努力を続けるためのことわざ — 35 件
始めることより、続けることのほうが難しいものです。ここでは、小さな積み重ねが届くと教えることわざ、途中で投げ出しそうなときに引き止めることわざ、身につくまでに時間がかかるのは当たり前だと教えることわざを集めました。焦らず、休みながら、それでも手を動かし続けるための言葉です。
ことわざ一覧
継続は力なり(けいぞくはちからなり)
小さなことでも続けていけば、いつか大きなことが成し遂げられるということ。
千里の道も一歩から(せんりのみちもいっぽから)
大きな目標・目的を達成するためには、身近なことからこつこつと努力を積み重ねていくことが大切であるということ。 千里の道のりも踏み出した一歩から始まるとの意から。 「千里の行も足下より始まる」ともいう。
石の上にも三年(いしのうえにもさんねん)
辛抱すればいつか必ず成功することのたとえ。 冷たい石の上でも、三年座り続ければ暖まるとの意から。
雨垂れ石を穿つ(あまだれいしをうがつ)
小さな努力も根気強く続けていけば、いつかは成功することのたとえ。 わずかな雨垂れでも長い年月、同じ所に落ち続ければ、石に穴をあけることができるとの意から。 「点滴石を穿つ」ともいう。
塵も積もれば山となる(ちりもつもればやまとなる)
一粒ずつでは数にも入らないものが、こぼさず貯めていけば見上げる高さになる。 日々の小さな積み立てや、逆に小さな浪費についても言う。
ローマは一日にしてならず(ろーまはいちにちにしてならず)
仕上がった姿だけを見て同じものを一息に建てようとしても、土台のほうが追いつかない。大きなものほど、目に見えない年数を下に抱えている。 もとは英語の Rome was not built in a day.
七転び八起き(ななころびやおき)
何度失敗しても諦めずに立ち直ること。また、人生の浮き沈みが激しいことのたとえ。 七度転んで八度起き上がるとの意から。 「七転八起(しちてんはっき)」ともいう。
桃栗三年柿八年(ももくりさんねんかきはちねん)
芽が出てから実が成るまでに、桃と栗は三年、柿は八年かかるということ。また、何事も相応の年数がかかることのたとえ。このあとに「枇杷(びわ)は九年でなりかねる」「柚は九年になりかかる」「梅は酸いとて十三年」などと続けてもいう。
好きこそ物の上手なれ(すきこそもののじょうずなれ)
好きであることは、上手になるための大切な条件であるということ。
習うより慣れよ(ならうよりなれよ)
物事は人に教えられるよりも実際に経験を積んだほうが身につくということ。
愚公、山を移す(ぐこう、やまをうつす)
気の遠くなるような仕事でも、代を継いで手を止めずにいれば、いつかは果たせる。 年老いた愚公が、家の前を塞ぐ山を子や孫の代まで掛かって崩すと言い切り、その一途さに打たれた天の神が山ごと運び去ったという話に拠る。
辛抱する木に金がなる(しんぼうするきにかねがなる)
辛抱強くこつこつ努めれば、いつか成功して財産もできるというたとえ。「木」は「気」にかけて言ったもの。
倦まず撓まず(うまずたゆまず)
飽きたり怠けたりせず、根気よく努力を続けること。
一日一字を学べば三百六十字(いちにちいちじをまなべばさんびゃくろくじゅうじ)
毎日少しずつでも怠らずに勉強を続ければ、積もり積もって大きな成果が得られるというたとえ。
日に就り、月に将む(ひになり、つきにすすむ)
学業や事業などが着実に進むことのたとえ。 「就り」は成り、「将む」は進むこと。 事が日ごとに成り、月ごとに進むとの意から。
商いは牛の涎(あきないはうしのよだれ)
商売のこつは牛のよだれのように細く長く切れ目なく、気長に辛抱して続けることだということ。
使っている鍬は光る(つかっているくわはひかる)
いつも努力を忘れない人は、生き生きとして見えるというたとえ。いつも使っている鍬は錆びずに光っていることから。
流れる水は腐らず(ながれるみずはくさらず)
動きを止めずにいるものは、よどみも傷みも寄せつけないということ。 流れつづける水は濁らず、毎日開け閉てする戸の軸は虫に食われない。
日計足らずして歳計余り有り(にっけいたらずしてさいけいあまりあり)
一見、利益が上がっていないように思えるが、長い目で見ると確実に利益があるということ。 日々の計算では儲けがないように見えるが、一年を通じるとちゃんと利益があるとの意から。
九仞の功を一簣に虧く(きゅうじんのこうをいっきにかく)
長い間の努力も最後のわずかなところでやめてしまえば無駄になることのたとえ。 「九仞」は非常に高い、「一簣」は一杯のもっこの意。 高い山を築くのに、最後のもっこ一杯の土を虧く(欠く)と完成しないとの意から。
百里を行く者は九十里を半ばとす(ひゃくりをいくものはくじゅうりをなかばとす)
何事も終わり近くになると困難が多くなるので、最後まで気を抜いてはいけないということ。 百里の道を行く者は、九十里来たところが半分だと思えとの意から。
断機の戒め(だんきのいましめ)
物事は途中でやめるべきではないという教え。 孟子が修行の途中で家に帰った時、孟子の母は織りかけの機の糸を断ち切り、修行を中断するのはこのようなものだと戒めたという故事から。 「断機の教え」「孟母断機の戒め」「孟母断機の教え」「断錦」「孟母断機」ともいう。
駒の朝走り(こまのあさばしり)
はじめに元気を出し過ぎて、最後まで続かないことのたとえ。 「駒」は、馬のこと。 馬は出発した朝は元気よく走るが、やがて疲れてしまい元気がなくなることから。 「駒の朝勇み」「小馬の朝駆け(朝勇み)」ともいう。
首振り三年、ころ八年(くびふりさんねん、ころはちねん)
尺八は、首を振りながら吹けるようになるのに三年かかり、ころころというよい音を出すのには八年かかるということ。何事を成すにも、それ相応の修練が要るというたとえにもいう。
大きい薬缶は沸きが遅い(おおきいやかんはわきがおそい)
大人物は大成するのに時間がかかるというたとえ。大きい薬缶は水がたくさん入るので沸騰するのに時間がかかるということから。
生まれながらの長老なし(うまれながらのちょうろうなし)
生まれながらにすぐれた人間などいるはずもなく、みんな長い間の修養や経験をつんで立派な人間になるということ。
急ぐな休むな(いそぐなやすむな)
早く仕事の成果をあげようと焦ると、落ち度があったり疲れすぎたりするし、休んでばかりでは仕事がはかどらない。大きな仕事を成し遂げるためには、あわてずに、また休み過ぎずにするのがよいということ。
百日の労、一日の楽(ひゃくにちのろう、いちにちのらく)
働くばかりではなく、たまには休むほうがよいということ。 百日も働いたら、一日くらいゆっくり休養したほうがよいとの意から。
習い、性と成る(ならい、せいとなる)
習慣も続けていると、しまいにはその人の生まれつきの性質のようになるということ。
読書百遍、義、自ずから見る(どくしょひゃっぺん、ぎ、おのずからあらわる)
どんなに難しい本でも、繰り返し何度も読めば、自然に意味がわかってくるということ。 「読書百遍、意、自ずから通ず」ともいう。
運を待つは死を待つに等し(うんをまつはしをまつにひとし)
努力せずに、ただ幸運を待っているのは、自らの死を待つように愚かなことだということ。
研がずに鍛冶を恨むな(とがずにかじをうらむな)
何の努力もしないで、生まれた環境を恨んではいけない。真面目に自分を磨く努力をせよというたとえ。切れなくなった刃物を研ぎもせずに、それを作った鍛冶を恨んではいけないということから。
何事も三度(なにごともさんど)
一度や二度の失敗であきらめず、せめて三度はやってみよということ。
しくじるは稽古のため(しくじるはけいこのため)
失敗は後に成功するための練習をしているようなものという意味。
遅くとも、しないよりはまし(おそくとも、しないよりはまし)
手遅れに思えても、そこで投げ出さずに取りかかったほうがまだ得るものがあるということ。 出遅れた自分を励ますときにも、しりごみする相手の背を押すときにも使う。
