「見識が狭い」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 50 件
「見識が狭い」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全50件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
浅瀬に仇波(あさせにあだなみ)
思慮の浅い人間ほど、おしゃべりで些細なことで騒ぎ立てるということ。「仇波」は「徒波」とも書き、浅瀬が徒(いたずら)にさざ波を立てる意から。
一を識りて二を知らず(いちをしりてにをしらず)
教わったところで足が止まり、そこから先へ進めない。手持ちを組み替えて別の場面に当てるという働きが欠けている。 出典では「その一を識りてその二を知らず」の形で出る。
一斑を見て全豹を卜す(いっぱんをみてぜんぴょうをぼくす)
物事の一部分だけを見て、全体を推し量る愚かさをいう言葉。 「一斑」は、豹(ひょう)の毛皮にあるまだら模様のうちの一つのこと。転じて物事の一部分。 「卜す」は、占うこと。判断すること。 毛皮にある一部のまだら模様を見て、豹であること、またどのような豹であるかを断定すること。
井の中の蛙大海を知らず(いのなかのかわずたいかいをしらず)
外の広い世界や多様な考えを知らず、狭い見識にとらわれていることのたとえ。 狭い井戸の底で暮らす蛙は、外にある広大な海の存在を知るよしもないという意から。 「井蛙大海を知らず」「大海知らぬ井の蛙」「埳(坎)井の蛙」「井底の蛙」「井蛙」などともいう。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)
小人物には、大人物の志は理解できないということのたとえ。「燕雀」は小さな鳥の意から転じて小人物、「鴻鵠」は大きな鳥の意から転じて大人物のこと。
奥行きが無い(おくゆきがない)
知識や考えなどに深みがないこと。思慮深さがないこと。
己を以て人を量る(おのれをもってひとをはかる)
手元にある物差しは自分の分しかないので、人の中身までそれを当てて測ってしまう。 相手の器を、こちらの寸法で決めつけることになる。
女の知恵は鼻の先(おんなのちえははなのさき)
女の考えは鼻の先までしか届かないとして、その場かぎりの思案しかできないとそしった言葉。 「鼻の先」はすぐ目の前のことで、先々を見渡す目がないことをいう。
貝殻で海を量る(かいがらでうみをはかる)
わずかな見聞しかない者が、手に余る大問題の是非を論じることのたとえ。 海の水を貝殻でくみ取り、その分量から海の大きさを割り出そうとする、という意。
木を見て森を見ず(きをみてもりをみず)
小さいことに気を取られて、全体を見ないことのたとえ。
管を以て天を窺う(くだをもっててんをうかがう)
自分の狭い見識で、大きな問題について勝手に判断することのたとえ。 「管」は「かん」とも読む。 「管を以て大空を測る」「管の穴から天を覗く」「針の穴から天を覗く」ともいう。
食わず嫌い(くわずぎらい)
食べてみないで嫌いだと決めつけること。
毛を見て馬を相す(けをみてうまをそうす)
外見だけで物事の価値を判断することのたとえ。毛並みだけを見て馬の値打ちを判断する意から。
胡椒の丸呑み(こしょうのまるのみ)
表面だけを見て、物事の本質を理解しないことのたとえ。 胡椒をかみ砕かずに丸呑みしても、味は分からないことから。
才余りありて識足らず(さいあまりありてしきたらず)
才能にあふれているのに、見識が不足していること。
猿が仏を笑う(さるがほとけをわらう)
猿が仏の姿をありがたがりもせず笑うように、思慮の乏しい者は、はるかに及ばぬ相手の大きさを量りかね、かえって鼻で笑ってしまうものだ。
鹿を逐う者は山を見ず(しかをおうものはやまをみず)
一つを手にすることへ気を取られた者の目からは、それ以外がきれいに抜け落ちる。 欲しいものだけが見えている間は、足元で何が起きていても届かない。
菽麦を弁ぜず(しゅくばくをべんぜず)
愚かで物の区別もつかないことのたとえ。 「菽」は豆、「弁ずる」は区別すること。 豆と麦の区別もできないとの意から。
升を以て石を量る(しょうをもってこくをはかる)
器の小さい者には、自分より大きな人間の中身は測りきれないということ。 一升ますでは、その百倍にあたる一石をすくい切ることはできない。相手を量る目盛りは、こちらの器の大きさで決まってしまう。
蜀犬、日に吠ゆ(しょっけん、ひにほゆ)
無知なために、当たり前のことに疑いを抱いて騒ぎ立てるたとえ。また、見識が狭い人が他人のすぐれた言動を疑って非難するたとえ。 「蜀犬」は、中国の蜀地方の犬のこと。 蜀地方は、山地で雨の降ることが多く、天気の良い日が少ないため、太陽が出ると犬が怪しんで吠えるということから。
枝葉に走る(しようにはしる)
重要でない部分に注力して、本質を見失うこと。
十把一絡げ(じっぱひとからげ)
いろいろな種類のものを、区別無くひとまとめにして取り扱うこと。また、一つ一つ取り上げるほどの価値がないものとして粗末に取り扱うこと。
井蛙の見(せいあのけん)
狭い見識。自分の限られた経験や知識だけを基準にして、広い世界や物事の全体を理解できないこと。 井戸の蛙が外の広大さを知らずにいるというたとえ話から。
井蛙は以て海を語るべからず(せいあはもってうみをかたるべからず)
見聞の狭い者には、広い世界の道理や大きな事柄は理解できず、説いても通じにくいことのたとえ。 井戸の中だけを知る蛙に海の話をしても分からない意から。
世界半分自惚れしっかり(せかいはんぶんうぬぼれしっかり)
世の中のことは半分しかわかっていないのに、自惚れだけはしっかりあるということ。
世間が狭い(せけんがせまい)
付き合いのある範囲が狭いことや、世間に対する知識が少ないこと。 または、面目が立たず、人との付き合いを避けること。肩身が狭い。
世間知らずの高枕(せけんしらずのたかまくら)
世の中がどれほど剣呑かを知らないまま、何ひとつ案じることなく日を送っている人。そののんきさを笑っていう言葉。 「高枕」は枕を高くして眠ること。案じるものを持たない者の寝姿をいう。
先入、主となる(せんにゅう、しゅとなる)
前から持っている固定的な観念が、新しい考えの妨げになってしまうこと。 前もって抱いている考えが主となり、後からの考えが従となるとの意から。 この語から「先入観」や「先入主」という語ができた。
底が浅い(そこがあさい)
見た目だけで内容に深みがないこと。 または、器量や能力が大したものではないこと。
大海を耳搔きで測る(たいかいをみみかきではかる)
とても大きな問題に対して、自分の小さな力や考えで判断しようとするたとえ。広い海の水を耳搔きで汲んではかろうとすることから。
大声は里耳に入らず(たいせいはりじにいらず)
高尚な理論は俗人にはなかなか理解されにくいということ。 「大声」は高尚な音楽、「里耳」は俗人の耳のこと。 高尚な音楽は俗人にはわからないとの意から。
盾の半面(たてのはんめん)
物事の一面。また、物事の一面だけを見て判断を下すような偏った態度のたとえ。
大根の皮取らぬ阿呆、生姜の皮取る阿呆(だいこんのかわとらぬあほう、しょうがのかわとるあほう)
大根は皮をむかないとまずい。生姜は皮をむくと食べるところが少なくなる。物事の適正を知らない愚か者のたとえ。
朝菌は晦朔を知らず(ちょうきんはかいさくをしらず)
命の短いものは、ひと月がめぐることさえ知らずに終わる。狭い場所にいる者に広い世は見えない、という意でも使う。「朝菌」は朝に生え夕には萎えるきのこ、「晦朔」は月の終わりと始まりを指す。
月を指せば指を認む(つきをさせばゆびをみとむ)
物事を説明しても、その文字や言葉にこだわって本質を理解しないということ。 月の説明をするために月を指さしても、月を見ずに指している指を見るとの意から。
斗筲の人(としょうのひと)
見識が狭く、器の小さい人。斗も筲もわずかしか入らない量りで、その程度の容れ物でしかない、という見立て。
夏の虫、氷を笑う(なつのむし、こおりをわらう)
見識が狭い者が偉そうにすることのたとえ。 夏の間だけ生きている虫は、氷が何なのかを知らないくせに氷を笑うとの意から。 「夏の虫、氷を知らず」ともいう。
猫に小判(ねこにこばん)
どんなに貴重なものでも、その価値のわからないものには、なんの値打ちもないことのたとえ。
猫は虎の心を知らず(ねこはとらのこころをしらず)
つまらない人間には、大人物の心の中はわからないということのたとえ。
能じゃない(のうじゃない)
一つのことだけが能力や価値を示すのではなく、ほかにも大切な面があるということを表す言い方。「〜だけが能じゃない」「〜ばかりが能じゃない」の形で、特定の行為や側面にとらわれず、より広い視野を持つべきだという意味を示す。
鳩を憎み豆を作らぬ(はとをにくみまめをつくらぬ)
つまらないことにこだわって、大事なことをしないために、自分や世間に損害を招くことのたとえ。鳩が豆をついばむのを嫌がって、豆を作るのをやめてしまうということから。
針を以て地を刺す(はりをもってちをさす)
わずかな知識で計り知れないものを推し量ろうとすること。また、力の及ばない事柄に手を出すたとえ。針の先で大地を突いても、ほんの一点をうがつだけであることから。
非学者、論に負けず(ひがくしゃ、ろんにまけず)
無学な者は道理を知らず、がむしゃらに自分の説を主張してなかなか議論に負けない。だから道理のわからない者を相手に議論しても意味がないということ。
風流は寒いもの(ふうりゅうはさむいもの)
雪見や梅見などは、風流を解さない者にとっては寒いだけでつまらないということ。
豚に真珠(ぶたにしんじゅ)
どんなに立派で価値があっても、その価値がわからない者には無意味であることのたとえ。
味噌も糞も一緒(みそもくそもいっしょ)
見た目が似ていれば、良いものも悪いものも同じように扱うこと。すべてをごちゃまぜにしてしまうこと。 「糞も味噌も一緒」「糞も味噌も一つ」ともいう。
葦の髄から天井を覗く(よしのずいからてんじょうをのぞく)
極めて狭い見方や考え方で大きな問題を判断することのたとえ。 葦の茎の小さな穴から天井の一部分を見て、天井の全てを見たと思い込むことから。 江戸いろはがるたの一つ。
蠡を以て海を測る(れいをもってうみをはかる)
ひさご一杯ぶんの器を持ち出して、海の水がどれほどあるかを言い当てようとする。手にした物差しでは、量ろうとするものに丈がまるで足りない。端から届くはずのない企てへの当てこすりにも用いる。 「蠡」は、ひさごを割って作った小さなすくい物。
レッテルを貼る(れってるをはる)
ある物事や人に対して、一方的、または、断定的に評価を下すこと。 「レッテル」はオランダ語で、名称や品質などを書き記して商品に張る紙のこと。
矮子の看戯(わいしのかんぎ)
見識がないことのたとえ。また、周りの意見に簡単に同調することのたとえ。 「矮子」は、背の低い人。「看戯」は芝居を観ること。 背が低く、舞台が見えていないのに、周りの批評を聞いて同調することから。 「矮人の観場」ともいう。
