「数が多い」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 51 件
「数が多い」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全51件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
味無い物の煮え太り(あじないもののにえぶとり)
つまらないものほど世間に溢れていることのたとえ。 不味いものに限って、煮ると量ばかりが増えるという意から。 「まずい物の煮え太り」「独活の煮え太り」「阿呆の煮え太り」などともいう。
余す所なく(あますところなく)
残らず。全て。全部。ことごとく。
蟻の熊野参り(ありのくまのまいり)
同じ道筋を、人が切れ目なく連なって進んでいく。 熊野三社へ詣でる人が道を埋め尽くしていた昔の光景を写している。
芋を洗うよう(いもをあらうよう)
狭い所で大勢の人が込み合う様子。たくさんの芋を桶に入れて、かき回して洗うようすから。
甍を争う(いらかをあらそう)
家々がすき間なく立ち並んでいるさま。 「甍」は、棟瓦のこと。 棟瓦の高さを競うように多くの家がぎっしり並んでいるとの意から。
入れ替わり立ち替わり(いれかわりたちかわり)
次から次へと絶え間なく人が現れるさま。
雨後の筍(うごのたけのこ)
同じようなことが次々と起こることのたとえ。雨あがりに筍が次々に出てくることからいう。
唸るほど(うなるほど)
有り余るほどたくさんあるさま。
江戸は八百八町、大坂は八百八橋(えどははっぴゃくやちょう、おおさかははっぴゃくやばし)
二つの大都の栄えぶりを、それぞれの土地らしいもので言い表した句。江戸は市街の広がりで、大坂は水路に架かる橋の連なりで示している。 「八百八」は末広がりの八を重ねた言い方で、実際の数ではない。
大鍋の底は撫でても三杯(おおなべのそこはなでてもさんばい)
規模が大きいものは、何から何まで大きくてたいしたものだということ。 大きな鍋は底に残ったものを集めても碗に三杯分はあるという意味から。
押すな押すな(おすなおすな)
大勢の人が詰めかけて混雑しているさま。人々が「押すな押すな」と叫ぶ様子からいう。
数を頼む(かずをたのむ)
人数が多いことをたよりにすること。 「かず」は「すう」とも読む。
冠蓋相望む(かんがいあいのぞむ)
車の行き来が絶え間なく続いているということ。 「冠」は使者のかんむり。 「蓋」は車の上の覆い。 使者の冠と車の覆いが遠くまで見渡せることから。
餓鬼も人数(がきもにんずう)
取るに足りない者でも、そこにいるだけで足しにはなる。 ひとりでは頼りない相手も、頭数がそろえば押し返せない力になる。
踵を接する(きびすをせっする)
次々と人が続いて来ること。また、物事が次々と起こること。 「踵」は足のかかと。 「きびす」は「くびす」とも読む。
綺羅星の如く(きらぼしのごとく)
名の知れた顔ぶれが一つ所に集まり、どれもがひときわ目を引く。数の多さより、一人一人が放つ華やぎのほうに重みがある。 「綺羅」と「星」を並べた言い方が一続きに読まれ、「綺羅星」という語ができた。
腐るほど(くさるほど)
使い道が追いつかず、置いたままにすれば悪くなりそうなほど数がある様子。多すぎてありがたみの薄れたものを指す。
櫛の歯を挽く(くしのはをひく)
人や出来事が切れ目なしに押し寄せてくること。ひと息つく間もなく、後ろがすでに詰まっている。 職人が櫛を作るとき、刃を入れる手を止めずに一本ずつ溝を刻んでいくところから。
群軽軸を折る(ぐんけいじくをおる)
軽い荷ばかりを重ねていくうちに、車の心棒が耐えかねて折れる。ひとりでは何ほどのこともない力も、束ねれば重い務めを動かすところまで届く。 「積羽舟を沈め、群軽軸を折る」と対にして並べられる。「叢軽軸を折る」は『漢書』に出る言い方。
五指に余る(ごしにあまる)
めぼしいものや優れたものなどが五つ以上あることのたとえ。
衆寡敵せず(しゅうかてきせず)
多人数に対して少人数では、数の力で圧倒されてしまうので勝ち目がないということ。 「衆」は大人数、「寡」は少人数のこと。 「寡は衆に敵せず」ともいう。
衆を頼む(しゅうをたのむ)
人数が多いことを利用して強引に行うこと。
十指に余る(じっしにあまる)
数が多いこと。十本の指で数え切れないということから。
積羽舟を沈む(せきうふねをしずむ)
一枚では手に載せても分からぬほどの重さでも、舟底に積み上がればその舟を水の底へ沈める。ごく軽いものが数を得たとき、支えていたはずのものを壊す側に回る。 張儀が魏王を説くのに用いた言葉とされる。
袖を連ねる(そでをつらねる)
大勢の人が連れ立っていく。 また、大勢の人が行動を共にする。
多勢に無勢(たぜいにぶぜい)
多人数に少人数で立ち向かっても、とても勝ち目はないということ。
多勢を頼む群鴉(たぜいをたのむむらがらす)
人数の多さだけをたよりにして、内容や実力のともなわない者たちが集まり、幅をきかせることのたとえ。
多多益益弁ず(たたますますべんず)
仕事が多ければ多いほど上手く処理するということ。また、数が多ければ多いほど都合がよいということ。 「弁ず」は、処理するという意。 中国漢の高祖が、臣下の韓信に統率できる兵の数を尋ねたところ「兵は多ければ多いほど上手く使える」と答えたという故事から。
束になって掛かる(たばになってかかる)
大勢の人が一緒になって、一つのものに向かったり、一人に対抗したりすること。
団結は力なり(だんけつはちからなり)
一人一人の力は小さくても、大勢が力を合わせれば大きな力になるということ。
長蛇の列(ちょうだのれつ)
非常に長く続いている人の列。 長く続く人の列を蛇にたとえた表現。
爪を立てる所もない(つめをたてるところもない)
爪先をわずかに下ろすだけの場所さえ残っていない。 人がびっしりと立ち込め、身の置きどころもないありさまをいう。
冬瓜の花の百一つ(とうがのはなのひゃくひとつ)
冬瓜は花を惜しみなく咲かせるが、そのうち実になるのは百に一つほどしかない。頭数だけは揃っていても、中身の伴うものはごく限られる。
猫も杓子も(ねこもしゃくしも)
なにもかも。だれもかれもみんな。 猫の手と杓子が似ているところから。 また、神主も僧侶もという意味の「禰子(ねこ)も釈氏(しゃくし)」や、女性も子どももという意味の「女子(めこ)も弱子(じゃくし)も」などが語源との説もある。
軒を争う(のきをあらそう)
ぎっしりと家が立ち並んでいるさま。
掃いて捨てるほど(はいてすてるほど)
数が非常に多く、珍しくないことのたとえ。ありふれて、取るに足らないさま。
浜の真砂(はまのまさご)
浜辺の砂。転じて、数がきわめて多いことのたとえ。
引きも切らず(ひきもきらず)
途切れることなく続く様子。絶え間なく。
人衆ければ則ち狼を食らう(ひとおおければすなわちおおかみをくらう)
多数の力が強大であることのたとえ。 人数が多ければ、一人では到底勝てない狼をも倒して食ってしまうとの意から。
人衆ければ天に勝つ(ひとおおければてんにかつ)
人の勢力が強い時は、道理に背いても、一時的には天の理に勝つこともあるということ。
一筋の矢は折るべし十筋の矢は折り難し(ひとすじのやはおるべしとすじのやはおりがたし)
一人の力は弱くても、大勢が力を合わせれば強大な力を発揮できるということ。 一本の矢は簡単に折ることができるが、十本では折るのは難しいとの意から。
一人の文殊より三人のたくらだ(ひとりのもんじゅよりさんにんのたくらだ)
優れた人物が一人で考えるより、愚か者でも何人かで考えたほうが良い考えが浮かぶことのたとえ。 「文殊」は知恵をつかさどる菩薩のこと。 「たくらだ」はじゃこう鹿に似た獣。じゃこう鹿を狩る時に、猟師が飛び出してきたたくらだを誤って狩ったことから、自分に無関係なことで死んだり傷ついたりする者のこと。転じて、愚か者・まぬけのことをいう。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる(へたなてっぽうもかずうちゃあたる)
数多く試みれば、まぐれ当たりで成功することもあるというたとえ。 鉄砲を撃つのが下手な者でも、数多く撃てば命中することもあることから。
下手の大連れ(へたのおおづれ)
腕の立たない者に限って、こぞって群れて出歩きたがる。また、頭数ばかり増やしても手際は上がらず、かえって事が滞る。
星を数うる如し(ほしをかぞうるごとし)
限りのないこと、できるはずのないことのたとえ。
枚挙に遑がない(まいきょにいとまがない)
余りに多くて、いちいち数えきれないようす。「枚挙」はひとつひとつ数えあげること。「遑」は余裕のこと。
無尽蔵(むじんぞう)
どれだけ使っても減らず、いくらでも蓄えのあること。 資源や財貨のほか、元気・才知・話の種といった形のないものにもいう。 もとは仏教語で、果てのない功徳を、取り出しても空にならない宝の蔵にたとえたもの。 蘇軾は、川面を渡る風と山あいの月を、誰がどれだけ味わっても尽きない「造物者の無尽蔵」と言い表した。
娘一人に婿八人(むすめひとりにむこはちにん)
一つの物事に対しての希望者が多くいること。 一人の娘に対して婿を希望する人が八人もいるとの意から。 「娘一人に婿三人」「娘一人に婿十人」ともいう。
目白押し(めじろおし)
たくさんの人や物が込み合って並ぶこと。鳥の目白が仲間と枝にとまるとき、押し合うように並ぶ習性があることから。
山をなす(やまをなす)
山のように高く積み上げられていること。 また、物がたくさんあること。
立錐の余地もない(りっすいのよちもない)
人や物がぎっしりと詰まってまったく余裕がない様子。錐を立てるほどの隙間もない意から。
