「隣」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 18 件
「隣」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
秋の夕焼け鎌を研げ、秋の朝照り隣へ行くな(あきのゆうやけかまをとげ、あきのあさでりとなりへいくな)
夕焼けになると翌日は晴れに違いないから、鎌を研いで明日の仕事の準備をしておけということ。
内の米の飯より隣の麦飯(うちのこめのめしよりとなりのむぎめし)
わが家の膳に載る白い飯より、垣根ひとつ向こうの麦の飯のほうが旨そうに映る。よそのものは、こちらより粗末であってもかえって引き立って見えるものだ。
たくらだ猫の隣歩き(たくらだねこのとなりあるき)
自分の家の用は何もしないで、他人の家の用ばかり手伝うことのたとえ。 「たくらだ」はじゃこう鹿に似た獣。じゃこう鹿を狩りにきた猟師が、飛び出してきたたくらだを誤って狩ったことから、自分に無関係なことで死んだり傷ついたりする者のこと。転じて、愚か者・まぬけのことをいう。 まぬけな猫が自分の家のねずみは捕らずに、近所のねずみばかり捕って遊び歩くということから。
寺の隣に鬼が棲む(てらのとなりにおにがすむ)
ありがたい場所のすぐ隣に、まるで正反対の者が住んでいる。 世の中は、そういう並び方をしているものだ。
徳は孤ならず必ず隣あり(とくはこならずかならずとなりあり)
行いの正しい者が独りぼっちで終わることはない。同じ方を向く者がそばに立ち、頼まずとも手を貸してくれる。
隣の芝生は青い(となりのしばふはあおい)
垣根の向こう側は、同じものでも一段と鮮やかに映る。 自分の手の内だけが色あせて思えるのは、持ち主の目のせいである。
隣の白飯より内の粟飯(となりのしろめしよりうちのあわめし)
よそでご馳走になるより、粗末でもわが家の食事のほうが心安いということ。 隣の家で白い飯を振る舞われるより、粟のまじった飯でも自分の家で食べるほうが気詰まりがない意で、人の厄介になることのわずらわしさをいう。
隣の糂粏味噌(となりのじんだみそ)
他人の物はなんでもよく見えるというたとえ。 「糂粏味噌」はぬかみそのこと。 隣の家のぬかみそのほうがうまそうに思えるとの意から。
隣の疝気を頭痛に病む(となりのせんきをずつうにやむ)
自分には関係のない物事で、いらぬ心配をすることのたとえ。 「疝気」は漢方で腰・下腹部の病気のこと。 他人の疝気を心配して自分が頭痛になることから。 「人の疝気を頭痛に病む」「隣の疝気を頭痛に病む」ともいう。
隣の宝を数える(となりのたからをかぞえる)
自分には何の得にもならないことのたとえ。 「他人の宝を数える」「隣の宝を数える」「隣の家の宝を数える」ともいう。
隣の花は赤い(となりのはなはあかい)
他人の物はなんでもよく見えてうらやましく思えるというたとえ。 隣の家に咲いている花は、自分の家の花より赤く見えるという意味から。
隣の貧乏鴨の味(となりのびんぼうかものあじ)
近しい者がうまくいっていないと知って、胸のうちがすっと軽くなる。 人が隠し持つ暗い満足を、そのまま言い当てている。
隣の餅も食ってみよ(となりのもちもくってみよ)
世の中の事は、実際に経験しないとわからないというたとえ。 おいしそうに見える隣家の餅も、食べてみなければ味はわからないとの意から。
隣は火事でも先ず一服(となりはかじでもまずいっぷく)
どんなに慌ただしい時でも休息は必要だというたとえ。忙しい時に休息しようとする場合に使う言葉。
汝の隣人を愛せよ(なんじのりんじんをあいせよ)
自分自身のことだけ考えずに、まわりの人々にも愛情を持って接しなさいということ。
母の折檻より隣の人の扱いが痛い(はははのせっかんよりとなりのひとのあつかいがいたい)
きつく当たられても身内の手なら平気だが、間に割って入ってきた近所の人のほうがよほど怖い。 止めに立つ側には、身内が持つほどの情は無いからだ。
無精者の隣働き(ぶしょうもののとなりばたらき)
自分の家の用は頼まれても何もしない無精な人間が、隣の家では余計な事まで手伝うということ。
向こう三軒両隣(むこうさんげんりょうどなり)
自分の家の向かい側にある三軒の家と、左右二軒の家。また、日常親しく付き合う近所の家。
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