我を非として当たる者は吾が師なり
ことわざ「我を非として当たる者は吾が師なり」の意味・読み方・異形などを解説します。
我を非として当たる者は吾が師なり
われをひとしてあたるものはわがしなり
| 言葉 | 我を非として当たる者は吾が師なり |
|---|---|
| 読み方 | われをひとしてあたるものはわがしなり |
| 意味 | 自分の誤りや欠点をはっきり指摘してくる人は、自分を伸ばしてくれる師のような存在なので、大切にせよという教え。
「当たる」は「当う」とも書き、「むかう」とも読む。 |
| 出典 | 『荀子』 |
| 異形 | 我を非として当う者は吾が師なり(われをひとしてむかうものはわがしなり) |
| 場面 | 師匠・弟子 / 忠告 |
| 使用語彙 | して / 当たる / 吾が |
| 使用漢字 | 我 / 非 / 当 / 者 / 吾 / 師 |
「我」を含むことわざ
- 明日は我が身(あすはわがみ)
- 仇も情けも我が身より出る(あだもなさけもわがみよりでる)
- 危ないことは怪我のうち(あぶないことはけがのうち)
- 空馬に怪我なし(からうまにけがなし)
- 彼も人なり、我も人なり(かれもひとなり、われもひとなり)
- 我が強い(ががつよい)
- 我を折る(がをおる)
- 我を通す(がをとおす)
- 我を張る(がをはる)
- 昨日は人の身、今日は我が身(きのうはひとのみ、きょうはわがみ)
「非」を含むことわざ
- 神は非礼を受けず(かみはひれいをうけず)
- 金湯の固きも粟に非ざれば守らず(きんとうのかたきもぞくにあらざればまもらず)
- 沙汰の限りに非ず(さたのかぎりにあらず)
- 知ることの艱きに非ず、行うこと惟艱し(しることのかたきにあらず、おこなうことこれかたし)
- 千金の裘は一狐の腋に非ず(せんきんのきゅうはいっこのえきにあらず)
- 是が非でも(ぜがひでも)
- 是非に及ばず(ぜひにおよばず)
- 是非は道によって賢し(ぜひはみちによってかしこし)
- 是非も無い(ぜひもない)
- 大廈の倒れんとするは一木の支うる所に非ず(たいかのたおれんとするはいちぼくのささうるところにあらず)
「当」を含むことわざ
- 朝の一時は晩の二時に当たる(あさのひとときはばんのふたときにあたる)
- 当たった者のふの悪さ(あたったもののふのわるさ)
- 当たって砕けろ(あたってくだけろ)
- 当たらず触らず(あたらずさわらず)
- 当たらずと雖も遠からず(あたらずといえどもとおからず)
- 当たらぬ蜂には刺されぬ(あたらぬはちにはさされぬ)
- 当たりがいい(あたりがいい)
- 当たり散らす(あたりちらす)
- 当たりを付ける(あたりをつける)
- 当たりを取る(あたりをとる)
「者」を含むことわざ
- 愛出ずる者は愛返り、福往く者は福来る(あいいずるものはあいかえり、ふくゆくものはふくきたる)
- 青表紙を叩いた者にはかなわぬ(あおびょうしをたたいたものにはかなわぬ)
- 赤子のうちは七国七里の者に似る(あかごのうちはななくにななさとのものににる)
- 垢で死んだ者はない(あかでしんだものはない)
- 悪女の賢者ぶり(あくじょのけんじゃぶり)
- 当たった者のふの悪さ(あたったもののふのわるさ)
- 新たに沐する者は必ず冠を弾く(あらたにもくするものはかならずかんむりをはじく)
- 医者が取るか坊主が取るか(いしゃがとるかぼうずがとるか)
- 医者寒からず儒者寒し(いしゃさむからずじゅしゃさむし)
- 医者上手にかかり下手(いしゃじょうずにかかりべた)
「吾」を含むことわざ
- 吾が仏尊し(あがほとけとうとし)
- 舜も人なり吾もまた人なり(しゅんもひとなりわれもまたひとなり)
- 千万人と雖も吾往かん(せんまんにんといえどもわれゆかん)
- 吾が心秤の如し(わがこころはかりのごとし)
- 我を非として当たる者は吾が師なり(われをひとしてあたるものはわがしなり)
