「似」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 32 件
「似」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
赤子のうちは七国七里の者に似る(あかごのうちはななくにななさとのものににる)
赤ん坊ははっきりした特長がないので、似ていると思って見ればあちこちの誰にでも似て見えるということ。「七国七里」は諸所方々のこと。
鵜の真似をする烏(うのまねをするからす)
自分の能力をわきまえず、人の真似をして失敗することのたとえ。 「鵜」は、水鳥の名。 水に潜って巧みに魚を捕る鵜の真似をして、烏が水に潜っても溺れるばかりであるとの意から。 「鵜の真似をする烏水に溺れる」「鵜の真似をする烏水を呑む」「烏が鵜の真似」ともいう。
往時渺茫としてすべて夢に似たり(おうじびょうぼうとしてすべてゆめににたり)
昔の出来事はいまとなっては霞のかなたに遠のいて、あれもこれも夢の中のことのように思われるということ。 「往時」は過ぎ去った昔で、原詩では「往事」と書く。「渺茫」は遠く広がってはっきりしないさま。
親に似ぬ子は鬼子(おやににぬこはおにご)
子どもは当然親に似るものであり、親に似ない子はいないということ。 親に似ない子は人間の子ではなく鬼の子であるとの意から。
蟹は甲羅に似せて穴を掘る(かにはこうらににせてあなをほる)
人はそれぞれ自分の身分や力量に応じた考え方や行動をするというたとえ。蟹は自分の大きさに合わせて穴を掘るということから。
外面似菩薩、内心如夜叉(げめんじぼさつ、ないしんにょやしゃ)
外面は菩薩のようにやさしく美しいが、内面は夜叉のように邪悪で恐ろしい人のこと。 仏教で、女性が修行の妨げになることを戒めていった言葉。 「外面如菩薩、内心如夜叉」ともいう。
根性に似せて家を作る(こんじょうににせていえをつくる)
住まいの構えは、建てる当人の性根の丈だけのものになる。人はおのおの、生まれついた大きさの分だけの暮らしぶりに落ち着くということ。
猿の人真似(さるのひとまね)
猿のようによく考えもしないで、人の真似をすることをあざけっていう言葉。
姑に似た嫁(しゅうとめににたよめ)
嫁は姑に仕込まれているうちに、だんだん姑に似てくるということ。
知らずば人真似(しらずばひとまね)
勝手が分からない場面では、先にやっている人の手つきをそのまま写すのが安全だ。 自己流で踏み出すより、人の運びに合わせておくほうが間違いが少ない。
大姦は忠に似たり(たいかんはちゅうににたり)
大悪人は本性を隠して主君に仕えるので、あたかも忠臣のようにみえるということ。「大姦」は大悪人の意。
大欲は無欲に似たり(たいよくはむよくににたり)
望みの大きい者は目先の得を拾おうとしないので、はたからは欲がないように映るということ。 一方で、欲が深すぎて手を広げ、結局は何一つ手にできずに終わる者もまた、欲のない者と変わらない。 同じ言葉が、人を褒める側にも皮肉る側にも使われる。
他人の空似(たにんのそらに)
血のつながりがない他人同士が、偶然よく似ていること。
爪の先まで似る(つめのさきまでにる)
細かいところまでよく似ていることのたとえ。
似合い似合いの釜の蓋(にあいにあいのかまのふた)
どんなものにも、それぞれ似合いの相手があるというたとえ。
似合わぬ僧の腕立て(にあわぬそうのうでたて)
その人に似合わないことをすることのたとえ。「腕立て」は腕力を誇ることで、僧侶が腕力をふるうのは不似合いであることから。
似たものは烏(にたものはからす)
よく似ているさまのたとえ。また、世の中には似たものがたくさんあるということ。
似た者夫婦(にたものふうふ)
夫婦は互いに性格や好みが似てくるものだということ。また、そういう夫婦。
似たり寄ったり(にたりよったり)
どれもほとんど同じで、たいした違いがない様子。
似て非なり(にてひなり)
外見は似ているように見えても、本質は違っていることのたとえ。
似て非なるもの(にてひなるもの)
外見は似ているけれども、その内実は異なるもののこと。
似ても似つかない(にてもにつかない)
全く似ていないこと。
似ぬ京物語(にぬきょうものがたり)
一度も足を向けていない土地の様子を、さも居合わせた者の口ぶりで語ってみせる。中身は聞きかじりばかりで裏付けがない。
似るを友(にるをとも)
境遇や性質の似た者同士が親友となること。 「似たるを友」ともいう。
佞言は忠に似たり(ねいげんはちゅうににたり)
調子を合わせるだけの言葉が、真心からの諫めのように響くということ。 耳に心地よい進言ほど疑ってかかれ、という戒め。
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず(ねんねんさいさいはなあいにたり、さいさいねんねんひとおなじからず)
花は年ごとに変わることなく咲くが、人の境遇は年ごとに変化していく。 自然が変わらないのに対して、人の世ははかなく移りやすいことのたとえ。
農は人真似(のうはひとまね)
農業は人のやる事を真似していれば人並みの収穫はあるということ。
馬鹿の真似する利口者、利口の真似する馬鹿者(ばかのまねするりこうもの、りこうのまねするばかもの)
真に賢い者は知恵を誇示することはないが、愚かな者ほど利口ぶって自分を賢く見せようとするものであるということ。
夫婦はいとこほど似る(ふうふはいとこほどにる)
年を重ねるほど、顔つきも物言いも近くなっていく。 もとは縁もゆかりもない二人が、身内と見まがうところまで寄っていく。
下手の考え休むに似たり(へたのかんがえやすむににたり)
よい考えも出ないのにあれこれ考えるのは、時間の無駄だということ。 もとは将棋や碁で、下手な人の長考をあざけって言った言葉。 「下手の思案は休むに同じ」ともいう。
