぼつかない医者が、手に負えそうな患者ばかりを選んで診るとの意から。 「藪薬師の病人選び」ともいう。
病治りて薬師忘る(やまいなおりてくすしわする)
つらい目にあっているあいだは頼りにした相手でも、楽になったとたん、受けた恩などなかったかのようにふるまう。人の身勝手さをいう。 「薬師」は、医者のこと。 病気で苦しんでいたときは医者にすがったのに、元気になるともう顧みなくなることから。
山師の玄関(やましのげんかん)
中身が伴わないのに、外から見えるところだけを飾り立てることのたとえ。鉱山を掘り当てて一もうけしようともくろむ山師は、出資者に信用されたいがために、家の玄関だけは念入りに構えるということから。
山師山で果てる(やましやまではてる)
得意な技を持つ人は、その技のために身の破滅を招きやすいということのたとえ。山に慣れた山師は、つい油断して山で命を落とすことが多いということから。
猟師山を見ず(りょうしやまをみず)
一つを手にすることへ気を取られた者の目からは、それ以外がきれいに抜け落ちる。 欲しいものだけが見えている間は、足元で何が起きていても届かない。
我を非として当たる者は吾が師なり(われをひとしてあたるものはわがしなり)
自分の誤りや欠点をはっきり指摘してくる人は、自分を伸ばしてくれる師のような存在なので、大切にせよという教え。 「当たる」は「当う」とも書き、「むかう」とも読む。
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