「げ」から始まる故事・ことわざ・慣用句 — 58 件
「げ」から始まる故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
芸が細かい(げいがこまかい)
細かいところにまで工夫を凝らしているようす。
芸が無い(げいがない)
舞や唄をこなす素養が無いこと。 転じて、決まりきった運びに終始して、受け取る側を退屈にさせることをいう。
芸が身を助けるほどの不仕合わせ(げいがみをたすけるほどのふしあわせ)
暮らし向きのよい時分に覚えた芸で、どうにか口を糊するありさまに落ちぶれること。 「芸は身を助ける」を裏返して、零落の身の上を皮肉った句。
鯨鯢の顎にかく(げいげいのあぎとにかく)
くじらにのみこまれかけるということで、海の上でひどく危ない目にあい、あと一歩で命を失うところまで行くことのたとえ。「鯨鯢(げいげい)」はくじらのことで、「鯨」がおすを、「鯢」がめすを指す。「顎」は「あぎと」と読み、あごのこと。「鯨鯢」には、昔の読み方として「けいげい」もある。 昔の物語では「かばね(なきがら)を鯨鯢の顎にかく」という言い方で出てくる。源義経が兄の頼朝にあてたとされる手紙(腰越状〈こしごえじょう〉)にもこの言い回しが見え、平家を追って海で戦ったときの、命がけの苦しさを述べている。「命を鯨鯢の顎に懸く」とも言い、こちらは、海の上に命をあずけて生きる、船乗りのような危うい暮らしぶりを表す。海の怖さを語る言葉として「[[板子一枚下は地獄*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2492.php]]」もある。
芸術は長く、人生は短し(げいじゅつはながく、じんせいはみじかし)
人の一生は短いが、すぐれた芸術作品は作者の死後も後世に残るということ。古代ギリシャの医師ヒポクラテスの言葉「医術をきわめるには長い年月がかかるが、人の一生は短い」から転じたもの。
芸人に年なし(げいにんにとしなし)
役者は、若者から老人までどの年ごろの役でも見事に演じ分け、また本人もいつまでも気持ちが若く、年を感じさせないということ。 「芸人に年なし」ともいう。
芸は道によって賢し(げいはみちによってかしこし)
同じ事柄でも、それを手がけて生きている者の見立ては桁が違う。 口を出す前に、まずその筋の人に当たれということ。
芸は身につく(げいはみにつく)
いったん習い覚えた芸は、一生その人の能力として使うことができるということ。
芸は身の仇(げいはみのあだ)
習い覚えた芸事に夢中になり、身を滅ぼすことがあるというたとえ。
芸は身を助ける(げいはみをたすける)
遊び半分で覚えた腕が、食い詰めたときの糧になる。 道楽で済んでいたはずのものが、当人を養う側へ回ることもある。 「芸は身を助く」ともいう。
鴃舌(げきぜつ)
モズがかん高く鳴きたてる声のように、耳にうるさく響くばかりで、中身がさっぱりつかめない言葉。もとは、遠い土地や外国の人が話す言葉を、自分たちより劣ったものとして見下して呼んだ語である。「鴃」はモズという鳥を表す漢字で、「舌」はここでは話す言葉のこと。 儒学を説いた孟子の書『孟子』では、滕文公上の章にこの語が使われている。陳相(ちんしょう)は、何十年も仕えた先生が亡くなると、その教えを捨てて、南の楚(そ)の国から来た許行(きょこう)の説に乗りかえた。孟子は、昔のすぐれた王たちの教えを悪く言う許行を「南の異民族の、モズのような言葉を話す人」とけなして、そんな人に学ぶ陳相をたしなめた。四字熟語の[[南蛮鴃舌*https://yoji.jitenon.jp/yojib/876]]も、孟子が許行をこう評したのが起こりである。相手をさげすむ言い方なので、使うときには気をつけたい。
逆旅(げきりょ)
人を宿泊させる施設。宿屋。旅館。「逆」は迎える、「旅」は旅人。旅人を迎える所という意から。
逆鱗(げきりん)
[[天子*35422]]の怒り。また、地位が上の人の怒り。竜の顎の下にあるとされる逆方向に生えた鱗に触れると竜が怒り狂い、触れたものは殺されるという故事から。
逆鱗に触れる(げきりんにふれる)
目上の人を激しく怒らせてしまうこと。「逆鱗」は、竜のあごの下にある逆さに生えたうろこ。これに人が触れると、竜が怒ってその人を殺すという中国の故事から。本来は天子を怒らせることをいった。
檄を飛ばす(げきをとばす)
自分の主張や考えを広く人々に知らせて同意を求めること。 「檄」は、自分の考えや行動を主張して同意を求めるための文書。もとは、古代中国で召集や説諭のために書いた文書のこと。 「発破をかける」「励まして元気付ける」といった意味で使うのは本来誤用とされる。 「激励」などに使われる「激」と「檄」の字が似ていることから生じたものとも考えられているが、「激を飛ばす」と書くのも誤り。
下戸と化け物はない(げことばけものはない)
一滴も駄目だと言う人でも、席と勧め手が揃えばたいてい口をつける。まるきり酒を受け付けない体質などありはしない、というのが飲む側の言い分である。
下戸の肴荒らし(げこのさかなあらし)
杯の回らない者ほど箸が動き、鉢の中身が先に尽きてしまう。飲まないぶんを食べで取り返す気か、と横から咎められる。
下戸の建てたる蔵もなし(げこのたてたるくらもなし)
飲まずに浮いたはずの銭で身上を起こした者は、見回してもまず見当たらない。締めたところで富むとは限らないのだから、飲む楽しみを咎め立てするには及ばない——酒好きの側が返す当てこすりでもある。
下戸の手剛(げこのてごわ)
杯で気を大きくさせる手が通じない相手は、しらふのまま最後まで構えを崩さない。掛け合いの場では、そういう人ほど攻めあぐねる。
下戸は上戸の被官(げこはじょうごのひかん)
酒盛りの場では、酒に弱くて飲めない人が、酔った人たちの世話を焼かされ、まるで家来のようにあれこれ働かされやすい、ということ。「下戸(げこ)」はお酒が体に合わず飲めない人、「上戸(じょうご)」はお酒をたくさん飲める人をいう。「被官(ひかん)」は古い言葉で、主人に仕えて働く家来や使用人のこと。 酔いが回った人のそばで、しらふの人だけが水を運んだり、具合の悪くなった人に付き添ったり、帰り道を送ったりと、気配りに追われがちである。その姿を、主人と家来の関係に重ねて言ったのがこの句だ。同じ趣旨の句に、主人の草履を持ってお供をする召使いにたとえた「下戸は上戸の草履取り」がある。下戸や上戸を取り上げた句としては、[[上戸は毒を知らず下戸は薬を知らず*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/3344.php]]や[[下戸の手剛*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1590.php]]もある。
下種と鷹とに餌を飼え(げすとたかとにえをかえ)
身分の低い者も鷹も、腹を満たしてやってはじめて思うように動く。 人を使うなら、まず得になるものを握らせよということ。
下種の後思案(げすのあとじあん)
気の利いた案が出てくるのは、決まって決着がついたあと。 手遅れの入れ知恵ほど始末に負えないものはない、と切って捨てる。
下種の一寸、のろまの三寸、馬鹿の開けっ放し(げすのいっすん、のろまのさんずん、ばかのあけっぱなし)
戸を閉める時に、下種は一寸閉め残し、のろまな者は三寸閉め残し、愚か者は開けっ放しにしてしまう。戸の閉め方で、その人の品性・性格がわかるということ。
下種の勘繰り(げすのかんぐり)
自分の物差ししか持たない者は、他人の挙動を悪いほうへ悪いほうへと結びつけたがる。その当てずっぽうには当人の底が透けている、という嘲りを込めて使う。
下種の口に戸は立てられぬ(げすのくちにとはたてられぬ)
品性の卑しい人間は、人の迷惑など考えず勝手なことをいいふらすが、防ぎようがないということ。
下種の逆恨み(げすのさかうらみ)
品性の卑しい人間は、人の親切な忠告も悪口と思い、逆に忠告してくれた人を恨むということ。
下種の謗り食い(げすのそしりぐい)
品性の卑しい人間は、まずいとけちをつけながらも、意地汚くたくさん食べるということ。「謗り食い」は文句を言いながら食べること。
下種は槌で使え(げすはつちでつかえ)
愚かな者は、道理を説明してもなかなか理解しないため、叩いたり叱りつけたりして使わなければならないという教え。
下駄と焼き味噌(げたとやきみそ)
見た目が似ていても、実質はまったく違うことのたとえ。 「焼き味噌」は、味噌を板に塗って遠くからあぶった料理。焼いた形が下駄に似ていることから。
下駄も阿弥陀も同じ木の切れ(げたもあみだもおなじきのきれ)
踏まれる側と拝まれる側に分かれてはいても、削り出された素はどちらも一本の幹だった。 扱いの高低は後から付いたもので、はじまりのところに上下はない。
