「清廉」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 26 件
「清廉」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全26件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
仰いで天に愧じず(あおいでてんにはじず)
天を仰ぎ見ても恥ずかしくないほど、心も行いも何らやましいことがないこと。
砂に黄金、泥に蓮(いさごにこがね、でいにはちす)
見向きもされない場所に、思わぬ値打ちのものが埋もれている。また、汚れた中にいて汚れずにいる例のたとえ。 砂の中には砂金が光り、泥の底からは蓮の花が開く。
内に省みて疚しからず(うちにかえりみてやましからず)
自分の心の中を振り返ってみて、良心に恥じることが少しもないということ。
屋漏に愧じず(おくろうにはじず)
たとえ人が見ていない場所でも、人に知られて恥じるような行いはしないということ。「屋漏」は家の一番奥まった所、または人目につかない所の意。
思い邪なし(おもいよこしまなし)
胸のうちに曲がったところがひとつもない。取り繕いも下心もなく、そのまま外へ出せる。 孔子が『詩経』の三百篇をこの一語で言い切った。
渇しても盗泉の水を飲まず(かっしてもとうせんのみずをのまず)
どんなに困っていても、断じて不正には手を出さないというたとえ。「盗泉」は、中国山東省にある泉の名。孔子はのどが渇いていても、その名を嫌って泉の水を飲まなかったという故事から。
上清ければ下濁らず(かみきよければしもにごらず)
頭に立つ者が身をきれいに保っていれば、それにつく者も後ろ暗いまねをしなくなるということ。 下の乱れは上の濁りから始まるのだから、正すなら上からだと説く。
君子は憂えず懼れず(くんしはうれえずおそれず)
徳の高い人物は、行いが正しく心にやましいところがないから、何も心配しないし恐れることもないということ。
君子は独りを慎む(くんしはひとりをつつしむ)
誰にも見られていない時ほど、その人の地は出る。徳を積んだ者は、そこでの振る舞いこそを最も厳しく検める。
原憲の貧(げんけんのひん)
貧しくとも節を曲げずに生きる暮らしぶり。孔子の弟子の原憲が、みすぼらしい住まいを見た子貢に病を案じられ、財が無いのを貧しいというだけで、学んだことを行えないのを病むというのだ、と切り返した話が伝わる。
心の欲する所に従えども矩を踰えず(こころのほっするところにしたがえどものりをこえず)
自分の心の思うままに行動しても、決して道徳から外れないということ。
琥珀は腐芥を取らず(こはくはふかいをとらず)
清く生きる人の懐には、薄汚れた実入りは転がり込まない。 取るものと取らぬものの線引きが、場面しだいで揺らぐことはない。 こまかな塵を吸い上げる琥珀も、朽ちた芥は素通りさせることから。 「腐芥」は、朽ちて汚れた芥のこと。
磁石鉄を吸うとも石を吸わず(じしゃくてつをすうともいしをすわず)
心の潔い人は、後ろ暗い金や品物には決して手を出さないということ。磁石は鉄だけを引き寄せ、ただの石には見向きもしない意から。
水晶は塵を受けず(すいしょうはちりをうけず)
身を正しく保つ人は、後ろ暗い誘いを寄せつけないということ。 透きとおった石が塵ひとつまとわないのになぞらえた言い方。
鷹は飢えても穂を摘まず(たかはうえてもほをつまず)
高潔な人は、どんなに困っても不正なことは決してしないというたとえ。鷹はどんなに飢えても穀物はついばまないということから。
泥中の蓮(でいちゅうのはす)
汚れた環境の中でも、それに染まらず清らかに生きていることのたとえ。汚い泥の中でも蓮は清らかな花を咲かせることから。
俯仰、天地に愧じず(ふぎょう、てんちにはじず)
自分にやましいところや恥じるところは何一つないということ。 「俯」はうつむくこと、「仰」はあおぐこと。 うつむいて地に恥じるところがなく、あおいで天に恥じるところがないとの意から。
水清ければ魚棲まず(みずきよければうおすまず)
水が澄みきっていると、餌も身を隠す場もなく魚は寄りつかない。人も、非の打ちどころのない生き方を通していると、周りが気詰まりを覚えてそばに集まらなくなる。
水清ければ大魚なし(みずきよければたいぎょなし)
上に立つ者が隅々まで目を光らせると、器の大きい者ほど窮屈がり、やがて席を立つ。 西域を去る班超が、後任に「細かく詮索するな」と説いた際の一句。
耳を洗う(みみをあらう)
出世の誘いを、聞いたことすら汚れと受け取って退ける。 世の高みに背を向け、身ひとつを濁さずにおく構え。 堯から天子の座を継げと言われた許由が、その話が耳に入ったことを嫌い、潁水で耳をすすいだという故事から。 「流れに耳を洗う」「潁水に耳を洗う」「耳を滌ぐ」ともいう。
身を持する(みをじする)
生活態度や品行を厳しく守り、保ち続けること。
無累の人(むるいのひと)
あらゆる物欲を超越し、何事にもわずらわされることのない人。「無累」はわずらわすものがない意。
行くに径に由らず(ゆくにこみちによらず)
事を運ぶのに抜け道を使わない。手数がかかっても表の筋だけを通し、人目を憚る運び方をしない。 「径」は本道からそれた細い道。
凌雲の志(りょううんのこころざし)
俗世間を超越した気高い志のこと。また、出世しようとする志。「凌雲」は雲を凌ぐほどに高い意。「陵雲」とも書く。
蓮華の水に在るが如し(れんげのみずにあるがごとし)
濁った水にじかに根を下ろしながら、その濁りは花のところまで上がってこない。俗世のただ中に身を置き、そこから離れずにいて、なお自分の色を移されない人のありようをいう。 菩薩の姿をこの花に重ねて説いたところから。
廉士は人を恥じしめず(れんしはひとをはじしめず)
身ぎれいに生きる者は、相手の面目をつぶして手に入る取り分には手を伸ばさない。自分の分け前を増やすために人を低いところへ落とす、そのやり方をはじめから執らない。 「廉士」は、私欲で動かない人を指す。
