「せ」で終わる故事・ことわざ・慣用句 — 46 件
「せ」で終わる故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
商いは数でこなせ(あきないはかずでこなせ)
商売のこつは薄利多売だということ。
飛鳥川の淵瀬(あすかがわのふちせ)
世の中は激しく移り変わり、定まりがたいことのたとえ。 奈良県を流れている飛鳥川は、氾濫しやすく淵と瀬が絶えず移り変わるとの意から。 「世の中は何か常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」という歌から。
あなた任せ(あなたまかせ)
自分ですべきことを他人に頼って、その人の言った通りにすること。 「あなた」は「阿弥陀如来」のこと。 もとは「阿弥陀如来の力に任せる」との意味であったが、「他人任せにする」「他人の言う通りにする」という否定的な意味でも使われるようになった。
医者よ自らを癒せ(いしゃよみずからをいやせ)
人を諭す者は、まず我が身を正すのが先だ。 他人の病を治す医者こそ、先に自分の病を治せ、の意。
厭じゃ厭じゃは女の癖(いやじゃいやじゃはおんなのくせ)
女というものは男にくどかれると、内心はうれしくても、口では嫌だ嫌だと言うものだということ。
色を見て灰汁をさせ(いろをみてあくをさせ)
やみくもに事を進めず、その時その場のようすをよく見て、ふさわしいやり方を選ぶのが大切だと教えることば。 布を染めるとき、色の出方を確かめながら、加える灰汁の量を少しずつ加減した、染め物の作業から。 「灰汁」は、灰を水にひたしてできる上澄みの液のこと。昔は染め物にも使われた。 相手に合わせてやり方を変えよという[[人を見て法を説け*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/4217.php]]も、これと考え方が近い。
祝い事は延ばせ、仏事は取り越せ(いわいごとはのばせ、ぶつじはとりこせ)
結婚式などのめでたい行事は、急がずに日取りが少し遅れても差し支えないが、法事などの仏教の行事は、予定の日を早めてでも先に済ませよ、と説く言葉。 めでたいことは落ち着いて慎重に進めればよいが、亡くなった人をしのぶ行事はぐずぐずと先へ延ばすべきでない、という昔からの心がけを表している。 「法事」は亡くなった人をとむらうために行う仏教の行事で、「取り越す」は、決めてあった日よりも前にずらして行うという意味。
浮かぶ瀬(うかぶせ)
苦しい境遇や立場から抜け出す機会。 「瀬」は、川の浅い所。転じて、場所や機会の意。
膿んだものは潰せ(うんだものはつぶせ)
うみを持って腫れたところは、つぶして中のうみを外へ出すのが一番だ。そこから、災いや悪いことを引き起こす物事は、その大もとから取りのぞいてしまえ、と説くたとえ。 「膿んだら潰せ」「膿んだ物は潰せ」の形もある。 悪いもとをすっかり取り去ることをいう、似かよった言葉には[[膿を出す*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/6132.php]]と[[根を断ちて葉を枯らす*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/4030.php]]がある。
置かぬ棚をも探せ(おかぬたなをもさがせ)
念には念を入れて探せということ。 絶対に置いたはずのない棚でも念のために探してみるべきとの意から。
己の欲する所を人に施せ(おのれのほっするところをひとにほどこせ)
人からこうしてほしいと望むことを、そのまま人に向かって行いなさいという教え。 自分の望みを物差しにして相手への振る舞いを決めよ、と説いたもの。裏返して「己の欲せざる所は人に施すこと勿かれ」と戒める言い方もある。
親子は一世(おやこはいっせ)
親子の関係は現世だけのものであるということ。 「親子は一世、夫婦は二世、主従は三世」と続けてもいう。
親子は一世、夫婦は二世、主従は三世(おやこはいっせ、ふうふはにせ、しゅじゅうはさんせ)
親子の関係は現世だけのものであり、夫婦は前世と現世または現世と来世の二世に渡る。主従関係は、前世・現世・来世の三世にまたがるほど深いということ。
傘と提灯は戻らぬつもりで貸せ(かさとちょうちんはもどらぬつもりでかせ)
傘と提灯は、必要な時以外は忘れがちな物だから、貸す時は返してもらえないつもりで貸せということ。
敵の家でも口を濡らせ(かたきのいえでもくちをぬらせ)
たとえ敵の家でも出された食べ物には口をつけるのが礼儀だということ。つまり、いかなる場合も礼儀を守らなければならないということ。「口を濡らせ」は、少しだけでも飲食せよということ。本来は酒について言った言葉。
叶わぬ時には親を出せ(かなわぬときにはおやをだせ)
言い訳に困った時には、親を引き合いに出すことで口実を作れということ。
汚く稼いで清く暮らせ(きたなくかせいできよくくらせ)
稼ぐ時にはがめついくらいに金儲けをして、そのかわり使う時には使ってすがすがしい生活をせよということ。
昨日の淵は今日の瀬(きのうのふちはきょうのせ)
世の中の移り変わりが激しいこと、絶え間なく変化していくことのたとえ。 昨日まで深い淵だった所が、今日は浅い瀬になってしまうことから。
釘の曲がりは鉄鎚で直せ(くぎのまがりはかなづちでなおせ)
身についた悪い癖は、生ぬるい手立てでは改まらず、強い態度で臨んではじめて直るということ。 曲がった釘をまっすぐにするには槌の力が要ることにたとえた。 「釘の曲がりは金槌で直せ」ともいう。
口から出任せ(くちからでまかせ)
後先を考えず、その場で浮かんだことをそのまま口にすること。 裏づけのない言葉が次から次へと出てくるさまをいう。
苦しい時には親を出せ(くるしいときにはおやをだせ)
言い訳に困った時には、親を口実に使うのがいいということ。
芸が身を助けるほどの不仕合わせ(げいがみをたすけるほどのふしあわせ)
暮らし向きのよい時分に覚えた芸で、どうにか口を糊するありさまに落ちぶれること。 「芸は身を助ける」を裏返して、零落の身の上を皮肉った句。
心に笠着て暮らせ(こころにかさきてくらせ)
笠をかぶれば、頭より上のものは目に入らない。そのように、おのれの丈を越えたものへは目を向けず、いま手の内にあるだけで事足りるとして日を送れ。
子供は教え殺せ、馬は飼い殺せ(こどもはおしえころせ、うまはかいころせ)
子どもは徹底的に教育し、馬の調教も手加減するなということ。 「馬は飼い殺せ、子供は教え殺せ」ともいう。
子は一世、夫婦は二世、主従は三世、他人は五世(こはいっせ、ふうふはにせ、しゅじゅうはさんぜ、たにんはごせ)
親子のつながりは、いま生きているこの世で終わる一世のもの、夫婦は死んだあとの世まで続く二世のもの、主人と家来は前の世・この世・のちの世の三世にわたるものだが、他人とのつながりはそれよりもさらに深く、五世にわたるということ。縁などなさそうな人とも実は深い縁があるので、他人を大事にしなさいと、仏教の考えから教えたもの。 「一世」「二世」などの「世」は、人が生まれ変わってすごすと考えられた一つ一つの世のこと。[[親子は一世、夫婦は二世、主従は三世*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/834.php]]の終わりに「他人は五世」を付け足した言い方で、[[親子は一世*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/6381.php]]・[[夫婦は二世*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1347.php]]・[[主従は三世*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/3327.php]]のように、それぞれを一つの句として単独でも用いる。
子は三界の首枷(こはさんがいのくびかせ)
親は子どものことにとらわれて、終生自由を束縛されてしまうということ。「三界」は、過去・現在・未来の三世のこと。「首枷」は、罪人の首にはめて自由を束縛する刑具。子どもは三界にわたって親の自由を拘束する首枷のようなものだということ。
十遍読むより一遍写せ(じっぺんよむよりいっぺんうつせ)
十回読むよりも一回書き写した方が内容をよく理解できるということ。 「十遍読むより一遍写せ」ともいう。
玉の汗(たまのあせ)
玉のように吹き出る大粒の汗。
団子隠そうより跡隠せ(だんごかくそうよりあとかくせ)
事を隠そうとする時、思わぬところから露見するかもしれないから、念には念をいれて注意せよということ。こっそり団子を食べたとき、残りの団子だけ隠しても、串を片付けなければばれてしまうので跡が残らないようにせよということ。
美人局(つつもたせ)
女が男を誘い込み、頃合いを見て夫や情夫が現れて、その男から金品を巻き上げること。 「つつもたせ」はもともと博打場の言葉で、そこから転じてこの手口を指すようになったという。「美人局」の三字は、中国の書物にある語を読みに当てたもの。
