「忘」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 34 件
「忘」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
暑さ忘れれば陰忘れる(あつさわすれればかげわすれる)
苦しい時が過ぎると、助けてくれた人の恩をとかく忘れがちになるということ。 暑さが過ぎると、涼しい物陰のありがたみを忘れてしまうとの意から。
雨晴れて笠を忘れる(あめはれてかさをわすれる)
苦しみが過ぎれば、すぐに受けた恩を忘れてしまうことのたとえ。雨がやむと、役に立った笠のことを忘れることから。
家を徙して妻を忘る(いえをうつしてつまをわする)
度を越した物忘れのたとえ。肝心かなめのことを抜かしてしまう愚かしさにも、この言葉を当てる。 「徙す」は、住まいを別の所へ移すこと。昔の中国で、魯の国の君主である哀公が孔子に「引っ越しの際、自分の妻を置き去りにした男がいると聞くが、本当か」と尋ねた。孔子は「それはまだ軽いほうです。もっとひどいのは自分自身を忘れる者です」と答え、先祖の教えや国のきまりを捨てて酒と遊びにふけり、ついには天下の人々に討たれて国を失った、夏の王の桀を例に挙げたという。 同じ話は『説苑』敬慎にも見える。四字熟語の[[徙宅忘妻*https://yoji.jitenon.jp/yoji/450.html]]・[[徙家忘妻*https://yoji.jitenon.jp/yojic/1018.html]]も、この故事を四字にまとめた言葉。
憤りを発して食を忘る(いきどおりをはっしてしょくをわする)
学びや仕事に心をうばわれ、ご飯を食べることさえ忘れてしまうほど一心に励むこと。 「憤り」はここでは腹を立てることではなく、まだ分からないことを突き止めたいという思いが胸の内で燃え上がることを指す。 『論語』の中で、孔子がみずからの人柄について述べた言葉。葉公という人に孔子の人物をたずねられた弟子の子路が答えに詰まったとき、孔子は「なぜこう言わなかったのか。解けない問いにぶつかれば夢中になって食べるのも忘れ、解ければうれしくて心配ごとも消え、年をとっていくのにも気づかずにいる人だ、と」と子路に語った。 四字熟語の[[発憤忘食*https://yoji.jitenon.jp/yojii/4075.html]]は、この一節から生まれた四字の言葉。近い意味の言葉として[[寝食を忘れる*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/7107.php]]もある。
一朝の怒りにその身を忘る(いっちょうのいかりにそのみをわする)
一時的な怒りのために我を忘れて行動すること。 また、そのような行動は身を滅ぼすことになるという戒め。 「一朝の怒りに一生を過つ」ともいう。
犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ(いぬはみっかかえばさんねんおんをわすれぬ)
犬は三日間餌をやってかわいがれば三年間恩を忘れない。犬でさえそうなのだから、人間は受けた恩を忘れてはいけないという戒めの言葉。
豕を抱いて臭きを忘る(いのこをだいてくさきをわする)
自分の持つ欠点や見苦しさを、当人はなかなか自覚できずにいるとするたとえ。 「豕(いのこ)」はイノシシの古い呼び名で、豚を表すときもある。くさい豕を抱きかかえていると、そのにおいが自分の体に移っても、抱いている当人には感じ取れない。そこからできた言葉。 「抱いて」の読みは「いだいて」でもよく、「豕を抱いて臭きを忘る」という形もある。意味の近いことわざに「[[息の臭きは主知らず*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2053.php]]」がある。
魚は江湖に相忘る(うおはこうこにあいわする)
わずらわしいことに心を乱されず、自然な成り行きに身をゆだねて、のびのびと暮らすさまのたとえ。 「江湖」とは大きい川や湖のこと、「相忘る」はおたがいのことを忘れるという意味。広い川や湖にすむ魚が、仲間のことさえ気にとめずに、ゆったりと泳ぎ回るようすから。 古代中国の思想書『荘子』の大宗師の編に、水がかれると魚は陸の上で寄り集まり、吐く息や口の泡で体をしめらせ合って助け合うが、それよりも広い川や湖でおたがいを忘れて泳いでいるほうがよい、とある。同じ編の「魚は川や湖の中でおたがいを忘れ、人は道の教えの中でおたがいを忘れる」という言葉に基づく。
魚を得て筌を忘る(うおをえてうえをわする)
望みのものが手に入れば、そこまで支えていた手立ては頭から消える。 助けを借りて事を成した相手についても、同じことが起こる。 「筌」は川に仕掛けて魚を捕らえる編み具で、「せん」「うけ」とも読む。
歌物語の歌忘れ(うたものがたりのうたわすれ)
いちばん大事なことがぬけていることのたとえ。 「歌物語」は和歌にまつわる話。 歌物語を話しながら、歌の文句を忘れてしまうとの意から。
老いたる馬は道を忘れず(おいたるうまはみちをわすれず)
経験を積んだ人は方針を誤らないというたとえ。 老馬はいろいろな道を知っており、迷うことがないということから。 中国、斉の桓公が山中で道に迷った時に、老馬の歩みに従って無事に帰り着いたという故事から。 同じ故事から出た漢語の言い方に「老馬の智」がある。
貸した物は忘れぬが借りたものは忘れる(かしたものはわすれぬがかりたものはわすれる)
人に貸したものは忘れないが、人から借りたものはつい忘れてしまうということ。 人間は身勝手なものだというたとえ。
冠履を貴んで頭足を忘る(かんりをたっとんでとうそくをわする)
肝心なおおもとを置き去りにして、そこに添えられたにすぎない小さなことばかりを大切に扱うたとえ。 「冠」は頭にのせるかんむり、「履」は足にはくくつのこと。かんむりもくつも、身につける頭や足があるからこそ役に立つ。それなのに、かぶり物とはき物ばかりを大事にして、かんじんの頭と足には気を配らない。そんなちぐはぐなふるまいを、たとえに取っている。 この句は、中国の古典である『淮南子』泰族訓の一節から出た。政治の土台は思いやりと正しい道(仁義)であり、法はそれを助けるために生まれたものだ。にもかかわらず法ばかりを重く見て正しい道を捨てるのは、このかんむりとくつの話と同じだ、と説く。 四字熟語でいえば「[[本末転倒*https://yoji.jitenon.jp/yojic/1344]]」に近い。
茸採った山は忘れられない(きのことったやまはわすれられない)
一度うまい思いをした場所へ、人は何度でも足を向けたくなるということ。 茸がよく採れた山の味を覚えた者は、次の年もまたその山へ入るものだから。
故郷忘じ難し(こきょうぼうじがたし)
生まれ故郷はいつまでもなつかしく、忘れがたいものであるということ。
乞食を三日すれば忘れられぬ(こじきをみっかすればわすれられぬ)
楽なほうへ傾いた暮らしは、ほんの数日で身に馴染んでしまう。骨を折らずに済む日々をいちど知ると、もとの働きぶりには戻りにくい。
初心忘るべからず(しょしんわするべからず)
ものごとを始めた時の謙虚で真剣な気持ちを忘れてはならないということ。
寝食を忘れる(しんしょくをわすれる)
寝ることや食べることを忘れるほどに熱心に取り組むこと。
雀百まで踊り忘れず(すずめひゃくまでおどりわすれず)
小さい頃に身についた習慣は、年をとっても改まりにくいというたとえ。 雀は死ぬまで、踊るように飛び跳ねて歩くとの意から。
前後を忘れる(ぜんごをわすれる)
興奮したり動揺したりして、まともな判断ができなくなること。 または、酒に酔って意識がはっきりしなくなること。
治に居て乱を忘れず(ちにいてらんをわすれず)
世の中が平穏で安泰なときにも油断せず、いつ訪れるかしれない危難に備えておくべきだということ。安らかな状況にあってこそ、かえって危うい事態を心に留めておくべきだとする戒め。 「安きに危うきを忘れず」ともいう。
天災は忘れた頃にやってくる(てんさいはわすれたころにやってくる)
怖さの記憶が薄れたころに、次のひとつがやってくる。 備えを解く時期と、災いの巡ってくる時期は重なりやすい。 物理学者の寺田寅彦に帰せられる言葉。 「災害は忘れた頃にやってくる」ともいう。
年寄りの物忘れ、若者の無分別(としよりのものわすれ、わかもののむふんべつ)
年寄りは物忘れをしがちで、若者は思慮が足りないふるまいをしがちだということ。それぞれの著しい欠点をあげた言葉。
猫は三年の恩を三日で忘れる(ねこはさんねんのおんをみっかでわすれる)
猫は三年飼われても、飼い主への恩を三日で忘れてしまうくらい薄情な動物だということ。
鼠壁を忘る壁鼠を忘れず(ねずみかべをわするかべねずみをわすれず)
傷つけた側はすぐ忘れるが、傷つけられた側は恨みをいつまでも忘れないというたとえ。壁をかじった鼠はすぐにそのことを忘れるが、壁にはいつまでもその傷が残るということから。
喉元過ぎれば熱さを忘れる(のどもとすぎればあつさをわすれる)
苦しいことも過ぎてしまえば忘れてしまうことのたとえ。また、苦しい時に受けた恩義も楽になったら忘れてしまうことのたとえ。 熱いものを飲んでも、のどを過ぎれば口に入れた時の熱さを忘れてしまうことから。
早合点の早忘れ(はやがてんのはやわすれ)
飲み込みの早い人は忘れるのも早いので当てにならないということ。 「早覚えの早忘れ」「早飲み込みの早忘れ」ともいう。
忘形の交わり(ぼうけいのまじわり)
容貌や地位などにとらわれない親しい交わり。
忘年の交わり(ぼうねんのまじわり)
何歳離れているかを数えずに結ぶ付き合い。上下の隔てを置かず、気の合うことだけを頼りに向き合う間柄をいう。
忘憂の物(ぼうゆうのもの)
酒のこと。飲むと心配ごとを忘れられる物という意味で、中国の詩人陶淵明が詩「飲酒」の中で酒をこう呼んだことから。
