「外見と実質が釣り合わない」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 63 件
「外見と実質が釣り合わない」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全63件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
頭剃るより心を剃れ(あたまそるよりこころをそれ)
外見より精神が大事だということ。 頭を剃って姿だけ僧になるより、まず心を清めよということ。
徒花に実は生らぬ(あだばなにみはならぬ)
見かけだけが立派でも、内容や実力が伴わなければ、よい成果には結びつかないということ。 「徒花」は咲いても実を結ばずに散る花で、花の美しさだけでは実りにならない意から。 「徒花」は「仇花」、「生らぬ」は「成らぬ」とも書く。 また、見かけこそ華やかであるが、実質が伴わず、期待したような良い結果が得られないことを「徒花を咲かせる」という。
あの声で蜥蜴食らうか時鳥(あのこえでとかげくらうかほととぎす)
人や物事は、見かけでは判断できないということ。美しい声で鳴く時鳥が蜥蜴を食べることに驚いた、という意味で、江戸時代の俳人、宝井其角の句から。
員数を揃える(いんずうをそろえる)
質はともかく、決められた数を揃える。
浮世は衣装七分(うきよはいしょうしちぶ)
とかく世間では外見を重んじ、うわべで内容を判断しがちだということ。七分は十分の七のことで、衣装で七分がた評価が下される意から。
後ろ千両前一文(うしろせんりょうまえいちもん)
後ろ姿はとても美しいのに、前から見ると全然美しくないこと。
後ろ弁天、前不動(うしろべんてん、まえふどう)
後ろ姿は見とれるほど美しいのに、正面へ回ると興ざめしてしまう女性をひやかしていう言葉。 弁天は艶やかな天女の姿をした神、不動明王は牙をむいて怒りをあらわにした仏で、その隔たりを言い立てたもの。
独活の大木(うどのたいぼく)
身体ばかり大きくて何の役にも立たない人のたとえ。 「独活」は植物の名。 独活は木のように大きくなるが、茎が柔らかいため材木にはならないことから。 「独活の大木柱にならぬ」ともいう。
大きな口を利く(おおきなくちをきく)
実力もないのに偉そうなことを言うこと。
表看板にする(おもてかんばんにする)
世の中に何かを示すための表面上の名目にすること。 「表看板」は、劇場の正面に、上演内容や出演者などを記して掲げる看板のこと。
表を繕う(おもてをつくろう)
内情を知られないように、見かけを立派に整えること。
皮一重(かわひとえ)
器量の良し悪しなど、表の一皮を取り去ってしまえば残らないということ。 転じて、ほんの少しの違いにもいう。
看板倒れ(かんばんだおれ)
看板だけが立派で、実情が伴わないこと。 見かけはよくても、内容が乏しいこと。
看板に偽りあり(かんばんにいつわりあり)
外見と中身が一致していないこと。看板に掲げているものと、実際に売っているものが違っているということから。
牛首を懸けて馬肉を売る(ぎゅうしゅをかけてばにくをうる)
客寄せに門へ牛の頭を吊るしておきながら、奥では馬の肉を量って渡す。人へ向けて掲げる建前と、その手でしていることとが揃っていない場合をいう。斉の霊公が、宮中では女に男の装いをさせておきながら民にはこれを禁じたのを、晏子がこの言い方で諫めたという。
毛を見て馬を相す(けをみてうまをそうす)
外見だけで物事の価値を判断することのたとえ。毛並みだけを見て馬の値打ちを判断する意から。
下駄と焼き味噌(げたとやきみそ)
見た目が似ていても、実質はまったく違うことのたとえ。 「焼き味噌」は、味噌を板に塗って遠くからあぶった料理。焼いた形が下駄に似ていることから。
告朔の餼羊(こくさくのきよう)
古くからのしきたりは、むやみに廃止すべきではないということ。また、形式ばかりで実質がないしきたりのこと。 「告朔」は、古代中国で、諸侯が天子から受け取った新しい年の暦をいったん祖先の廟に納め、毎月一日に祭事を行い、その月の暦を国内に施行した儀式のこと。 「餼羊」は、その祭事に供えるいけにえの羊。 告朔の意義が廃れて羊を供える儀式だけが残った時、いけにえを廃止しようとしたが、孔子が告朔の儀式が全て廃れてしまうのを惜しんだという故事から。
衣ばかりで和尚はできぬ(ころもばかりでおしょうはできぬ)
身なりをそれらしく整えたところで、備わっているべきものが無ければ、ただの形にすぎない。人を見かけだけで測ってはいけない、という戒めにも使う。 袈裟をまとえば和尚になれるわけではなく、その下に積んだ修行と信心があってはじめて僧は僧になる。
砂上の楼閣(さじょうのろうかく)
見かけは立派だが、基礎がしっかりしていないために長く続かないことのたとえ。また、実現不可能な物事や計画のたとえ。「楼閣」は、高い建物。砂の上に建てた楼閣はすぐに倒れるということから。
鯖の生き腐れ(さばのいきぐされ)
鯖はいたみやすく、新鮮なように見えても腐りはじめていることがあるということ。
猿に烏帽子(さるにえぼし)
外見だけ装って、実質の伴わないことのたとえ。また、ふさわしくないことをするたとえ。 猿に烏帽子をかぶせても似合わないことから。
白豆腐の拍子木(しらどうふのひょうしぎ)
見かけは立派でも、実際は役に立たないもののたとえ。豆腐で作った拍子木が使えるはずがないことから。
姿は作り物(すがたはつくりもの)
人の容姿は、化粧や衣服でどのようにでも作ることができるということ。
世間は張り物(せけんははりもの)
世の中には体裁よく見せかけているものが多くあるということ。また、世の中は見栄を張って渡るのが普通であるということ。 「張り物」は、木や竹の骨に紙などを張って岩などに見せかける道具のこと。 「世は張り物」「世界は張り物」ともいう。
底が浅い(そこがあさい)
見た目だけで内容に深みがないこと。 または、器量や能力が大したものではないこと。
玉の杯、底なきが如し(たまのさかずき、そこなきがごとし)
どれほど念入りに作られていても、要の一点が抜けていれば用をなさない。ほかがすべて整っているだけに、その一つの欠けが決定的になる。 「杯」を「巵」、「底」を「当」と書く本もある。
玉を衒いて石を売る(たまをてらいていしをうる)
値打ちのある物のように見せかけて、実際は粗末な物を売るたとえ。「衒う」は、見せびらかす意。高価な玉を見せびらかしておいて、実際には値打ちのない石を売りつけるということから。
誰か烏の雌雄を知らんや(たれかからすのしゆうをしらんや)
並んだ者のどれが優れどれが劣るのか、外からは決めようがない。 見た目が同じなら、判じる側の目も止まってしまう。 単に「烏の雌雄」ともいう。
月夜の蟹(つきよのかに)
中身がない人のたとえ。蟹は月夜にはえさを食べず、身が少ないことから。
付け焼き刃(つけやきば)
なまくらな刀の刃先にだけ鋼を焼き付けたものを「付け焼き刃」といい、切れそうに見えて、使えばたちまち刃こぼれする。 その場をつくろうために慌てて仕込んだだけの知識や腕前をいう。
櫝を買いて珠を還す(とくをかいてたまをかえす)
うわべの体裁に目移りして、肝心なほうを取り落とす。包みの見事さばかりをありがたがり、その中に納まっていたものを手放してしまう。 「櫝」は木の箱。 楚の商人が珠を飾り箱に納めて鄭で売ったところ、買い手は器のほうに心を移し、珠だけを突き返したという故事から。
名有りて実無し(なありてじつなし)
名声や評判ばかりが立派で、実際の内容や実力が伴わないこと。有名無実とも。
内証は火の車(ないしょうはひのくるま)
外見は裕福そうに見えても、内実は非常に苦しく、家計や経済状況が極めて厳しいこと。 外部からはその困窮が分かりにくいが、内輪では財政的に追い詰められている様子。
名高の骨高(なだかのほねだか)
評判が高いわりには、実情は大したことがないことのたとえ。「名高」は名高いこと、「骨高」は骨ばってごつごつしていること。「高」の語呂あわせをした言葉。
名に背く(なにそむく)
名声や評判を裏切ること。 また、名声と実力が一致しないこと。
錦の袋に糞を包む(にしきのふくろにふんをつつむ)
外観が立派で中身が見劣りすることのたとえ。
似て非なり(にてひなり)
外見は似ているように見えても、本質は違っていることのたとえ。
似て非なるもの(にてひなるもの)
外見は似ているけれども、その内実は異なるもののこと。
始めきらめき奈良刀(はじめきらめきならがたな)
最初だけ立派に見えるが、すぐに役に立たなくなることのたとえ。 「奈良刀」は近世以降、奈良付近で大量に作られた粗悪な刀をいう。新品のうちは光っていて切れそうに見えるが、すぐに刃こぼれしたりさびたりして使いものにならないことから。
花多ければ実少なし(はなおおければみすくなし)
上辺を飾る人は、誠実さに欠けるということのたとえ。 たくさんの花が咲く木にかぎって、実は少ししかならないものであるとの意から。
話し上手の口下手(はなしじょうずのくちべた)
立て板に水とはいかないのに、言いたいところだけは相手の胸に落ちる人。 舌の回り方と、中身の届き方とは、必ずしも一致しない。
腹が黒い(はらがくろい)
表向きは善人そうだが、密かに悪いことを考える性格であること。
張り子の虎(はりこのとら)
威勢よく構えていても実のところは弱い人。また、人の言いなりにうなずくばかりの人。中が空洞で首の揺れる玩具から出た言葉。
日陰の梨(ひかげのなし)
形が整っていても内容が悪いもののたとえ。日が当たらない場所で実った梨は形はまあまあでも味がよくないことから。
人肥えたるが故に貴からず(ひとこえたるがゆえにたっとからず)
人間の価値は、外見ではなく内面で決まるということ。見かけより実質が重要であるということのたとえ。
人は見かけによらぬもの(ひとはみかけによらぬもの)
人の性質や能力は外見だけでは判断しにくく、外見と中身は往々にして異なることが多いので、外見だけで軽々しく判断してはいけないということ。
人は見目よりただ心(ひとはみめよりただこころ)
人は外見の美しさよりも、心の美しいことのほうが大切だということ。 「見目」は見た様子、顔立ちのこと。 単に「見目より心」ともいう。
美人というも皮一重(びじんというもかわひとえ)
美人かどうかは体を包む皮一枚のことで、人間の本質には関係がない。人を外見だけで判断してはいけないということ。
前十両に後ろ三両(まえじゅうりょうにうしろさんりょう)
前から見ると美しいが、後姿はそれほどでもないということ。
馬子にも衣装(まごにもいしょう)
身なりを一式そろえてやれば、中身がどうあれ人は見違えて扱う。 「馬子」は、馬に荷や客を乗せて運ぶのを生業にした者。
見掛けばかりの空大名(みかけばかりのからだいみょう)
「空大名」は、大名と呼ばれてはいても、それを支える身代のない者。 外目には仰々しく構えていても、中身がそれに追いついていないさまをいう。
見ての極楽、住んでの地獄(みてのごくらく、すんでのじごく)
外から見るのと、実際に体験するのでは大違いであることのたとえ。 はたから見ると極楽のように見えるが、実際に住んでみるとまるで地獄のようだとの意から。 「見ては極楽住んでは地獄」ともいう。
名所に見所なし(めいしょにみどころなし)
一般に名所といわれている所も、案外見るものが少なくつまらない所が多い。名は必ずしも実を伴わないということ。
名物に旨い物なし(めいぶつにうまいものなし)
土地の名を背負って売られている品ほど、口に入れてみると拍子抜けする。 もてはやされる度合いと、実際の出来ばえとが釣り合っていない例は、食べ物にかぎらない。
鍍金が剝げる(めっきがはげる)
表面を飾っていたものが取れ、隠されていた本当の姿や欠点があらわになる。 見せかけの良さが維持できなくなり、実態が明らかになることをいう。
沐猴にして冠す(もっこうにしてかんす)
上に立つ器ではない者が、その座にふさわしい身なりだけを整えている姿。形が整っても中身は元のままだと、人物をこきおろす言い草。 都を関中に置くよう勧められた項羽が、故郷へ錦を飾りたいと言って退けたため、勧めた者が、楚の人は猿が冠をかぶったようだと陰口をきき、聞きつけた項羽に釜ゆでにされた。
刃は切れるが重宝(やいばはきれるがちょうほう)
道具は本来の役目を果たすことが最も大切で、見かけや飾りは問題ではないということ。
藪医者の玄関(やぶいしゃのげんかん)
腕の立たない医者にかぎって、患者の目が最初に触れる玄関ばかりを立派にこしらえる。 中身で信を得られない者は、まず外まわりの構えで取りつくろおうとするということ。
山師の玄関(やましのげんかん)
内容や実質がないのに見かけだけが立派なことのたとえ。「山師」は投機的な事業で大儲けをたくらむ人。その山師が人を信用させるために玄関を特に立派にすることから。
山高きが故に貴からず(やまたかきがゆえにたっとからず)
外観がよくても、内容が伴わなければ立派とはいえないということ。物事は見かけだけで判断してはいけないというたとえ。
羊頭を懸けて狗肉を売る(ようとうをかけてくにくをうる)
軒先に吊るしてあるのは羊の頭なのに、客の手に渡るのは犬の肉である。人目を引くために並べた品と、手渡される品とが別であるたとえ。 「羊頭を掛けて狗肉を売る」「羊頭を掲げて狗肉を売る」ともいい、縮めて羊頭狗肉という。
藁苞に黄金(わらづとにこがね)
容器が粗末でも中に価値があるものが入っていること。 または、外見からでは真価をはかることはできないということのたとえ。 藁包みの中に金が入っているとの意から。
