「起」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 40 件
「起」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
愛想づかしも金から起きる(あいそづかしもかねからおきる)
女が男につれなくするようになるのは、たいてい懐が寂しくなってからのこと。情が薄れたせいで金が続かないのではなく、金が尽きたせいで情が薄れるという順序をいう。
朝起き千両、夜起き百両(あさおきせんりょう、よおきひゃくりょう)
朝早く起きて仕事をするほうが、夜働くより能率が上がり得だということ。 「朝起き千両」ともいう。
一饋に十起(いっきにじっき)
国を治める人が、よい政治をしようとして、知恵のある人をすすんで迎え、その話に耳を傾けることにひたむきであるたとえ。自分の食事や身のまわりのことはあとにしてでも、人々のための務めに打ち込む姿を表すこともある。 「一饋」は一度の食事のことで、「饋」には食べ物をすすめるという意味がある。 中国の古い伝説の王朝である夏の禹王は、鐘や太鼓などを掛け並べておき、道理を教えに来た者は太鼓を、正しい行いを説きに来た者は鐘を鳴らすようにと告げて、四方から人が訪ねてくるのを待った。そのころの禹王は、一度ごはんを食べるあいだに十回も立ち上がって客に会い、髪を一度洗うあいだにも、洗いかけの髪を手に持ったまま三度も客の前に出た。この言葉は、そのありさまを記した『淮南子』氾論訓の一節にもとづく。 「一饋に十起」「一饋に十起す」ともいう。十度を七度にした「一饋に七度立つ」の形もある。同じ話にちなむ四字熟語として[[一饋十起*https://yoji.jitenon.jp/yojie/2093.html]]がある。すぐれた人を迎えることに力を尽くすという点で、[[三顧の礼*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2404.php]]や四字熟語の[[握髪吐哺*https://yoji.jitenon.jp/yoji/254.html]]も近い。
一災起これば二災起こる(いっさいおこればにさいおこる)
一度災いにあうと、それひとつでは終わらずに、続けてまた次の災いにあいやすいということ。困ったことは、何かと重なって起きがちである。 「一災」はひとつめの災難、「二災」はそれに続いて起きる二つめの災難を指す。 似た出来事がくり返されることを言う言葉に[[一度あることは二度ある*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/414.php]]や[[二度あることは三度ある*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1999.php]]があり、それを災いにしぼって言い表したものといえる。
縁起でもない(えんぎでもない)
悪いことが起こりそうで不安だ。縁起が悪い。 不吉なことを言った相手をとがめる言葉として使われる。
縁起を祝う(えんぎをいわう)
この先に幸せが訪れるようにと願いをこめて、祝うこと。 また、だれかの行く末が順調であるようにと祈る意味合いでも用いる。 「縁起」はこの句では、物事のよい悪いを知らせる前ぶれや、めぐりあわせを指す。 同じ「縁起」を使う句でも、前ぶれのよい悪いをいちいち気にかけて、それにとらわれる[[縁起を担ぐ*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/5249.php]]とは、意味が異なる。
縁起を担ぐ(えんぎをかつぐ)
身のまわりの出来事に吉凶の前ぶれを読み取って、それにこだわること。 「縁起」はここでは物事の前ぶれをいう。 神事の幣束をかつぐ「御幣を担ぐ」の言い方にならった形といわれる。 同じ意味の言い方に「験を担ぐ」がある。
お竈を起こす(おかまをおこす)
成功して財産を築き上げること。「お竈」は竈(かまど)のことで、家庭生活を営むための竈を築く意から。
起きて働く果報者(おきてはたらくかほうもの)
健康で働けることは、何よりも幸せだということ。「果報者」は幸運な人の意。
起きて半畳、寝て一畳(おきてはんじょう、ねていちじょう)
人間は必要以上の豊かさをもとめても仕方ないということ。どんなに大きな家に住んでいようと、人一人が必要とする広さは、起きている時は半畳、寝る時も一畳あればすむということから。
疳の虫が起こる(かんのむしがおこる)
幼い子どもが、わけもなく夜中に泣き続けたり、激しくむずかったり、ひきつけたりすること。 「疳」は子どもに多い神経の病のことで、昔はそれを引き起こす虫が体の中にすんでいると信じられていた。
願を起こす(がんをおこす)
神仏に自分の願い事が叶うように祈ること。 「懸ける」は「掛ける」とも書く。 また「願を起こす」「願を立てる」ともいう。
起爆剤になる(きばくざいになる)
ちょっとした事が、重大な事件や運動を引き起こすきっかけとなること。
客の朝起き(きゃくのあさおき)
泊り客がその家の人より早く起きるのは、対応に困って迷惑するということ。 「客の朝起き宿の迷惑」ともいう。
九層の台は累土より起こる(きゅうそうのうてなはるいどよりおこる)
どんなに大きな物事も、小さな物事を一つずつ積み上げることで出来上がる、というたとえ。 九階もある高い建物でさえ、最初はひと盛りの土を置くところから築いていく。そのようすを、物事の成り立ちに当てはめている。「台(うてな)」は、遠くまで見わたせるように高く造った建物のこと。「累土」は、積み重ねた土のこと。 『老子』の同じ章で、この句に続けて述べられるのが[[千里の行も足下より始まる*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/3534.php]]である。考え方が近い句には、[[塵も積もれば山となる*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/3732.php]]がある。
稿を起こす(こうをおこす)
原稿などを書きはじめること。起稿すること。
事を起こす(ことをおこす)
新たに活動や事業を始めたりすること。 また、不祥事を起こすこと。
転んでもただでは起きない(ころんでもただではおきない)
たとえ失敗しても、そこから何か利益を得ようとする欲深くて抜け目のないことのたとえ。
信は荘厳より起こる(しんはしょうごんよりおこる)
信仰にも見た目や形式が大切であるということ。 または、形式から内容は導き出されるということ。 寺院や神社の美しく飾られた見た目に感動して信仰心は生まれるということから。
千里の道も一歩より起こる(せんりのみちもいっぽよりおこる)
大きな目標・目的を達成するためには、身近なことからこつこつと努力を積み重ねていくことが大切であるということ。 千里という遠い道のりも、最初に出す片足から歩みが始まるとの意から。 「千里の行も足下より始まる」ともいう。
大事は小事より起こる(だいじはしょうじよりおこる)
どのような大事も、取るに足りない小さなことが原因となって引き起こされるということ。小さな油断にも気をつけよという戒めの言葉。
伊達の素足もないから起こる、あれば天鵞絨の足袋も履く(だてのすあしもないからおこる、あればびろうどのたびもはく)
どうしようもなくて我慢することのたとえ。 粋だと言われている伊達の素足も、実は足袋を買う金がないからだとの意から。 「伊達の素足も貧から起こる」ともいう。
七転び八起き(ななころびやおき)
何度失敗しても諦めずに立ち直ること。また、人生の浮き沈みが激しいことのたとえ。 七度転んで八度起き上がるとの意から。 「[[七転八起(しちてんはっき)*https://yoji.jitenon.jp/yoji/454.html]]」ともいう。
怠け者の足から鳥が起つ(なまけもののあしからとりがたつ)
日ごろ手を抜いている者ほど、急場に立たされるとどたばたと騒々しく動き回るものだということ。足下から不意に鳥が飛び立つ驚きにたとえた言葉。
寝た子を起こす(ねたこをおこす)
治まっている物事に余計な手出しをして、再度問題を引き起こすことのたとえ。 ようやく寝た子をわざわざ起こして泣かせるとの意から。
寝ていて人を起こすな(ねていてひとをおこすな)
人を働かせようと思うなら、まず自分が率先して模範を示せということ。 横着して自分は寝たままで人を起こすようなことはするなとの意から。
子に臥し寅に起きる(ねにふしとらにおきる)
寝る間を惜しんで働くことのたとえ。子の刻(午前零時頃)に寝て、寅の刻(午前四時頃)に起きるということから、遅く寝て早く起きるという意。
波紋を起こす(はもんをおこす)
静まっていた場に一つの出来事を持ち込んで、まわりが騒ぎ出す元を作ること。投げた側の思わくを越えて、そこから先へ揺れが伝わっていく。
早起き三両、倹約五両(はやおきさんりょう、けんやくごりょう)
朝早く起きることにも、むだな出費をおさえることにも、大金に見合うほどの得があるということ。 早起きは三両、倹約は五両に相当する、という意味から。朝寝坊やぜいたくをいましめる言葉。 「朝起き三両始末五両」ともいう。
早起きは三文の徳(はやおきはさんもんのとく)
人より先に起き出した者には、その分だけ拾えるものがある。 一度きりでは知れた額でも、積もれば侮れない。 「三文」は、数えるに足らない小銭のこと。 「朝起きは三文の徳」「早起きは三文の得」「朝起きは七つの徳」ともいう。
