講釈師見てきたような嘘をつき
ことわざ「講釈師見てきたような嘘をつき」の意味・読み方を解説します。
講釈師見てきたような嘘をつき
こうしゃくしみてきたようなうそをつき
| 言葉 | 講釈師見てきたような嘘をつき |
|---|---|
| 読み方 | こうしゃくしみてきたようなうそをつき |
| 意味 | 講釈師は、見たはずもない昔の合戦や事件を、まるで自分の目で見届けたかのように、細部まで作り事を交えて生き生きと語ってみせる。そうした講釈師の巧みな語り口を、からかい気味に言い表した川柳。
「講釈師」は「講談師」ともいい、寄席(よせ=落語などを客に聞かせる演芸場)に出て、歴史上の戦や人物の物語を節をつけて語る、こうだん(講談)と呼ばれる芸を仕事にする人のこと。 |
| 例文 | 合戦の場面を身ぶり手ぶりで語る講談を聞いて、講釈師見てきたような嘘をつきという川柳を思い出した。 |
| 場面 | 嘘・偽り / 誇張 |
| 使用漢字 | 講 / 釈 / 師 / 見 / 嘘 |
「講」を含むことわざ
- 講釈師見てきたような嘘をつき(こうしゃくしみてきたようなうそをつき)
- 策を講じる(さくをこうじる)
「釈」を含むことわざ
- 遠慮会釈もない(えんりょえしゃくもない)
- お釈迦様でも気がつくまい(おしゃかさまでもきがつくまい)
- お釈迦になる(おしゃかになる)
- 褐を釈く(かつをとく)
- 渙然氷釈する(かんぜんひょうしゃくする)
- 釈迦に宗旨なし(しゃかにしゅうしなし)
- 釈迦に説法、孔子に悟道(しゃかにせっぽう、こうしにごどう)
- 宗旨の争い釈迦の恥(しゅうしのあらそいしゃかのはじ)
- 世渡りの殺生は釈迦も許す(よわたりのせっしょうはしゃかもゆるす)
「師」を含むことわざ
- 朝観音に夕薬師(あさかんのんにゆうやくし)
- 遊びに師なし(あそびにしなし)
- 一字の師(いちじのし)
- 海の事は漁師に問え(うみのことはりょうしにとえ)
- 陰陽師、身の上知らず(おんようじ、みのうえしらず)
- 窮鳥懐に入れば猟師も殺さず(きゅうちょうふところにいればりょうしもころさず)
- 薬師は人を殺せど薬人を殺さず(くすしはひとをころせどくすりひとをころさず)
- 経験は愚か者の師(けいけんはおろかもののし)
- 恋に師匠なし(こいにししょうなし)
- 心の師とはなれ心を師とせざれ(こころのしとはなれこころをしとせざれ)
「見」を含むことわざ
- 相手見てからの喧嘩声(あいてみてからのけんかごえ)
- 青菜は男に見せな(あおなはおとこにみせな)
- 足元を見る(あしもとをみる)
- 足を重ねて立ち、目を仄てて見る(あしをかさねてたち、めをそばだててみる)
- 後先見ず(あとさきみず)
- 穴の開くほど見る(あなのあくほどみる)
- 家鴨の火事見舞い(あひるのかじみまい)
- 甘く見る(あまくみる)
- 怪しきを見て怪しまざれば、怪しみ却って破る(あやしきをみてあやしまざれば、あやしみかえってやぶる)
- いい目を見る(いいめをみる)
