「一」から始まる故事・ことわざ・慣用句 — 218 件
「一」から始まる漢字を含む故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
一瓜実に二丸顔(いちうりざねににまるがお)
女性の顔立ちで、一番良いのはやや細長く白い瓜実顔、二番目は愛嬌のある丸顔だということ。その後に「三平顔に四長顔、五まで下がった馬面顔」と続く。
一運二腰三拍子(いちうんにこしさんびょうし)
相場で儲けるのに要るものを順に並べた言い方。まず運、次に腰の強さ、最後に拍子。 「腰」は粘り、「拍子」は仕掛けどきの間合いをいう。運を第一に置くところに、思うにまかせない相場の性質が出ている。
一翳眼にあれば空華乱墜す(いちえいまなこにあればくうげらんついす)
心の中にわずかでも思い込みや迷いがあると、それにふり回されて物事を正しくとらえられず、誤った考えが次から次へと生じることをいう。 目に小さなくもりが一つあるだけで、空に本当はない花がはらはらと乱れ落ちるように見える。「翳」は目のくもり、「空華」は目を病んだときに見える、実際にはない花のこと。心の迷いを、この目の病のようすに重ねている。 禅の世界で生まれた言葉。中国の禅の記録『景徳伝灯録』によると、唐の時代の禅僧帰宗智常が、「仏とは何か」と尋ねた弟子に「おまえ自身がそれだ」と答え、さらに「それをどう守っていけばよいか」と問われたときに返した言葉。 後半の四字を独立させた四字熟語に[[空華乱墜*https://yoji.jitenon.jp/yojij/4651.html]]がある。また、人を疑う心がこわい幻を生むという[[疑心、暗鬼を生ず*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/488.php]]も、心の迷いが見えないものを見せる点で近い。
一淵には両鮫ならず(いちえんにはりょうこうならず)
一つの群れに、抜きん出た者が二人はいられないということ。 「鮫」は「蛟」とも書き、水にすむ竜の類とされた想像上の獣。同じ淵を二頭が分け合うことはない、という見立て。 「両雄並び立たず」と同じ趣旨。
一応も二応も(いちおうもにおうも)
一度だけでなく二度も。繰り返し念入りに。
一押し、二金、三男(いちおし、にかね、さんおとこ)
女性をくどくには、第一が押しの強さ、二番目が金の力、男ぶりのよさは三番目だということ。
一押し二押し(いちおしにおし)
ひと押しで足りなければもうひと押しと、強気に迫り続けて、何としても自分の望むほうへ持っていこうとする態度。 さらに念を入れて、三度目まで重ねた「一押し二押し三に押し」の形も使われる。 押しの強さで望みをかなえる点では[[押しの一手*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/5284.php]]に、考えを曲げず通そうとする点では[[我を通す*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/5762.php]]に近い。
一か八か(いちかばちか)
運を天に任せて思い切ってやってみること。
一髪、二化粧、三衣装(いちかみ、にけしょう、さんいしょう)
女性を美しく見せるのは、第一は髪かたちの美しさ、二番目は化粧、三番目が衣装だということ。
一から十まで(いちからじゅうまで)
最初から最後まで。何から何まで。すべて。
一が栄える(いちがさかえる)
昔話やおとぎ話を語り終えたところで、しめくくりに添える決まった言い回し。「めでたし」を二つ重ねて話を閉じる言い方と同じく、物語がよい結末を迎えたことを表す。 「[[一期栄えた*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8798.php]]」(一生のあいだ栄えた、ということ)から変化した言い方とされる。 「市が栄える」「一が栄える」ともいうが、「栄えた」と過去の形にして言う場合が多い。
一金二男(いちきんになん)
遊びの場で女性の気を引くには、まずお金がものを言い、顔立ちや姿のよさは二番目だということ。 「一」は一番目、「二」は二番目を表し、大事なものを順に数え上げた言い方。江戸時代の前半の読み物にも出てくる。 読みは「いちかねにおとこ」でもよい。近い言い方に[[一押し、二金、三男*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/404.php]]があり、そちらは押しの強さを一番に置いている。
一議に及ばず(いちぎにおよばず)
わざわざ議論する必要もない。
一工面、二働き(いちくめん、にはたらき)
世渡り上手は金の工面をする才覚が第一で、勤勉に働くのはその次だということ。
一芸に秀でる(いちげいにひいでる)
一つの技術や芸で、まわりの人より抜きん出た腕前があること。 「一芸」は、ある一つの分野の技能や芸能のこと。「秀でる」は、ほかより一段と目立ってすぐれるという意の言葉。運動・音楽・料理など、どの分野の腕前に対しても使う。 関連する言葉に[[一芸は道に通ずる*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/408.php]]がある。こちらは、一つの道をきわめた人なら、ほかのどんなことでも人より抜きん出た働きができると説いている。
一芸は道に通ずる(いちげいはみちにつうずる)
一芸を極めた人は、他のどんな分野においても人にぬきんでることができるということ。
一言以て之を蔽う(いちげんもってこれをおおう)
多くの事柄を含んだものの全体を、その芯にあたる一言でまとめ上げること。 古い詩を三百ほど集めた『詩経』の中身を、孔子が[[思い邪なし*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2117.php]]という一言でまとめて評したときの言葉から。 「蔽う」は、上からかぶさって包みこむという意味。この一節をもとにした四字熟語に[[一言蔽之*https://yoji.jitenon.jp/yojim/6337.html]]がある。
一合取っても武士は武士(いちごうとってもぶしはぶし)
たとえ貧しくても男には男の誇りと本分があるということ。禄高がたとえ一合でも武士にかわりはないということから。
一期栄えた(いちごさかえた)
昔話の終わりに付けて、物語をめでたく結ぶ決まり文句。お話の中の人たちが、その後一生のあいだ幸せに栄えたと告げる。 「一期」は、生まれてから命が尽きるまでの全体、つまり人の一生のこと。「めでたし」で話を終えるのと同じ役目をもつ。 この言い方が変化して[[市が栄えた*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8794.php]]になったとされる。「一期栄える」ともいう。
一言もない(いちごんもない)
ひと言も弁解や反論出来ない。
一事が万事(いちじがばんじ)
一つの事を見るだけで他のすべての事を推察できるということ。
一日三秋の思い(いちじつさんしゅうのおもい)
ほんの一日会えないでいるだけで、もう三年も離ればなれでいる気がして、時がとても長く思えること。好きな人や帰りを待つ人に、早く会いたいと胸をこがす思いを、過ぎる時の長さで表した言葉。 「三秋」は秋を三回むかえること、すなわち三年の意(秋の三か月とみる説もある)。古代中国の歌を収めた『詩経』の「采葛」という詩に、よもぎをつみに行った人を恋しく思い、一日顔を見ないのが、秋を三たび越すほど長いと歌う一節があり、その歌をふまえて作られた。 [[一日三秋*https://yoji.jitenon.jp/yojie/2042]]は、意味がこの句とひとしい四字熟語。「一日三秋の思い」とつなげた使い方もする。「三秋」が「千秋」(千年)になった[[一日千秋の思い*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/411.php]]も、待ちこがれる心を表すことは変わらない。
一日千秋の思い(いちじつせんしゅうのおもい)
待ち焦がれて、一日が千年もの長さに感じられること。
一日敵を縦せば数世の患い(いちじつてきをゆるせばすうせいのうれい)
討てるときに敵を見のがすと、それがたった一日の手加減であっても、相手は力をたくわえて立ち直り、何代も先の子孫にまで災いの種を残すことになる。 「縦す」は、放っておく、見のがすという意味。「数世」は何代もの世代のこと。「一日敵を縦さば数世の患い」ともいう。 昔、中国の晋の国が、引き揚げていく秦の軍勢を討つかどうかを話し合ったとき、秦から受けた恩を理由に反対する者に対して、将軍の先軫がこの言葉を引いて攻撃を主張し、晋は秦の軍を打ち破った。よく似た意味をもつ言葉として[[虎を養いて自ら患を遺す*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8036.php]]もある。
一日作さざれば一日食らわず(いちじつなさざればいちじつくらわず)
一日働かずに過ごしたなら、その日は食べ物を口に入れない、と心に決めて暮らす姿勢をいう。働いてはじめて食べてよいとする考え方で、怠けを許さず、汗を流す勤めの値打ちを説く。 「作す」は「働く」「仕事をする」の意。 中国、唐の時代の禅宗の僧、百丈懐海の故事から。年をとってもほかの僧より先に立って畑仕事などに励む懐海の体を案じ、寺の者たちが農具をこっそりしまいこんだ。懐海はそれを探し回るばかりで、食事に手をつけないまま、その一日を過ごしたとされる。 もとは懐海が自分自身に課したことばで、怠ける人を責める[[働かざる者食うべからず*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/4068.php]]とは向きが違う。
一日の計は朝にあり(いちじつのけいはあしたにあり)
一日の計画は朝のうちに立てるべきであるということ。何事も最初が肝心であるというたとえ。
一日の長(いちじつのちょう)
経験・知識が他の人より少しだけ優れていること。その人より一日分年長であるとの意から。
一日再び晨なり難し(いちじつふたたびあしたなりがたし)
一日に二度朝が来ることがない。だから時間を大切にして勉学に励めという戒めのことば。「晨」は朝の意。
一字の師(いちじのし)
詩文などの適切でない点を訂正してくれた師のこと。中国唐の時代、斉己の「数枝開く」という詩句を「一枝開く」と一字改めた鄭谷を「一字の師」と呼んだという故事から。
一樹の陰一河の流れも他生の縁(いちじゅのかげいちがのながれもたしょうのえん)
この世で起こるすべての出来事は、すべて前世からの因縁によるものなので大切にしなければならないということ。 同じ木の陰で雨宿りをしたり、同じ流れの水を飲んだりするといった、偶然のちょっとした出来事も、すべて前世からの縁によるものであるとの意から。 「一河の流れを汲むも他生の縁」ともいう。
