起きて働く果報者について

言葉 | 起きて働く果報者 |
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読み方 | おきてはたらくかほうもの |
意味 | 健康で働けることは、何よりも幸せだということ。「果報者」は幸運な人の意。 |
出典 | - |
使用されている漢字
「起」を含むことわざ
愛想づかしも金から起きる(あいそづかしもかねからおきる)
女が男につれなくなり愛想をつかすようになるのは、金銭上の問題からだということ。
朝起き千両、夜起き百両(あさおきせんりょう、よおきひゃくりょう)
朝早く起きて仕事をするほうが、夜働くより能率が上がり得だということ。 「朝起き千両」とも。
朝起きは三文の徳(あさおきはさんもんのとく)
朝早く起きるとなにかしらいい事があるということ。「徳」は「得」と同じ。
朝起きは七つの徳(あさおきはななつのとく)
朝早く起きるとなにかしらいい事があるということ。「徳」は「得」と同じ。
縁起でもない(えんぎでもない)
悪いことが起こりそうで不安だ。縁起が悪い。 不吉なことを言った相手をとがめる言葉として使われる。
縁起を担ぐ(えんぎをかつぐ)
縁起がよいのか縁起が悪いのかを気にすること。 「担ぐ」は何かを気にしたり、とらわれたりすること。
「働」を含むことわざ
一工面、二働き(いちくめん、にはたらき)
世渡り上手は金の工面をする才覚が第一で、勤勉に働くのはその次だということ。
起きて働く果報者(おきてはたらくかほうもの)
怠け者の節句働き(なまけもののせっくはたらき)
ふだん怠けている者が、世間の人が休む節句などに限ってわざと忙しそうに働くことをあざけっていう言葉。
働かざる者食うべからず(はたらかざるものくうべからず)
怠けて働こうとしない人間に食べる資格はないということ。働かずに遊び暮らす者を戒める言葉。
無精者の一時働き(ぶしょうもののいっときばたらき)
いつも怠けている者が、急に思い立って働いても、一時的だということ。また、そういう者をあざけっていう言葉。
無精者の隣働き(ぶしょうもののとなりばたらき)
自分の家の用は頼まれても何もしない無精な人間が、隣の家では余計な事まで手伝うということ。
「果」を含むことわざ
愛想も小想も尽き果てる(あいそもこそもつきはてる)
愛情や好意がすっかりなくなり、いやになってしまうこと。
挙げ句の果て(あげくのはて)
物事が終わった最後の結果。「挙げ句」は連歌・俳諧の最後の句のこと。転じて、ものごとの終わりの意。
朝の果物は金(あさのくだものはきん)
朝食べる果物は、胃腸の働きをよくし、体の目覚めを促すため、健康によいということ。
争い果てての棒乳切り(あらそいはててのぼうちぎり)
時機に遅れて、何の役にも立たないことのたとえ。 「棒乳切り」は棒の切れ端の意。喧嘩が終わってから棒切れを持ち出しても、役に立たないという意から。 「喧嘩過ぎての棒乳切り」「諍い果てての乳切り木」ともいう。
諍い果てての乳切り木(いさかいはててのちぎりぎ)
時機に遅れて何の役にも立たないことのたとえ。 「乳切り木」は棒の切れ端の意。喧嘩が終わってから、棒切れを持ち出しても役に立たないという意から。 「喧嘩過ぎての棒乳切り」「争い果てての棒乳切り」ともいう。
因果の小車(いんがのおぐるま)
悪行に対しては悪い報いがすぐにめぐってくるということ。小さな車輪がくるくる回転するように、悪い行いは悪い結果となってすぐに回ってくるという意から。
「報」を含むことわざ
悪の報いは針の先(あくのむくいははりのさき)
悪事の報いは、針の先を回るほど早くやってくるということ。
仇を恩で報ずる(あだをおんでほうずる)
憎むべき相手を憎まずに、かえってその人に情けをかけること。
一矢を報いる(いっしをむくいる)
相手の攻撃に対して反撃すること。「一矢」は、一本の矢。自分への攻撃に対して一本の矢を射返して報復するということから。
陰徳あれば必ず陽報あり(いんとくあればかならずようほうあり)
人知れず善い行いをする者には、必ず善い報いがあるということ。
怨みに報ゆるに徳を以てす(うらみにむくゆるにとくをもってす)
恨みのある相手に対しても、恩徳を施すこと。
親の因果が子に報う(おやのいんががこにむくう)
親の悪行の結果、罪のない子どもが災いを受けること。
「者」を含むことわざ
青表紙を叩いた者にはかなわぬ(あおびょうしをたたいたものにはかなわぬ)
きちんと学問に励んだ者にはかなわないというたとえ。「青表紙」は青い表紙を多く用いた四書五経などの経書のこと。
赤子のうちは七国七里の者に似る(あかごのうちはななくにななさとのものににる)
赤ん坊ははっきりした特長がないので、似てると思って見ればあちこちの誰にでも似て見えるということ。「七国七里」は諸所方々のこと。
垢で死んだ者はない(あかでしんだものはない)
風呂に入らなければ垢がたまって不潔だがそれが原因で死んだ人はいない。風呂嫌いの言い訳、または風呂嫌いに対する皮肉の言葉として使われる。
当たった者のふの悪さ(あたったもののふのわるさ)
悪いことに、たまたま当たった者が不運だったということ。「ふ」は運の意。大勢が罪を犯したのに、そのうちの誰かが見つかったような場合にいう。
新たに沐する者は必ず冠を弾く(あらたにもくするものはかならずかんむりをはじく)
潔白な人ほど自分の身を汚すおそれのあるものを避けるということ。 「沐」は髪を洗うこと。 髪を洗ったばかりの人は、必ず冠のちりを払ってから頭にのせるという意から。
医者が取るか坊主が取るか(いしゃがとるかぼうずがとるか)
生死の境にいるような重病人のこと。生きているうちは医者が金を取り、死んでしまえば僧侶が金を取るということから。また、所詮あの世に金は持っていけないと守銭奴を皮肉ることば。