「神」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 54 件
「神」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
挨拶は時の氏神(あいさつはときのうじがみ)
喧嘩や言い争いの間に人が入ってくれたら、その口ぞえに従って引き下がるほうがよい。 当人どうしでは引っ込みがつかなくなるところへ折よく現れてくれるのだから、土地の守り神が助けに来たものと思って受けよ、という言い方。 「挨拶」は、間に立って取り持つこと。「仲裁は時の氏神」ともいう。
商人の嘘は神もお許し(あきんどのうそはかみもおゆるし)
商人が商売上の駆け引きで嘘をつくのは、神様もやむを得ないとお許しになるということ。
過つは人の性、許すは神の心(あやまつはひとのさが、ゆるすはかみのこころ)
人は誰でも過ちを犯すものなので、むやみに人を責めてはいけないということ。 「過ちは人の常、許すは神の業」ともいう。
祈らずとても神や守らん(いのらずとてもかみやまもらん)
行いが正しく慎み深ければ、ことさら神に祈らなくても自然に神の加護があるものだということ。 菅原道真の作といわれる「心だに誠の道に叶いなば祈らずとても神や守らん」より出た言葉。
臆病の神降ろし(おくびょうのかみおろし)
気の小さい者ほど、大げさな手立てにすがって身の安全をはかろうとするということ。 「神降ろし」は巫女が神霊を招き下ろす儀式のことで、そこまでの仕掛けを持ち出す腰の引けようをあざけった言い方。
恐れ入谷の鬼子母神(おそれいりやのきしもじん)
「恐れ入りました」をしゃれていう言葉。「鬼子母神」は、出産・育児の神で、その鬼子母神を祭る東京都台東区入谷と「恐れ入りやした」の「入りや」をかけていったもの。
鬼の女房に鬼神(おにのにょうぼうにきじん)
荒々しい男の連れ合いには、これに引けを取らぬ気の強い女がつくものである。 鬼の相手役がつとまるのは鬼神をおいてほかにない、と見立てていったことば。 夫婦とは案外つり合いが取れているものだ、と皮肉まじりに眺めた言い方。
御神酒上がらぬ神はない(おみきあがらぬかみはない)
神様でさえお酒を召し上がるのだから、人間が酒を飲むのは当たり前だということ。 酒飲みが飲酒することの自己弁護に使う言葉。 「御神酒」は、神前に供える酒のこと。
怪力乱神を語らず(かいりょくらんしんをかたらず)
君子というものは道理にそむいたこと、理性で説明がつかないことは口にしないということ。転じて、不確かなこと、怪しげなことは口にすべきではないということ。「怪力乱神」は、「怪しく不思議なこと」「強い力」「道理を乱すこと」「鬼神」をあわせていったもので、計り知れない不思議な現象や存在のこと。
稼ぐに追い抜く貧乏神(かせぐにおいぬくびんぼうがみ)
いくら働いても貧しい人は貧乏から抜け出すことができないというたとえ。
叶わぬ時の神頼み(かなわぬときのかみだのみ)
思うようにことが運ばなくなって初めて、日ごろ拝みもしない神仏の前に手を合わせるということ。 自分の力では埒が明かないと知るなり急に信心深くなる、その虫のよさをついた言葉。
神掛けて(かみかけて)
神様に誓って。 自分の言動などに偽りがないことを強調するときに言う言葉。
神様にも祝詞(かみさまにものりと)
わかりきったことでも、黙っていては相手に通じないので、口に出して言うほうがよいというたとえ。 いくら神様でも、お祈りの言葉を聞かなければその人の願いは分からないとの意から。
神ならぬ身(かみならぬみ)
全知全能の神ではない我が身。人間の能力には限界があるということ。
神は正直の頭に宿る(かみはしょうじきのこうべにやどる)
正直で誠実な人には必ず神の助けがあるということ。
神は非礼を受けず(かみはひれいをうけず)
礼にはずれたことを願っても、神は聞き届けてはくれないということ。
神は自ら助くる者を助く(かみはみずからたすくるものをたすく)
天は、人に頼らず自ら努力する者に力を貸し、幸福を与えるということ。 「神は自ら助くる者を助く」ともいう。
神は見通し(かみはみとおし)
神様は人々のどんなに小さい行為でも見抜いているので誤魔化すことはできないということ。 「神様はお見通し」「天道様はお見通し」「天は見通し」「神仏は見通し」「仏は見通し」などともいう。
神へも物は申しがら(かみへもものはもうしがら)
頼みごとは、まごころだけでなく持ちかけようしだいで届き方が変わるということ。 神に願をかけるときでさえ、申し述べようが物を言う。
神も仏もない(かみもほとけもない)
困難な状況から救ってくれる神様も仏様もいないと嘆いていう言葉。
鬼神は敬して遠ざく(きしんはけいしてとおざく)
うわべは敬うふりをして、内心はうとんじて近づかないこと。
鬼神に横道なし(きじんにおうどうなし)
神は筋の通らないことや不正には手を貸さないということ。 横道は道理にはずれたおこない。
苦しい時の神頼み(くるしいときのかみだのみ)
信仰心のない者が、苦しい時だけ神に祈って助けてもらおうとすること。
血気盛りに神祟らず(けっきさかりにかみたたらず)
体に力の漲っている時分なら、少々羽目を外したところで罰は下らない。勢いのある者の行き過ぎに、天は目をつぶるものだという見方。
健全なる精神は健全なる身体に宿る(けんぜんなるせいしんはけんぜんなるしんたいにやどる)
身体が健康であれば、それに伴って精神も健全であるということ。 もとは古代ローマの風刺詩の一句で、「健やかな身体に健やかな精神が宿るように願うべきだ」と、人が神に何を求めるべきかを説いた文脈にあった。
触らぬ神に祟りなし(さわらぬかみにたたりなし)
何事も関係をもたなければ、災いを招くことはないということ。 神様と関わりをもたなければ、神様の祟りを受けることはないとの意から。
正直の頭に神宿る(しょうじきのこうべにかみやどる)
正直な人には必ず神の助けがあるということ。
知らぬ神より馴染みの鬼(しらぬかみよりなじみのおに)
見ず知らずの善人より、癖は承知のうえで付き合ってきた相手のほうが当てになる。 人柄の良し悪しより、勝手の知れていることが物を言う場合をいう。
神経が高ぶる(しんけいがたかぶる)
ある物事から刺激を受けて興奮状態になること。
神経が太い(しんけいがふとい)
並大抵のことでは、びくともしない様子。
