「ご」から始まる故事・ことわざ・慣用句 — 44 件
「ご」から始まる故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
御意見五両、堪忍十両(ごいけんごりょう、かんにんじゅうりょう)
他人の意見をよく聞いて何事にも耐えることが大事だというたとえ。 人の忠告は五両の値打ちがあり、辛いことや怒りを耐え忍ぶことは十両の値打ちがあるということ。
剛毅朴訥、仁に近し(ごうきぼくとつ、じんにちかし)
強固な意志を持ち、素朴で口数が少ない人物こそ、最高の徳である仁に最も近い人であるということ。
碁打ちに時なし(ごうちにときなし)
碁盤に向かった者は、日が傾こうが食事どきになろうがおかまいなしで、なかなか腰を上げないということ。 勝負の行方に引き込まれて、時刻をはかる気持ちそのものが失せてしまう。
郷に入っては郷に従え(ごうにいってはごうにしたがえ)
場所によって風俗や習慣が違うので、住む土地の習慣や慣習に従うのがよいということ。「郷」は地方・田舎の意。
毫釐の差は千里の謬り(ごうりのさはせんりのあやまり)
出だしのほんの食い違いが、行き着く先では埋めようのない開きになる。 毫も釐も、ごく小さな量を表す単位。
剛戻自ら用う(ごうれいみずからもちう)
人からの諫めを頭ごなしに退け、何事も自分ひとりの裁量で取り仕切ること。
業を煮やす(ごうをにやす)
物事が思うように運ばず、腹を立てていらいらするたとえ。
呉下の阿蒙(ごかのあもう)
いつまでたっても昔のままで、少しも進歩のない人のこと。「呉下」は中国の呉地方、「阿」は親しみを表して人名に付ける語。魯粛が呂蒙に再会して、学問の上達の早さに驚き、呉にいた時の阿蒙ではないと言ったという故事から。
五月蕨は嫁に食わせるな(ごがつわらびはよめにくわせるな)
初夏の蕨はことのほか味がよいから、嫁の口には入れるなということ。 姑が嫁につらく当たる物言いの型で、「秋茄子は嫁に食わすな」と同じ言い回し。
御機嫌を伺う(ごきげんをうかがう)
相手の機嫌を損ねないように注意を払ったり、相手から気に入られるように気を遣ったりすること。
呉牛、月に喘ぐ(ごぎゅう、つきにあえぐ)
取り越し苦労をするたとえ。「呉牛」は、中国の呉地方にいる水牛のこと。呉牛は暑さが苦手で、月を太陽と見誤って喘いだということから。
極楽願わんより地獄作るな(ごくらくねがわんよりじごくつくるな)
よい来世を望む前に、堕ちるもとになる行いを断てという教え。先の果報を数えるより、いま積んでいる罪を減らすほうが確かだということ。
極楽の入り口で念仏を売る(ごくらくのいりぐちでねんぶつをうる)
知り尽くしている人にものを教えるたとえ。
後家花咲かす(ごけばなさかす)
夫を亡くした女のまわりに、男たちが寄って賑わうということ。 「花を咲かす」は、その人を中心に人が集まって華やぐこと。 男の側を言う「男鰥に蛆が湧く」と対をなす言い方。
後光より台座が高くつく(ごこうよりだいざがたかくつく)
ものごとは、目立たない基礎の部分に案外お金がかかるということ。 仏像は人目につく光背より、目立たない台座のほうが費用がかかるとの意から。
五指に余る(ごしにあまる)
めぼしいものや優れたものなどが五つ以上あることのたとえ。
五指に入る(ごしにはいる)
優れていることのたとえ。良いほうから数えて五番以内に入ることのたとえ。 「五指に入る」ともいう。
五指のこもごも弾くは捲手の一挃に若かず(ごしのこもごもはじくはけんしゅのいっちつにしかず)
ばらばらな個々の力は、団結した力には及ばないことのたとえ。 五本の指をばらばらにはじく力は、握りこぶしで叩いた一撃には及ばないとの意から。
後生が大事(ごしょうがだいじ)
来世の安楽を願って信心することが大切だということ。
後生大事や金欲しや死んでも命のあるように(ごしょうだいじやかねほしやしんでもいのちのあるように)
来世の安楽を願いながら、現世の金も欲しいと、あれもこれも願う人間の強欲さのたとえ。
後生願いの六性悪(ごしょうねがいのろくしょうあく)
来世の安楽を願っていながら、たちの悪いことをするたとえ。「後生願い」は、来世の極楽往生を願うこと。「六性悪」は、喜・怒・哀・楽・愛・悪の六つの感情の「六性」と「性悪」をかけていったもの。
後生は徳の余り(ごしょうはとくのあまり)
一生懸命に徳を積めば、おのずと来世の安楽もかなえられるということ。また、現世の暮らしに余裕があってこそ、来世の安楽を祈ることができるということ。
ご相伴にあずかる(ごしょうばんにあずかる)
同伴者として、もてなしを受けること。 「相伴」は主客と一緒に行ってもてなしを受けること。
五十歩百歩(ごじっぽひゃっぽ)
多少の違いはあっても、本質的には違いがないということ。戦場で五十歩逃げた兵士が、百歩逃げた兵士を臆病だと笑ったが、逃げたことには変わりはないという故事から。
五十にして天命を知る(ごじゅうにしててんめいをしる)
五十の年になって、自分がこの世で担うべき役割がようやく見えてきたということ。孔子が来し方をたどり、十五で学を志し、三十で自立し、四十で迷わなくなったと述べた、そのあとに続く一句。 「[[知命*https://kokugo.jitenon.jp/word/p32603]]」ともいう。
五重の塔も下から組む(ごじゅうのとうもしたからくむ)
物事はすべて順序よく進めていってこそ、成功するというたとえ。
五臓六腑に沁みわたる(ごぞうろっぷにしみわたる)
口にしたものが体じゅうに行きわたるように感じられること。とくに酒についていう。 転じて、心の底まで深く感じ入ることにもいう。 「五臓六腑」は五つの内臓と六つのはらわたで、あわせて体の中すべてを指す。
御託を並べる(ごたくをならべる)
自分勝手なことをもったいぶって、あれこれ言い立てること。「御託」は「御託宣」の略で、神のお告げ。転じて、偉そうにもったいぶって言うこと。
ご多分に漏れず(ごたぶんにもれず)
他のものと同じであること。例外ではなく。
後手に回る(ごてにまわる)
相手に先を越され、受け身の立場になったり対応が遅れたりすること。
