「若さ・若者」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 54 件
「若さ・若者」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全54件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
青二才(あおにさい)
若く、未熟な男子。また、そのような人を罵って言ったり、自身を謙遜して言う言葉。 「青」は未熟の意、「二才」は出世魚のボラの稚魚のことで、まだ若いボラとの意から。
薊の花も一盛り(あざみのはなもひとさかり)
誰でも年ごろになると、それなりの魅力が出てくるということ。 あまり好まれない薊の花も、美しい時期があることから。
毬栗も内から割れる(いがぐりもうちからわれる)
娘も年ごろに達すれば、誰に教わるでもなく色めいてくるということ。 針のようなとげを立てた毬栗も、時が来れば人の手を借りずにひとりでに口を開ける。そこにたとえたもの。
鶯鳴かせたこともある(うぐいすなかせたこともある)
若いころは魅力的で異性にもてはやされたこともあったと、老女が昔を自慢していうことば。女性の美しさを梅、男性を鶯にたとえて枝にとまらせて鳴かせたという意味。
豌豆は日陰でもはじける(えんどうはひかげでもはじける)
どんな境遇に育った者でも、年を重ねればおのずと色恋を知るということ。また、物事は熟すべき歳月を経れば、放っておいても実を結ぶということ。 日の当たらぬ場所の豌豆でさえ、季節がめぐれば莢がはじけて種を飛ばす、という意から。
老い木は曲がらぬ(おいきはまがらぬ)
老人の頑固さのたとえ。 また、欠点は若いうちになおさないと年をとってからでは手遅れであるということ。 老木は弾力性に乏しく曲げようとしても曲がらないことから。
鬼も十八、番茶も出花(おにもじゅうはち、ばんちゃもでばな)
器量が悪くても、年ごろになれば誰でも娘らしい魅力が出てくるということ。 鬼の娘でも十八という年ごろになれば娘らしくなるし、安い番茶も入れたては香りがよくおいしいとの意から。 単に「鬼も十八」また「番茶も出花」ともいう。
親の十七、子は知らぬ(おやのじゅうしち、こはしらぬ)
親は自分が未熟だった若い頃の失敗談などをしないから、子どもにはわからない。完全なふりをして子どもに意見する親を皮肉っていう言葉。
顔に紅葉を散らす(かおにもみじをちらす)
若い女性が恥ずかしさのあまり、まるで紅葉の葉を散らすように顔をぱっと赤くする様子。 単に「紅葉を散らす」ともいう。
気が若い(きがわかい)
年齢の割に、気持ちの持ち方が若い様子。
麒麟児(きりんじ)
才能・技芸の天分に恵まれ、将来性のある若者。「麒麟」は中国の想像上の動物で聖人が出現する前兆として現れるといわれた。体は鹿、ひづめは馬、尾は牛に似て、頭に一本の角があり、一説に麒は雄、麟は雌という。その麒麟の児の意から。
口尚乳臭あり(くちなおにゅうしゅうあり)
一人前の口を利くには、まだ場数がまるで足りていない。 相手を子ども扱いして突き放すときの言い回しで、漢の高祖が敵の大将を評した場面に由来する。
嘴が黄色い(くちばしがきいろい)
年が若くて経験が浅いことをあざけっていう言葉。ひな鳥の嘴が黄色いことから。
血気盛りに神祟らず(けっきさかりにかみたたらず)
体に力の漲っている時分なら、少々羽目を外したところで罰は下らない。勢いのある者の行き過ぎに、天は目をつぶるものだという見方。
血気に逸る(けっきにはやる)
体を巡る血の勢いにあおられ、行き着く先を確かめもせぬまま動きだそうとする。年の若い者の、ためらいのない振る舞いをさして使う。
黄口(こうこう)
ごく幼い子ども。また、世の中の何たるかをまだ知らないでいる者。もとは巣立ち前の鳥の黄ばんだくちばしを指す語。
後生、畏るべし(こうせい、おそるべし)
若い人はいろいろな可能性を持っていて、将来どんな力量を現すかわからないので恐れなければならないということ。「後生」は、あとから生まれる人、後輩の意。
三十九じゃもの花じゃもの(さんじゅうくじゃものはなじゃもの)
三十九歳はまだ三十代、これからが盛りで人生の花を咲かせる時期だということ。「四十四十と人言うけれど三十九だもの花だもの」という俗謡から。
三十振袖、四十島田(さんじゅうふりそで、しじゅうしまだ)
女性が年齢に不相応な若づくりをすること。 若い女性が着る振袖を三十代の女性が着たり、四十代の女性が年頃の女性のように島田まげを結ったりするとの意から。
姑の十七、見た者ない(しゅうとめのじゅうしち、みたものない)
姑は自分の若い頃のことを引き合いに出して嫁に小言を言うが、誰も姑の若い時を知らないので当てにはならないということ。
春秋に富む(しゅんじゅうにとむ)
年が若く、長い将来があること。「春秋」は、年月・年齢の意。
少壮幾時ぞ(しょうそういくときぞ)
盛りの年ごろは、あっけないほど短い間だけのもので、気づけばもう衰えが訪れている。
少年老い易く学成り難し(しょうねんおいやすくがくなりがたし)
年月は油断しているうちに、たちどころに過ぎ、すぐに年をとってしまう。学問を修めるのは難しいので、若いうちから時間を無駄にせず勉学に励めというおしえ。
少年よ、大志を抱け(しょうねんよ、たいしをいだけ)
「若者たちよ、大きな志を持って世の中に飛躍せよ」と、前途洋々たる若者たちを励ます言葉。 札幌農学校教頭だったアメリカ人クラーク博士が帰国の際、学生たちに残した言葉「Boys, be ambitious」から。
尻が青い(しりがあおい)
経験が乏しく、一人前ではないこと。未熟であること。 幼児の尻に青い痣があることから。
十七八は藪力(じゅうしちはちはやぶぢから)
男は十七、八歳の頃には、薮竹を引き抜くほどのばか力が出るということ。
盛年重ねて来らず(せいねんかさねてきたらず)
人の盛りは一生に一度きりで、二度目はめぐって来ない。一日に朝が二度来ないのと同じである。 だからこそ、いまのうちに励めということ。原詩はこのあと「歳月人を待たず」と結ばれている。
蕎麦の花も一盛り(そばのはなもひとさかり)
娘はみな年頃になると、女らしい魅力が出て美しく見えるということ。地味で目立たない蕎麦の花も、時期が来れば力一杯咲いて、それなりに美しく見えることから。
矯めるなら若木のうち(ためるならわかぎのうち)
樹木の枝などの形を整えるなら柔らかい若木のうちにせよということ。 人間の悪い癖や欠点なども若いうちになおすのがよいというたとえ。 「矯める」は曲げたり伸ばしたりして形を整えること。
池塘春草の夢(ちとうしゅんそうのゆめ)
池をめぐる土手の若草に身を横たえて見た、うたた寝の夢。年若いころの楽しかった日々が、まばたきのうちに跡形もなく去ってしまうことのたとえ。
手酌五合、髱一升(てじゃくごごう、たぼいっしょう)
手酌では五合しか飲めないが、若い女性の酌では一升でも飲んでしまうということ。「髱」は日本髪の後ろに張り出している部分で、転じて、若い女性の意。
鉄は熱いうちに打て(てつはあついうちにうて)
人は精神が柔軟な若いうちに、頭も身体も鍛えるべきであるというたとえ。また、物事は時機を逸せず、みんなの熱意があるうちに行えというたとえ。鉄は熱して柔らかい間は自由な形に加工しやすいことから。
年問わんより世を問え(としとわんよりよをとえ)
年をとっているか若いかを問題にするよりも、その人の人生経験の内容を問題にせよということ。
年は争えない(としはあらそえない)
年老いると、気持ちは若いつもりでも体力の衰えは隠せないということ。
年端も行かぬ(としはもいかぬ)
若いこと。幼い年頃であること。
年寄りの物忘れ、若者の無分別(としよりのものわすれ、わかもののむふんべつ)
年寄りは物忘れをしがちで、若者は思慮が足りないふるまいをしがちだということ。それぞれの著しい欠点をあげた言葉。
二八余りは人の瀬越し(にはちあまりはひとのせごし)
十六歳頃は、人生を左右する大事な時期であるということ。「二八」は十六歳、「瀬越し」は重大な時期のこと。
白面の書生(はくめんのしょせい)
机に向かう時間ばかりで、世間の風に当たっていない若い書き手。 日に焼けていない顔つきが、そのまま場数の少なさを表している。
箸が転んでもおかしい年頃(はしがころんでもおかしいとしごろ)
日常のほんの些細な出来事に対しても、おかしがってよく笑う年頃。主に十代後半の多感な時期の女性についていう。
箸の転んだもおかしい(はしのころんだもおかしい)
箸が転がるような、些細なことにもよく笑うこと。思春期の娘に対していうことが多い。
早く咲かば早く散る(はやくさかばはやくちる)
早熟な者や若くして成功した者は、人生の下り坂にさしかかるのも早いというたとえ。
日陰の豆も時が来ればはぜる(ひかげのまめもときがくればはぜる)
人より成長が遅れていても年ごろになれば一人前になるから心配は要らないというたとえ。日陰で育った豆でも時期が来れば自然とさやからはじけ出るとの意から。
古木に手を掛くるな、若木に腰掛くるな(ふるきにてをかくるな、わかぎにこしかくるな)
先の短いものに身を預ければ折れ、これから伸びるものに重みを掛ければ育たない。 頼る相手と、育てる相手とを取り違えるなという句。
昔年寄りに弱い者なし(むかしとしよりによわいものなし)
年寄りに昔話を聞くと、若い頃に弱かった人は一人もいないことになるということ。年寄りの自慢話をからかうことば。
昔取った杵柄(むかしとったきねづか)
若い頃に習得した技量や腕前のこと。また、年月を経てもそれが衰えず十分に発揮できること。
昔は肩で風を切り、今は歩くに息を切る(むかしはかたでかぜをきり、いまはあるくにいきをきる)
昔は威勢のよかった者が、今は衰えてしまったことのたとえ。若いころは肩で風を切ってさっそうと歩いていた者も、年をとって歩くだけで息切れするということから。
寄る年波には勝てぬ(よるとしなみにはかてぬ)
いつまでも若いつもりでも、加齢による体力や気力の衰えには逆らえないということ。
若い時旅をせねば老いての物語がない(わかいときたびをせねばおいてのものがたりがない)
若い時に旅をしておかなければ、年をとってから人に話す話題がないということ。
若い時の苦労は買うてもせよ(わかいときのくろうはこうてもせよ)
若い時の苦労は将来役に立つ貴重な経験となるから、自分から進んで苦労するほうがよいということ。
若い時は二度ない(わかいときはにどない)
若い時代は二度とやってこないから、何でも思い切ってやってみるのがいいということ。
若木に腰掛けな(わかぎにこしかけな)
若者は頼りにならないことのたとえ。また、将来性のある若者を踏みつけにするなということ。 若い木は折れやすいから腰掛けてはいけないということ。
若木の下で笠を脱げ(わかぎのしたでかさをぬげ)
若木が将来どんな大木に育つのかわからないように、若者も将来どんなに偉くなるかわからないので、ばかにしないで敬意を表して接すべきだということ。
若気の過ち(わかげのあやまち)
若さから思慮に欠けた行動をしたために起こった失敗。
若気の至り(わかげのいたり)
若さから、思慮に欠けた勢い任せの行動をしてしまうこと。または、その結果。 主に、若い頃を反省していう言葉。
