「女」から始まる故事・ことわざ・慣用句 — 30 件
「女」から始まる漢字を含む故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
女心と秋の空(おんなごころとあきのそら)
秋の空模様のように、女性の心が変わりやすいということ。
女賢しゅうして牛売り損なう(おんなさかしゅうしてうしうりそこなう)
細かいところに気が回るあまり、まとまるはずの話を取り逃がす。 近い勘定に目が向くと、その先の得が見えなくなる。
女三人あれば身代が潰れる(おんなさんにんあればしんだいがつぶれる)
娘を三人も持てば、その婚礼にかかる入り用で家の身代は傾いてしまうということ。 嫁がせる側が衣類や道具をひととおり持たせる習わしだったころの、親の負担の重さを言った言葉。
女三人寄れば姦しい(おんなさんにんよればかしましい)
女性が三人顔をそろえれば、おしゃべりに花が咲いてずいぶんにぎやかになるということ。 漢字の「姦」が「女」を三つ重ねた形をしていて、騒がしい意味を表すことにかけた言い方。
女ならでは夜は明けぬ(おんなならではよはあけぬ)
世の中は女の力があってはじめて動くのであって、女を欠いては何事も立ち行かないということ。 天照大神が天岩戸にこもって世が闇に沈んだとき、天鈿女命が戸の前で舞い、その騒ぎに誘われて大神が姿を現し、ふたたび光が戻ったという神話にちなむ。 「日の本は女ならでは夜が明けぬ」ともいう。
女の足駄にて作れる笛には秋の鹿寄る(おんなのあしだにてつくれるふえにはあきのしかよる)
男の人は女の人の魅力にとても弱く、すぐ心が迷いがちだというたとえ。 「足駄(あしだ)」は、歯の高い下駄のこと。「秋の鹿」は、秋になって雌を恋しがる雄の鹿をさす。女の人がはいていた足駄を材料に笛をこしらえて吹くと、そうした雄の鹿はその音を聞きつけて必ず近づいてくると古くから伝わっていて、男が女の人に引かれるさまを表している。 兼好法師が鎌倉時代の末ごろに著した『徒然草』の第九段に、言い回しを少し変えて出てくる。異性にひかれる迷いだけは、年寄りも若者も、賢い人も愚かな人も変わりがなく、断ち切るのが難しいと述べたうえで、女の髪の毛をより合わせた綱なら大きな象もつなぎとめられるという話と並べてこの言い伝えを挙げ、自分から戒めて用心すべきだと結んでいる。前のほうの話は[[女の髪の毛には大象も繋がる*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1835.php]]として知られる。秋の鹿を使った似た言葉に[[秋の鹿は笛に寄る*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1128.php]]がある。
女の一念、岩をも徹す(おんなのいちねん、いわをもとおす)
女が執念深いことのたとえ。
女の髪の毛には大象も繋がる(おんなのかみのけにはたいぞうもつながる)
女の魅力には、男の心を引きつける強い力があるというたとえ。女の髪の毛で足を繋がれて動けなくなった大きな象を、煩悩にとらわれて悟れない人にたとえた仏教の経典から。
女の腐ったよう(おんなのくさったよう)
心を決められずにいつまでも迷い、考えや態度が一つに定まらない男の人を、さげすんで言う言葉。 迷ってばかりで思い切りが悪いことを、女の人の悪い癖だと決めつけた古い見方にもとづく言い方で、言われた男の人だけでなく、女の人も低く見ることになる。今では、人を傷つける差別的な言い方だとして、使うのを控える人が多い。 態度がなかなか決まらない様子だけを表す言葉には[[煮え切らない*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/5552.php]]がある。
女の心は猫の目(おんなのこころはねこのめ)
女の心は気まぐれで変わりやすいことのたとえ。 女心は、猫の目が光によって形が変化するように変わりやすいとの意から。
女の知恵は鼻の先(おんなのちえははなのさき)
女の考えは鼻の先までしか届かないとして、その場かぎりの思案しかできないとそしった言葉。 「鼻の先」はすぐ目の前のことで、先々を見渡す目がないことをいう。
女は衣装髪かたち(おんなはいしょうかみかたち)
装いと髪の結い方ひとつで、女の見映えはいくらでも変わるということ。 それだけに、身なりを整えることをおろそかにしてはならないという言い方。
女は氏無うて玉の輿に乗る(おんなはうじのうてたまのこしにのる)
女は低い家柄の生まれでも、容姿や運しだいで、金持ちや高貴な人と結婚できるということ。
女は己を説ぶ者のために容づくる(おんなはおのれをよろこぶもののためにかたちづくる)
思いを掛けてくれる相手がいてこそ、鏡の前の手間も惜しくなくなる。 見てくれる目があるかどうかで、身なりへの気の入れようが変わる。
女は門開き(おんなはかどびらき)
女の人はめでたいもので、幸せを招く縁起のよい存在だということ。 日本神話で、太陽の神である天照大神が岩戸の奥に身を隠し、あたりが真っ暗になったとき、天鈿女命という女神が岩戸の前で踊ってみせ、外のにぎわいが気になった大神が戸を開いたことで、世の中に明かりが戻ってきた、という一場面が由来。 「門開き」は、店を新しく開くことや、最初の子どもに女の子を授かることも指す。同じ神話から出た言葉に[[女ならでは夜は明けぬ*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1833.php]]がある。
女は三界に家なし(おんなはさんがいにいえなし)
女はこの広い世界のどこにも安住できる所がないということ。 「三界」は仏教語で欲界・色界・無色界のことから全世界の意味。 女は子どものころは父に従い、結婚してからは夫に従い、老いてからは子に従うもので、世界のどこにも安住できる所がないとの意から。 「三界に家なし」ともいう。
女冥利に尽きる(おんなみょうりにつきる)
女に生まれた甲斐がここに極まった、と思えるほどの幸せに恵まれること。 「冥利」は知らぬうちに授かる神仏の恵みで、それを受け尽くしたというほどの言い方。
女寡に花が咲く(おんなやもめにはながさく)
夫に先立たれた女が、かえって前より艶やかに見えるようになる。 気を配る先が自分ひとりに戻るからである。
女子と小人は養い難し(じょしとしょうじんはやしないがたし)
女性と器量の小さい人は扱いにくいということ。 孔子の言葉で、この後に「之(これ)を近づくれば則(すなわ)ち不遜(ふそん)、之を遠ざくれば則ち怨む」と続く。 親切にすると図に乗り、遠ざけると恨まれるとの意から。 「女子と小人とは養い難し」ともいう。
女房、鉄砲、仏法(にょうぼう、てっぽう、ぶっぽう)
女性は雰囲気を和らげ、鉄砲の力で治安を保ち、仏法で人の心を正しく導く。この三つの力で世の中がうまく治まっているということ。
女房と畳は新しいほうがよい(にょうぼうとたたみはあたらしいほうがよい)
敷き替えたばかりの座敷が心地よいように、連れ合いも取り替えるに越したことはない、という男の側だけに都合のよい言い草。
女房と味噌は古いほどよい(にょうぼうとみそはふるいほどよい)
何でも古いほど味わいが出て良いということ。味噌も古くなると熟成されて味がよくなり、妻も長年連れ添うと円満さも増していくということから。
女房に惚れてお家繁盛(にょうぼうにほれておいえはんじょう)
亭主が女房に惚れ込んでいると、外で浮気や道楽もせず家庭円満になるということ。
女房の妬くほど亭主もてもせず(にょうぼうのやくほどていしゅもてもせず)
妻が気をもむほど、夫はよその女性にもててはいないということ。
女房の悪いは六十年の不作(にょうぼうのわるいはろくじゅうねんのふさく)
連れ合いを選び違えると、その痛手は死ぬまで、ときには次の代まで尾を引く。 一度きりの選び方が、その後のすべてに影を落とす。 「悪妻は百年の不作」ともいう。
女房は貸すとも擂り粉木は貸すな(にょうぼうはかすともすりこぎはかすな)
使うたびに目減りするものは、人手に渡すものではない。 減るものと減らぬものを、わざと極端に並べた句。
女房は灰小屋から貰え(にょうぼうははいごやからもらえ)
妻を迎えるなら、自分より格下の家からもらうのがよいということ。 身分の高い家から妻をもらうと、親戚付き合いに苦労したり夫の権威が下がったりする恐れがあるとの意から。 「女房は台所から貰え」「女房は掃き溜めから拾え」「女房は庭から取れ」などともいう。
女房は半身上(にょうぼうははんしんしょう)
その家が繁盛するかどうかは、女房の力にかかっているということ。「身上」は財産の意で、女房は財産の半分の価値があるということから。
女房は山の神百石の位(にょうぼうはやまのかみひゃっこくのくらい)
家庭において妻は山の神のように尊く、百石の禄を受ける武士の位にも匹敵するほど大切な存在であるということ。 家の中で妻が重要な地位を占め、敬うべき大事な存在であることのたとえ。
女房百日、馬二十日(にょうぼうひゃくにち、うまはつか)
どんなものも、はじめのうちは珍しがられるが、すぐに飽きられてしまうというたとえ。 妻は百日、馬は二十日もすれば飽きてしまうとの意から。
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