「真似をする」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 20 件
「真似をする」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全20件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆ(いっけんかげにほゆればひゃっけんこえにほゆ)
一人がいいかげんなことを言い出すと、世間の多くの人がそれを真実として広めてしまうことのたとえ。 一匹の犬が何かの影を見て吠え出すと、辺りの百匹の犬がそれにつられて吠え出すとの意から。 「影に」は「形に」「虚を」、「百犬」は「千犬」「万犬」、「声に吠ゆ」は「実を伝う」「虚を伝う」「実に吠ゆる」などと多くの表現がある。
一匹の馬が狂えば千匹の馬も狂う(いっぴきのうまがくるえばせんびきのうまもくるう)
一人の行いが他の大勢を駆り立ててしまうことのたとえ。群集が他人の言動に同調しやすいことのたとえ。 群れの中の一匹の馬が異常な行動をして騒ぎ出せば、群れ全体が巻き込まれて騒ぎ出すとの意から。
鵜の真似をする烏(うのまねをするからす)
自分の能力をわきまえず、人の真似をして失敗することのたとえ。 「鵜」は、水鳥の名。 水に潜って巧みに魚を捕る鵜の真似をして、烏が水に潜っても溺れるばかりであるとの意から。 「鵜の真似をする烏水に溺れる」「鵜の真似をする烏水を呑む」「烏が鵜の真似」ともいう。
上を学ぶ下(かみをまなぶしも)
下の者は、かしらのふるまいをそっくりなぞるということ。 よい振る舞いも悪い振る舞いも、下はまず上から写し取る。
邯鄲の歩み(かんたんのあゆみ)
むやみに人の真似をしていると、自分本来のものも忘れて、どちらも失うことのたとえ。 中国燕の青年が、趙の都邯鄲で都会風の歩き方を習おうとしたが、習得できないばかりか故国の歩き方まで忘れてしまい、這って故郷へ帰ったという故事から。
雁がたてば鳩もたつ(がんがたてばはともたつ)
身のほども考えず、むやみに人まねしようとすること。渡り鳥である雁が飛び立つのを見て、遠くまで飛べない鳩も飛び立つことから。
雁が飛べば石亀も地団駄(がんがとべばいしがめもじだんだ)
身のほどもわきまえず、むやみに人のまねをしようとすること。 雁が飛び立つのを見て、自分も飛ぼうとした石亀が、飛べずにくやしがって地団駄を踏むことから。 単に「石亀も(の)地団駄」とも、「鷹が飛べば石亀も地団駄」「蛙が飛べば石亀も地団駄」ともいう。
猿の人真似(さるのひとまね)
猿のようによく考えもしないで、人の真似をすることをあざけっていう言葉。
知らずば人真似(しらずばひとまね)
勝手が分からない場面では、先にやっている人の手つきをそのまま写すのが安全だ。 自己流で踏み出すより、人の運びに合わせておくほうが間違いが少ない。
糟粕を嘗める(そうはくをなめる)
先人の真似だけで、工夫や進歩などが一つもないことのたとえ。 「糟粕」は酒粕のことで、よい部分の残り物のたとえ。
爪の垢を煎じて飲む(つめのあかをせんじてのむ)
優れた人にあやかろうとするたとえ。 爪の垢のようなものでも、優れた人のものを煎じて飲めば、少しはその人に似るだろうという考えから。
虎を描いて狗に類す(とらをえがいていぬにるいす)
凡人が優れた人の真似をして、軽薄になることのたとえ。また、立派過ぎるものを求めて失敗することのたとえ。 後漢の馬援が甥たちをいさめた手紙の一節から。豪傑肌の杜季良をまねようとして果たせなければ、虎を描こうとして狗にしかならないのと同じように、世間の軽薄者に落ちてしまうと説いた。 「虎を描いて猫に類す」ともいう。
農は人真似(のうはひとまね)
農業は人のやる事を真似していれば人並みの収穫はあるということ。
蠅が飛べば虻も飛ぶ(はえがとべばあぶもとぶ)
似た者同士が互いに真似をしたり、他人の行動にむやみに同調したりすることのたとえ。 一匹の蠅が飛び立つのを見て、それにつられて虻まで飛び立つ様子に由来する。
はやり目なら病み目でもよい(はやりめならやみめでもよい)
やたらに流行を追いかける者の愚かさをいう言葉。 流行していることなら、たとえそれが目の病気でも真似をしたいとの意から。
範を仰ぐ(はんをあおぐ)
見本として学ぶこと。
顰みに倣う(ひそみにならう)
事の良し悪しを考えず、むやみに人の真似をするたとえ。また、人に倣って物事をすることを謙遜していう言葉。 「顰」は、眉をひそめること。 中国の越の西施(せいし)という美女が胸の病気の痛みで顔をしかめたところ、それを見た醜女が自分も顔をしかめれば美しく見えるかと思い、真似をして眉をひそめたという故事から。 「西施の顰みに倣う」「顰みを学ぶ」ともいう。
みいちゃんはあちゃん(みいちゃんはあちゃん)
周りの意見や流行などに左右されやすいこと。また、そのような人。ミーハー。
見よう見真似(みようみまね)
教わったおぼえもないまま、そばで眺めているうちに形だけは身についてしまう。 我流の域を出ないと自ら断るときの言い方でもある。
竜を画いて狗に類す(りゅうをえがいていぬにるいす)
望みばかりが大きくて、出来上がりが似ても似つかぬものになることのたとえ。身の丈に合わない真似をして、かえって軽々しく見えることにもいう。 後漢の孔僖が『春秋』を読み、はじめ覇者となりながら滅びた呉王夫差を、竜を描こうとして狗になったようなものだと嘆いたことから。 同じ意味の言い方に「虎を描いて狗に類す」がある。
