「陰」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 37 件
「陰」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
暑さ忘れれば陰忘れる(あつさわすれればかげわすれる)
苦しい時が過ぎると、助けてくれた人の恩をとかく忘れがちになるということ。 暑さが過ぎると、涼しい物陰のありがたみを忘れてしまうとの意から。
一樹の陰一河の流れも他生の縁(いちじゅのかげいちがのながれもたしょうのえん)
この世で起こるすべての出来事は、すべて前世からの因縁によるものなので大切にしなければならないということ。 同じ木の陰で雨宿りをしたり、同じ流れの水を飲んだりするといった、偶然のちょっとした出来事も、すべて前世からの縁によるものであるとの意から。 「一河の流れを汲むも他生の縁」ともいう。
一寸の光陰軽んずべからず(いっすんのこういんかろんずべからず)
ほんのわずかな時間でも無駄にしてはいけないということ。「光陰」は月日、時間の意。
陰影に富む(いんえいにとむ)
表現などに変化があり、深い味わいがあること。
陰徳あれば必ず陽報あり(いんとくあればかならずようほうあり)
人知れず善い行いをする者には、必ず善い報いがあるということ。
陰徳は末代の宝(いんとくはまつだいのたから)
名を伏せたまま積んだ行いは、末長く家を支える財となる。 その徳は当人一代で尽きず、子や孫の代まで及んで身を助ける。 「陰徳」は、見返りを求めずに陰で施す情けをいう。
陰に籠もる(いんにこもる)
不平や不満が表にあらわれず、心の中にくすぶっている。陰気な感じがする。
陰に陽に(いんにように)
あるときは人知れず、あるときは表立って。常に。
豌豆は日陰でもはじける(えんどうはひかげでもはじける)
どんな境遇に育った者でも、年を重ねればおのずと色恋を知るということ。また、物事は熟すべき歳月を経れば、放っておいても実を結ぶということ。 日の当たらぬ場所の豌豆でさえ、季節がめぐれば莢がはじけて種を飛ばす、という意から。
陰陽師、身の上知らず(おんようじ、みのうえしらず)
人のことはよく見通すのに、自分の先行きは見通せないというたとえ。 「易者」は、筮竹や算木を用いて易で吉凶を見る人。 同じ意味の言い方に「陰陽師、身の上知らず」がある。
陰口を叩く(かげぐちをたたく)
その人のいないところで悪口を言うこと。 「陰口を利く」ともいう。
陰で糸を引く(かげでいとをひく)
自分自身は表に出ないで、裏で他人を意のままに動かすこと。 人形師が糸を引いて人形を操ることから。 「裏で糸を引く」ともいう。
陰で舌を出す(かげでしたをだす)
その人の前ではお世辞などを言って機嫌をとり、いない所では悪口をいったり馬鹿にしたりすること。
陰では王様の事も言う(かげではおうさまのこともいう)
その場にいない人のことは、たいてい何かしら言われている。 どれほど上の者でも、居合わせない席では容赦されない。 「陰では殿の事も言う」ともいう。
陰に居て枝を折る(かげにいてえだをおる)
恩を受けた人にひどいことをするたとえ。 木陰で涼んでいた者がその木の枝を折ることから。また、恩人の見ていない所で恩人の家の木の枝を折ることから。
陰に託して影を求む(かげにたくしてかげをもとむ)
方法を間違うことのたとえ。 物陰に入って自分の影を探すとの意から。
陰になり日向になり(かげになりひなたになり)
あるときは表立って、あるときは人知れず、誰かに尽くしたり援助したりする様子。
陰に回る(かげにまわる)
相手に気づかれないように動くこと。ようすをうかがったり、人を思うように動かしたりする場合にいう。 表向きの役から退いて、目立たぬところに身を移すことにもいう。 同じような言い方に「裏へ回る」がある。
陰日向がある(かげひなたがある)
人が見ているところとそうでないところとで、言動が変わること。
陰弁慶(かげべんけい)
家の中でだけ威張っているが、外では少しの度胸もないこと。また、そのような人。内弁慶。
陰も形もない(かげもかたちもない)
そこに人や物が存在していたことを示すものがまったくない。跡形もない。 「影も形も見えない」ともいう。
陰を落とす(かげをおとす)
光がさすこと。 光が投げかけられることによって影ができることから。 転じて、影響を及ぼすこと。
草葉の陰(くさばのかげ)
草の葉が覆う土の下の意で、死んだ者が身を置く場所をいう。多く「草葉の陰から」の形で使い、亡くなった人がこの世に残る者を見守るさまを表す。
光陰、矢の如し(こういん、やのごとし)
月日が経つのが早いことのたとえ。 「光」は日、「陰」は月のこと。 月日は、矢が飛ぶようにあっという間に過ぎ去るという意味から。
光陰に関守なし(こういんにせきもりなし)
月日がとどまることなく、過ぎていくことのたとえ。 「光」は日、「陰」は月、「関守」は関所の番人。 月日の流れをとめる番人などいないということ。
光陰人を待たず(こういんひとをまたず)
時は人の都合などおかまいなしに刻々と過ぎ去っていくので、時間を無駄にせず大事に過ごすべきであるということ。 「光陰人を待たず」「時は人を待たず」ともいう。
木陰に臥す者は枝を手折らず(こかげにふすものはえだをたおらず)
世話になった相手を傷つけまいとするのが人の心である。木の下で涼をとった者はその枝を折らず、食事をした者は使った器を壊さない。身を助けてくれたものは粗末にしない、という教えから。
寸陰を惜しむ(すんいんをおしむ)
わずかの時間も大切にするということ。「寸陰」は、わずかの時間。
頼む木陰に雨が漏る(たのむこかげにあめがもる)
逃げ込んだ先が、いちばん先に破れる。 すがった相手に限って、こちらを守りきる力を持っていない。 「頼む木の下に雨漏る(たのむこのもと(きのした・きのもと)にあめもる)」ともいう。
天地は万物の逆旅、光陰は百代の過客(てんちはばんぶつのげきりょ、こういんはひゃくだいのかかく)
この世のすべてのものは、うつろいやすくはかないということのたとえ。 「逆旅」は宿屋のことで、天地はあらゆる生物が生まれてから死ぬまでのわずかな間に泊まる宿屋に過ぎないとの意から。
