「目」で終わる故事・ことわざ・慣用句 — 27 件
「目」で終わる漢字を含む故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
好い目(いいめ)
さいころで思いどおりの目が出ることからいう、自分のほうへ転がりこんだ得や幸せ。多く「[好い目]を見る」の形で使う。
居候の三杯目(いそうろうのさんばいめ)
他人の家に世話になっている者は、食事の時も遠慮がちに三杯目のお代わりをするということ。居候の肩身のせまさを詠んだ川柳から。 同じく居候をよんだ川柳には、その横着ぶりをよんだ[[居候角な座敷を丸く掃き*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8787.php]]もある。
命から二番目(いのちからにばんめ)
命の次に大事なものの意で、非常に大切にしているもの。かけがえのないもの。
鵜の目鷹の目(うのめたかのめ)
鵜や鷹が獲物を狙う時のように、一生懸命にものを探し出そうとする様子。また、その目つきのこと。
売家と唐様で書く三代目(うりいえとからようでかくさんだいめ)
初代が苦労して残した財産も、三代目にもなると没落し、家を売りに出すような羽目になるが、その「売家」と書いた札の文字は唐様(中国風)でしゃれている。仕事をしないで道楽三昧をする人を皮肉ったもの。
親の目は贔屓目(おやのめはひいきめ)
親は子どもへの思いが深いので、その能力や持ち味を、本当のところより高く見積もってしまう傾向があること。 「贔屓目」は、気に入った相手や身内を、ほかの人より好ましく見ようとする見方のこと。親がわが子に向ける目は、本人も気づかぬまま、この見方に傾きやすい、と言っている。 親が子を見る目の甘さを表すことわざに、[[親の欲目*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1959.php]]や[[親に目なし*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/838.php]]もある。
親の欲目(おやのよくめ)
わが子かわいさのあまり、親が自分の子を実際より高く評価しようとすること。
女の心は猫の目(おんなのこころはねこのめ)
女の心は気まぐれで変わりやすいことのたとえ。 女心は、猫の目が光によって形が変化するように変わりやすいとの意から。
顔見世の二番目(かおみせのにばんめ)
一つの家に暮らす家族の頭数が、ずいぶん多いことを表すたとえ。 「顔見世」は、江戸の歌舞伎で毎年十一月に、その年の一座の顔ぶれを客にお目見えさせた特別な公演のこと。その日の二番目に演じる芝居は町人の暮らしを描いたもので、登場人物がとりわけ大勢だった。次から次へと人が出てくる舞台を、人であふれる家に重ね合わせた言葉。 また、その芝居には雪の場面や町家(町なかの商家や職人の家)の場面が多かったので、雪の降る景色や、町家が人の出入りでごたごたと騒がしい有様をいうこともある。
金の切れ目が縁の切れ目(かねのきれめがえんのきれめ)
金がある時はちやほやされるが、金がなくなると相手にされず関係が切れるということ。
金を貸したのが縁の切れ目(かねをかしたのがえんのきれめ)
金の貸し借りには問題が起こりやすく、親しい友人同士でも金の貸し借りはするべきではないという戒め。
壁に耳障子に目(かべにみみしょうじにめ)
どこで誰が見たり聞いたりしているかわからないので、話す内容には十分気をつけなくてはいけないという戒めの言葉。 密かに話しているつもりでも、壁に耳を当てて聞いたり、障子に穴をあけてのぞいたりしている者がいるかもしれないとの意から。 「壁に耳障子に目」「壁に耳」「壁に耳あり」「障子に目」などともいう。
恋は盲目(こいはもうもく)
恋をすると、人は理性を失い、他の事が見えなくなるということ。
ここで会ったが百年目(ここであったがひゃくねんめ)
長らく行方を追ってきた相手と、思いがけず行き合う。 二度と取り逃がしはしないと詰め寄る場面の口上で、向けられた側には終わりの宣告になる。
ゴルディオンの結び目(ごるでぃおんのむすびめ)
どう手をつけてよいか見当のつかない難題のこと。 神殿につないだ牛車の縄には、これを解いた者がアジアを治めるという言い伝えがあった。誰の手にも負えずにいたところへアレクサンドロス大王が現れ、剣を抜いて縄ごと断ち切ってしまったという。
三度目は定の目(さんどめはじょうのめ)
物事は一度目や二度目の結果は当てにならないが、三度目ともなれば確実だということ。「定の目」は、定まった賽の目のこと。
地獄の一丁目(じごくのいっちょうめ)
きわめて恐ろしい所のたとえ。また、悪の道や破滅に向かう始まりのたとえ。「一丁目」は入り口の意。
台風の目(たいふうのめ)
揺れ動く事態の中心となる人物や勢力。[1]より転じた意味。
「国政の[台風の目]となる人物」他人の正目(たにんのまさめ)
利害関係のない他人の見方は、公平で正しいというたとえ。「正目」は縦にまっすぐに筋の通った木目のこと。
天下分け目(てんかわけめ)
勝負が決まる重大な場面や時期のこと。 天下を取るか取られるかの重大な分かれ目との意から。
人は心が百貫目(ひとはこころがひゃっかんめ)
見た目よりも、内側の持ちようのほうが重いということ。 「貫」は銭を数える単位で、百貫目ともなれば大変な額。それを心の重さに当てはめたもの。
百年目(ひゃくねんめ)
これ以上は身をかわしようのない、行き着くところまで来た場面。 隠してきたことが表に出て、始末をつけざるを得なくなった時にいう。 めぐり合わせが極まった、またとない好機のほうを指す用法もある。
惚れた欲目(ほれたよくめ)
惚れてしまうと、相手の欠点は目につかず、実際以上によく見えてしまうということ。
病む身より見る目(やむみよりみるめ)
病気で苦しむ本人よりも、その姿をそばで見守りながら看病を続ける者の心の痛みのほうが大きいということ。 「病む目より見る目」ともいう。
弱り目に祟り目(よわりめにたたりめ)
困っているところへ、重ねてまた別の災いが降りかかること。 弱っている者に、そのうえ神仏のたたりまでが及ぶという意から。
廬山の真面目(ろざんのしんめんもく)
規模が大きく入り組んでいて、そのものの正体をとらえきれないこと。また、内側にいるかぎり輪郭はぼやけたままで、いったん離れた所に身を移してこそ本当の姿が見えてくるということ。廬山は立つ場所ごとに違う山容を見せ、山中にいる者にはその全容が知れないことから。
我が田への水も八分目(わがたへのみずもはちぶんめ)
自分の利益を優先しすぎず、欲を抑えて周囲との調和を図るべきであるということ。 田に水を引く際、自分の田だけに満水まで引くのではなく、他者の田にも配慮し、適度なところで止めるべきであるという考えから。 独占や過度な利己主義を戒める言葉。
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