「や」で終わる故事・ことわざ・慣用句 — 28 件
「や」で終わる故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
明後日紺屋に今晩鍛冶屋(あさってこうやにこんばんかじや)
「この日までに仕上げます」という約束が守られたためしがなく、言われた期日を真に受けると、きまって待ちぼうけを食う羽目に陥るのだ、ということ。その場しのぎの返事で先へ先へと延ばすさまを、からかってもいう。 昔の染め物屋や鍛冶屋は、注文を受けた品物が約束した日になってもできあがっていないことがよくあり、染め物屋は「あさってには」、鍛冶屋は「今晩には」と答えて客を待たせたところから。 「紺屋」は布を藍などで染める職人や店のことで、「こんや」の読み方もある。「鍛冶屋」は鉄を熱して打ちきたえ、刃物や農具などをこしらえる職人。 [[紺屋の明後日*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/3039.php]]と同じ意味で、染め物屋に鍛冶屋を並べ、調子よく続けた言い方。
豈図らんや(あにはからんや)
どうしてそんなことが予想できただろうか。 意外なことに出会ったときに言う言葉。
石に立つ矢(いしにたつや)
一念を込めて事を行えば、できないことはないというたとえ。漢の李広が石を虎と見誤り、一心に集中して矢を射たところ、矢が石に刺さったという故事から。
命の親(いのちのおや)
命を救ってくれた恩人。
謂われを聞けば有難や(いわれをきけばありがたや)
わけがわからず見てつまらないものも、その由来を聞くと急にありがたみが増すということ。
生みの親(うみのおや)
ある物事や仕組みを、だれよりも先に起こしたり作り上げたりした人のこと。 文字どおりには、子をこの世に産み落とした実の親を指す。新しく生まれたものを子に、それを形にした人を親にたとえて呼んでいる。 「産みの親」とも表記する。 もとの実の親の意味では、養い育てた親と比べる[[生みの親より育ての親*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1016.php]]ということわざがある。
生みの親より育ての親(うみのおやよりそだてのおや)
生んでくれた親より、育ててくれた親に愛情も恩義も感じるということ。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)
小人物には、大人物の志は理解できないということのたとえ。「燕雀」は小さな鳥の意から転じて小人物、「鴻鵠」は大きな鳥の意から転じて大人物のこと。
王侯将相寧んぞ種あらんや(おうこうしょうしょういずくんぞしゅあらんや)
王や諸侯、将軍、大臣になるには家柄や血統など関係なく、必要なのはその人の才能や努力だということ。「種」は家柄、血統の意。
臥榻の側、豈に他人の鼾睡を容れんや(がとうのかたわら、あにたにんのかんすいをいれんや)
ほかの国が自分の国と並んで勢力を持つことを認めず、何としても天下を一つにまとめ上げようとする固い決意のたとえ。 「自分の寝台のすぐわきで、よその者がいびきをかいて寝ているのを、どうして黙って見ていられようか」というのが字面の意味。「臥榻」は寝台、「鼾睡」はぐっすり寝入って、いびきを立てること。 宋の初代皇帝の太祖が南唐(江南)を攻めていたころ、南唐から使者の徐鉉(じょげん)が来て、兵を引いてほしいと強く願い出た。太祖は怒って剣に手をかけ、「江南に何の罪があろう。だが天下は一つの家なのだ」と言い放ち、この言葉で願いを退けた。 四字熟語の「[[臥榻之側*https://yoji.jitenon.jp/yojik/5095]]」は、この言葉の前半を取ったもの。君主は一人だけだという点で、[[天に二日無し*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/3834.php]]と通じる。
口から高野(くちからこうや)
うっかりもらした一言がもとで、大きな痛手をこうむることのたとえ。 「高野」は、真言宗の寺々が集まる高野山(和歌山県)を指す。軽はずみな発言が災いして、髪をそって僧になり、山へ入るはめに追いこまれる、という筋立てから生まれた。 言葉に気をつけないと身に災いがふりかかる、という教えをふくみ、「[[口は災いの元*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/311.php]]」と同じ戒めを伝える。
言葉の綾(ことばのあや)
言葉を飾って、じょうずに言い表すこと。 解釈の仕方によって、いろいろな意味に受け取れる微妙な表現。 「綾」は美しい織物の模様。 発言が誤解を招いた際の弁明として用いられることが多い。
言葉は身の文(ことばはみのあや)
口をついて出る言い回しは、その身にまとった織り目にあたる。どれほどの人間かは、そこに透けて見える。「文」は、地の上に浮き出た筋目のこと。
虎豹豈犬羊の欺きを受けんや(こひょうあにけんようのあざむきをうけんや)
器量の据わった人物が、格下の浅知恵で言いくるめられるはずがない、と反語の形で言い放つ。
千日の萱(せんにちのかや)
重ねるのに費やした年月と、失うのにかかる時間とは、まるで釣り合わない。何年もの手間が、たった一度の火で消えてしまう。
善人なおもて往生を遂ぐ、況んや悪人をや(ぜんにんなおもておうじょうをとぐ、いわんやあくにんをや)
仏の救いを頼みとしない善人でさえ極楽往生を遂げる。まして、仏の救いにすがるしかない悪人が往生できないわけがないということ。
誰か烏の雌雄を知らんや(たれかからすのしゆうをしらんや)
並んだ者のどれが優れどれが劣るのか、外からは決めようがない。 見た目が同じなら、判じる側の目も止まってしまう。 単に「烏の雌雄」ともいう。
陶冶(とうや)
陶器を作ることと、鋳物を作ること。 または、人の才能や性質を育て上げること。
何や彼や(なにやかや)
色々と。あれやこれや。
何をか言わんや(なにをかいわんや)
あまりにもひどい状態で、呆れて言葉がない様子。
後の親が親(のちのおやがおや)
生んでくれた親より、育ててくれた親を敬い孝行せよという教え。
飲めや歌えや(のめやうたえや)
宴会などがにぎやかに盛り上がっているさま。 酒を酌み交わし、歌い騒ぐほどの大いにぎわう様子をいう。
下手の射る矢(へたのいるや)
まともな人間は相手にしやすいが、無茶苦茶な人間は相手にしにくいということ。 下手な者の射る矢はどこへ飛ぶかわからないので避けようがないとの意から。 「狐が下手の射る矢を恐る」「下手の鉄砲烏が怖じる」ともいう。
下手の真ん中、上手の縁矢(へたのまんなか、じょうずのふちや)
勝負や物事の成り行きは、その場の弾みで思わぬほうへ転ぶこともあるというたとえ。 弓の腕の劣る人の放った矢が的の中央に命中する一方で、名手の矢がわずかにそれて的の端をかすめることもあるとの意から。
学びて時に之を習う亦説ばしからずや(まなびてときにこれをならうまたよろこばしからずや)
一度学んだことを折々におさらいし、確かな力に変えていく。それは実に喜ばしいものだ、という意。学ぶことの喜びを述べた孔子の言葉。
目もあや(めもあや)
まぶしくて正視できないほど、はなやかで美しいさま。
餅は餅屋(もちはもちや)
日々それを担ってきた者の手際には、よその者はどうしても届かない。生半可に自分で片づけようとせず、はじめからそちらへ回すのが結局は近道になる。
弓は袋に太刀は鞘(ゆみはふくろにたちはさや)
天下泰平で武器を使う必要のないこと。 弓を袋に入れ、刀は鞘におさめるとの意から。
- /
- 1ページ
