「待つ」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 33 件
「待つ」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全33件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
佚を以って労を待つ(いつをもってろうをまつ)
こちらは腰を据えたまま体力を残し、相手が動き通しで擦り減るのを待ってから当たる。 「佚」は骨を休めていること。
今や遅し(いまやおそし)
今か今かと待ち遠しいさま。
倚門の望(いもんのぼう)
母親が子どもの帰りを待ちわびること。また、そういう母親の愛情のこと。中国の春秋時代、王孫賈(おうそんか)の母親が門に倚(よ)りかかって、我が子の帰りを待ちわびたという故事から。
運は寝て待て(うんはねてまて)
運は天が定めることだから、焦らず気長に待つほうがよいということ。
縁と浮き世は末を待て(えんとうきよはすえをまて)
連れ合いも世の巡り合わせも、こちらで日取りを決められはしない。急いで手を伸ばさず、向こうから寄ってくるのを構えて迎えるほうがよい。
お預けを食う(おあずけをくう)
決定しかけていた事や約束していた事の実現が、何かの事情で延期になること。
果報は寝て待て(かほうはねてまて)
幸運は自然にやってくるものだから、焦らず気長に待つほうがよいということ。「果報」は、前世での行いの結果として現世で受ける報いのことで、本来は善悪どちらをも意味したが、しだいに幸運の意になった。
烏の頭の白くなるまで(からすのあたまのしろくなるまで)
いつまで経ってもその時がこないことのたとえ。中国、戦国時代に燕の太子丹が人質になった時、秦王が「烏の頭が白くなり、馬に角が生えたら国へ帰す」と言ったという故事から。
干天の慈雨(かんてんのじう)
待ち望んでいたことが実現することのたとえ。 また、困っている時に助けが現れることのたとえ。 「干天」は日照りのこと。 日照りの時に恵みの雨が降るとの意から。 「干天」は「旱天」とも書く。
機が熟す(きがじゅくす)
青い実が甘くなるのと同じで、あたりの具合がひとりでに揃い、あとは手を出すだけという段に至る。せかしたところで前倒しにはならず、その頃合いを迎えて初めて事が起こせる。
首を長くする(くびをながくする)
あることが実現するのを待ち望むさま。
三年、飛ばず鳴かず(さんねん、とばずなかず)
力を蓄えたまま身を潜め、世に出る時が来るのを待ち続ける。 のちには逆に、何をするでもなく年月を送るという意でも使われる。
痺れを切らす(しびれをきらす)
長い時間待たされて我慢できなくなること。
時節の梅花春風を待たず(じせつのばいかしゅんぷうをまたず)
ものごとには熟すころあいがあり、人が急かしたところで早まりはしないということ。 梅は春の風に誘われて咲くのではなく、咲くべき時が来れば自分から花を開くことから。
人事を尽くして天命を待つ(じんじをつくしててんめいをまつ)
出来る限りのことをして、あとは天命に任せるということ。「人事」は人間の力で出来る事柄、「天命」は天の命令の意。
大旱の雲霓を望む(たいかんのうんげいをのぞむ)
物事の到来を待ち望むことのたとえ。 「大旱」はひどい日照り、「雲霓」は雲と虹のこと。 ひどい日照りの時に、雨の前触れである雲や虹を待ち望むとの意から。
時を待つ(ときをまつ)
好機が訪れるのを待つこと。時機を待つこと。
長い目で見る(ながいめでみる)
現状だけで判断せず、気長に将来を見守ること。
鳴くまで待とう時鳥(なくまでまとうほととぎす)
好機が来るまで、あせらずに辛抱強く待つということ。徳川家康が「鳴かぬなら」という言葉に続けて詠んだとされ、家康の辛抱強い性格を表した句。織田信長は「鳴かぬなら殺してしまえ時鳥」、豊臣秀吉は「鳴かぬなら鳴かしてみせよう時鳥」と詠んだとされている。
名のない星は宵から出る(なのないほしはよいからでる)
最初に出て来るものに、たいしたものはないというたとえ。また、心待ちにしている人は現れず、待ってもいない者が早々にやって来ることのたとえ。
旱に雨(ひでりにあめ)
待ち望んでいたことが、やっと実現することのたとえ。 日照り続きの時に降る待望の雨との意から。
百年河清を俟つ(ひゃくねんかせいをまつ)
来るあてのない日を待ち続けて、こちらの時間だけが減っていく。 待つ側の一生では、その日はついに来ない。 単に「河清を俟つ」、また「百年黄河の澄むを俟つ」ともいう。
待たぬ月日は経ちやすい(またぬつきひはたちやすい)
待ち望んでいる日はなかなかやってこないものだが、ぼんやりしていると知らぬ間に月日が過ぎ去ってしまうということ。
待たるるとも待つ身になるな(またるるともまつみになるな)
人を待つのは腹立たしいから、人を待たせることはあっても自分は待つ立場にはなるなということ。
待つうちが花(まつうちがはな)
物事はあれこれ想像して待っている間が楽しいものであるということ。 「待つ間が花」ともいう。
待つ身より待たるる身(まつみよりまたるるみ)
人を待っている人もつらいものだが、待たせている者も相手のことが気になってつらいものだということ。
祭りより前の日(まつりよりまえのひ)
祭りの当日より、待ちかねている前日のほうが楽しいということ。
待てば海路の日和あり(まてばかいろのひよりあり)
焦らずに待っていれば良い機会がきっとめぐってくるというたとえ。 荒れた海も、待っていれば航海に適した日が必ず訪れるということ。 もとは「待てば甘露の日和あり」といい、「甘露の日和」が実感しにくいことから、暮らしに身近な「海路の日和」に置き換わったといわれる。
待てば甘露の日和あり(まてばかんろのひよりあり)
焦らずに待っていれば良い機会がきっとめぐってくるというたとえ。 「甘露」は、古代中国の伝説で、よい政治が行われると天が吉兆として降らせるとされた甘い露のこと。 日照りの時も耐えて待てば、やがて甘露のような恵みの雨が降る日が来るとの意から。 こちらが本来の形で、のちに「待てば海路の日和あり」の形が生まれ、今はそちらのほうが広く使われる。
満を持す(まんをじす)
十分に準備をして機会の到来を待つこと。 「満」は、みちること、みたすこと。ここでは、弓をいっぱいに引き絞ること。 弓をいっぱいに引き絞った状態で待ち構えるとの意から。
見つめる鍋は煮立たない(みつめるなべはにたたない)
待っている時間は非常に長く感じられることのたとえ。 鍋が煮立つのを見ながら待つと、なかなか煮え立たないとの意から。
見ぬが花(みぬがはな)
物事は実際に見るまでの間に心の中であれこれと想像しているときが楽しいということ。 「見ぬが心憎し」ともいう。
指折り数える(ゆびおりかぞえる)
指を一本ずつ折り曲げて数えること。 特に、心待ちにしていることを、あと何日と一日ずつ数えること。
