「食」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 199 件
「食」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
煽りを食う(あおりをくう)
周囲の状況の急激な変化により、思いがけない影響や災難を受ける。
秋茄子は嫁に食わすな(あきなすはよめにくわすな)
秋に収穫する茄子を嫁に食べさせてはいけないということ。 「おいしいのでもったいないという姑の嫁いびり」「種が少ないので子宝に恵まれない」「体が冷えてよくない」などの解釈がある。 「おいしいのでもったいないという姑の嫁いびり」の解釈が一般的。
悪衣悪食を恥ずる者は、未だ与に議するに足らず(あくいあくしょくをはずるものは、いまだともにぎするにたらず)
粗末な衣服や食べ物をみっともないと恥じる人は、まだ一緒に大事なことを論じ合う相手にはなれない。学問や正しい生き方を目指すと言いながら、着る物や食べる物の見た目を気にしているうちは、その志はまだ本物とはいえないということ。 『論語』に収められた孔子の言葉で、原文ではこの前に「士、道に志して」(道を求める人でありながら)の一句がある。「悪衣悪食」は粗末な衣服と食べ物のことで、四字熟語の[[悪衣悪食*https://yoji.jitenon.jp/yoji/247.html]]にもなっている。「与に」は「一緒に」、「議する」は「論じ合う」という意味。
足止めを食う(あしどめをくう)
何らかの事情でその場から先に進めなくなったり、外出を禁じられたりする。
明日食う塩辛に今日から水を飲む(あすくうしおからにきょうからみずをのむ)
手回しがいいように見えて、実は無意味なことのたとえ。
あの声で蜥蜴食らうか時鳥(あのこえでとかげくらうかほととぎす)
人や物事は、見かけでは判断できないということ。美しい声で鳴く時鳥が蜥蜴を食べることに驚いた、という意味で、江戸時代の俳人、宝井其角の句から。
危ない所に登らねば熟柿は食えぬ(あぶないところにのぼらねばじゅくしはくえぬ)
大きな利益や、のぞみどおりの成果は、危険をかえりみずに挑んだ者だけが手にできるということ。 柿の実は木の高い枝になるので、落ちるかもしれない所までよじ登る者でなければ、熟して甘くなった実は味わえない。これを物事の成功に重ねている。 「熟柿」は「じゅくし」と読み、十分に熟して甘みを増し、やわらかくなった柿の実。 似た言葉に「[[虎穴に入らずんば虎子を得ず*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/3059.php]]」「[[危ない橋も一度は渡れ*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1795.php]]」、反対の意味の言葉に「[[君子危うきに近寄らず*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/996.php]]」がある。
淡きを食らい薄きを着る(あわきをくらいうすきをきる)
ぜいたくな食べ物や着物を求めず、あっさりした食事と簡素な身なりを不満なく受け入れて、つつましく暮らすこと。 「淡き」は味のあっさりした食べ物、「薄き」は布地の薄い着物を指し、そういう物を食べたり着たりして過ごす様子から。 四字熟語の[[粗衣粗食*https://yoji.jitenon.jp/yoji/061.html]]とほぼ同じ意味。
慌てる乞食は貰いが少ない(あわてるこじきはもらいがすくない)
急ぎ過ぎると、かえって失敗したり損をすることのたとえ。 先を争って施し物を貰おうとすると反感を買ってしまい、貰える物が少なくなってしまうとの意から。
泡を食う(あわをくう)
思わぬ出来事に、ひどく驚きあわてることのたとえ。
鮟鱇の待ち食い(あんこうのまちぐい)
働かずにじっと機会を待って、利益を得ようとすることのたとえ。鮟鱇は大口を開けて、小魚が口に入ってくるのを待ち受けていることから。 似た姿から出た言葉に[[鮟鱇の餌待ち*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8754.php]]があるが、こちらは口をぽかんと開けて気の抜けた様子をいうだけで、意味がちがう。
Rの字のない月に牡蠣を食べるな(あーるのじのないつきにかきをたべるな)
英語の月名でRの文字が入っていない月(5月~8月)の牡蠣は食べるべきではないということ。 この時期は牡蠣の産卵期にあたることから。 May(5月)、June(6月)、July(7月)、August(8月)。このように5月~8月はRの文字が入っていない。
如何物食い(いかものぐい)
世間一般の人とは違う趣味や嗜好を持つこと。また、その人。 「如何物」は「如何様物(いかさまもの)」の略で、いかがわしいもの。ここでは、普通は食用にしないもののこと。 普通の人が食べないような物を好んで食べるとの意から。
憤りを発して食を忘る(いきどおりをはっしてしょくをわする)
学びや仕事に心をうばわれ、ご飯を食べることさえ忘れてしまうほど一心に励むこと。 「憤り」はここでは腹を立てることではなく、まだ分からないことを突き止めたいという思いが胸の内で燃え上がることを指す。 『論語』の中で、孔子がみずからの人柄について述べた言葉。葉公という人に孔子の人物をたずねられた弟子の子路が答えに詰まったとき、孔子は「なぜこう言わなかったのか。解けない問いにぶつかれば夢中になって食べるのも忘れ、解ければうれしくて心配ごとも消え、年をとっていくのにも気づかずにいる人だ、と」と子路に語った。 四字熟語の[[発憤忘食*https://yoji.jitenon.jp/yojii/4075.html]]は、この一節から生まれた四字の言葉。近い意味の言葉として[[寝食を忘れる*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/7107.php]]もある。
生き身に餌食(いきみにえじき)
命さえつないでいれば、口に入るものは何かしら現れてくる。 行く末を案じすぎるなという慰めのことば。
井渫えて食われず(いさらえてくわれず)
底をさらえて澄ませた井戸に、口をつける者がない。力のある者が世に出る機会を与えられずにいるさま。
衣食足りて礼節を知る(いしょくたりてれいせつをしる)
人は生活にゆとりができて、初めて礼儀や節度をわきまえるようになるということ。 「衣食足りて栄辱を知る」「衣食足れば則ち栄辱を知る」ともいう。
鶍の嘴の食い違い(いすかのはしのくいちがい)
物事が食い違って思いどおりにならないことのたとえ。 「交喙」は鳥の名で嘴が上下食い違っていることから。
一日作さざれば一日食らわず(いちじつなさざればいちじつくらわず)
一日働かずに過ごしたなら、その日は食べ物を口に入れない、と心に決めて暮らす姿勢をいう。働いてはじめて食べてよいとする考え方で、怠けを許さず、汗を流す勤めの値打ちを説く。 「作す」は「働く」「仕事をする」の意。 中国、唐の時代の禅宗の僧、百丈懐海の故事から。年をとってもほかの僧より先に立って畑仕事などに励む懐海の体を案じ、寺の者たちが農具をこっそりしまいこんだ。懐海はそれを探し回るばかりで、食事に手をつけないまま、その一日を過ごしたとされる。 もとは懐海が自分自身に課したことばで、怠ける人を責める[[働かざる者食うべからず*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/4068.php]]とは向きが違う。
一箪の食、一瓢の飲(いったんのし、いっぴょうのいん)
わずかな飲食物のこと。また、きわめて貧しい生活のたとえ。 「箪」は竹製の食器、「瓢」は飲み物を入れるひさご。 食器一杯の食べ物と、ひさご一杯の飲み物との意から。
一杯食う(いっぱいくう)
すっかりだまされる。たくらみに引っかかる。
一杯食わす(いっぱいくわす)
まんまと人をだます。うまくだます。
犬にも食わせず棚にも置かず(いぬにもくわせずたなにもおかず)
物を出し惜しみする人のふるまいを、皮肉をこめて言うたとえ。 犬に食べさせてやるほど気前がよいわけでもなく、そうかといって棚の上に大切にしまっておくわけでもない。人には分けず、物を大事にもせず、ただ自分の手もとに抱え込んでおく姿を、犬と棚の二つで描いている。 「犬にもやらず棚にも置かず」「犬にもくれず棚にも置かず」ともいう。けちな様子を表す言葉には[[爪に火を点す*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2104.php]]もある。
犬の尾を食うて回る(いぬのおをくうてまわる)
どんなに焦って励んでも、ちっともねらいどおりに運べない有り様のたとえ。手間をかけたわりに、手もとに得るものがほとんど残らないときにも言う。 自分のしっぽに食いつこうとする犬が、いつまでも届かずにその場をくるくる回り続ける姿から。「食うて」は「食って」を昔ふうに言った形で、ここでは口でくわえる意味。「犬の尾を食うて回るがごとし」という言い回しもある。 「[[骨折り損のくたびれ儲け*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1427.php]]」も、苦労が実を結ばない点でよく似た言葉である。
犬骨折って鷹の餌食(いぬほねおってたかのえじき)
苦労して手に入れかけたものを、横からかすめ取られてしまうことのたとえ。 鷹狩りで、犬が苦労して草むらから追い出した獲物を、鷹が取ることから。
犬も食わない(いぬもくわない)
嫌がって誰もまともに相手にしない、誰も取り合わないこと。 何でも食べる犬でさえも食べないとの意から。
色気より食い気(いろけよりくいけ)
色欲より食欲が上だということ。また、外観より内容を取ることにもいう。
憂いも辛いも食うての上(ういもつらいもくうてのうえ)
つらい、悲しいと嘆いてみせられるのは、腹が満ちていればこそだということ。 その日の糧にも事を欠く身になれば、嘆きを口にする余裕さえ残らない。
飢えては食を択ばず(うえてはしょくをえらばず)
腹の底から飢えていれば、目の前にあるものをそのまま口にする。 転じて、暮らしに行き詰まった者は与えられた境遇を呑むよりほかになく、注文をつけられる立場ではないという意にも使う。
牛を食らうの気(うしをくらうのき)
年端もいかぬうちから、すでに人を圧するほどの気概と大きな志を宿していることのたとえ。 虎や豹(ひょう)の子は、まだ牛を仕留める力もないのに、牛を食おうとする気迫だけは持っているという。 「食牛の気」ともいう。
