「そ」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 440 件
故事・ことわざ・慣用句一覧
愛想が尽きる(あいそがつきる)
相手の言動や態度にあきれ果て、嫌になってしまう。また、信頼できなくなる。 「愛想」は「あいそう」とも読む。
愛想づかしも金から起きる(あいそづかしもかねからおきる)
女が男につれなくなり愛想をつかすようになるのは、金銭上の問題からだということ。
愛想も小想も尽き果てる(あいそもこそもつきはてる)
愛情や好意がすっかりなくなり、いやになってしまうこと。
愛想を尽かす(あいそをつかす)
相手の態度や言動にあきれて、見限る。
愛立てないは祖母育ち(あいだてないはばばそだち)
祖母に甘やかされて育った子供は、無遠慮でわがままになりやすい。特に、祖母が孫を過剰に可愛がると、礼儀や節度を身につける機会を失うことを戒める言葉。 「愛立てない」は、「愛立ちなし」が転じたもので、無作法や自分勝手の意。
相手にとって不足はない(あいてにとってふそくはない)
相手が相当な実力者で、自分と競い合うのに十分である。
会えば五厘の損がゆく(あえばごりんのそんがゆく)
人との交際は何かと出費があり損をするということ。知人に会うと、それだけで五厘(一銭の半分)の損をするとの意から。
赤子は泣き泣き育つ(あかごはなきなきそだつ)
赤ちゃんが泣くのは健康な証拠で、赤ちゃんは泣きながら成長していくということ。
秋の空は七度半変わる(あきのそらはななたびはんかわる)
秋の空模様が非常に移ろいやすく、一日のうちで何度も変化すること。 転じて、人の心や物事の状態がめまぐるしく変わり、定まりにくいことのたとえ。
商人の嘘は神もお許し(あきんどのうそはかみもおゆるし)
商人が商売上の駆け引きで嘘をつくのは、神様もやむを得ないとお許しになるということ。
商人の子は算盤の音で目を覚ます(あきんどのこはそろばんのおとでめをさます)
人の習性は、育つ環境の影響を大きく受けるということ。 商人の子どもは金勘定に敏感で、眠っていても算盤の音で起きるという意味から。
商人の空誓文(あきんどのそらせいもん)
商人の言葉や約束は、その場の利害で変わりやすく、信用できないということ。 「空誓文」は「からせいもん」とも読む。 また「商人の空誓文と女の怖いは皆嘘」ともいう。
商人の空値(あきんどのそらね)
商人が駆け引きしてつける値段は、信用しがたいということ。
商人は損していつか倉が建つ(あきんどはそんしていつかくらがたつ)
商人は、損をしたなどと言いながら、いつの間にか倉が建つほどの金持ちになっていることが多いということ。
悪獣もなおその類を思う(あくじゅうもなおそのるいをおもう)
猛獣でさえ仲間を思いやる気持ちを持っている。まして人間ならなおさらその気持ちがあるはず、という意。「悪獣」は猛獣のこと。
悪人あればこそ善人も顕れる(あくにんあればこそぜんにんもあらわれる)
悪人がいればこそ善人が目立つということ。
朱に染まる(あけにそまる)
血まみれになる。
顎が落ちそう(あごがおちそう)
食べ物が非常においしいことのたとえ。
朝謡は貧乏の相(あさうたいはびんぼうのそう)
朝から謡などをうたって道楽にふけり、仕事をおろそかにしていると、やがて貧乏になるという戒め。 「謡」は、能楽の詞章に節をつけて歌う謡曲のこと。
朝寝八石の損(あさねはちこくのそん)
朝寝坊をすると健康を損なうだけでなく、仕事の能率も下がり、多大な損失を招くという戒め。 「八石」は極めて大きな分量のたとえ。「一石」は百升(約一八〇リットル)。
足並みを揃える(あしなみをそろえる)
多くの人の考え方や意見、方針が一致して、同じ行動をとる。
足の裏の飯粒をこそげる(あしのうらのめしつぶをこそげる)
極端に物惜しみすることのたとえ。 「こそげる」は削り取ることで、足の裏に付着したわずかな米粒までも削り落として食べるという、執念深く卑しい様子から。
足を空(あしをそら)
1.非常にあわてふためいて、足が地につかないほど急いで歩き回ること。また、その様子。 2.心が浮き立って気もそぞろになり、浮かれ歩くさま。 「足も空」ともいう。
味も素っ気もない(あじもそっけもない)
何の面白みもないこと。味わいもない。つまらない。
遊びに師なし(あそびにしなし)
遊び事は、誰に教えられるでもなく自然に覚えてしまうものだということ。
頭剃るより心を剃れ(あたまそるよりこころをそれ)
外見より精神が大事だということ。 頭を剃って姿だけ僧になるより、まず心を清浄せよということ。
あだや疎か(あだやおろそか)
いい加減に扱うさま。軽々しく考えるさま。 後に否定の語を伴って用いる。
油を注ぐ(あぶらをそそぐ)
勢いのあるものにさらに勢いを加えるたとえ。
争い果てての棒乳切り(あらそいはててのぼうちぎり)
時機に遅れて何の役にも立たないことのたとえ。 「棒乳切り」は棒の切れ端のこと。 喧嘩が終わってから、棒切れを持ち出しても役に立たないことから。 「争い果てて」は「諍い果てて」や「喧嘩過ぎて」、「棒乳切り」は「乳切り木(千切り木)」などともいう。
争えない(あらそえない)
事実がはっきりしていて、隠すことも否定もできないこと。 「争われない」ともいう。
