「法」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 37 件
「法」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
悪法もまた法なり(あくほうもまたほうなり)
たとえ悪い法律であっても、廃止されるまではその法に従わなければならないということ。
置き酌失礼、持たぬが不調法(おきじゃくしつれい、もたぬがぶちょうほう)
膳に置いたままの杯へ酒を注ぐのは礼を欠くが、といって杯を手に取らずにいる側も心得が足りない、ということ。 「置き酌」は杯を置かせたまま注ぐこと、「不調法」は作法を知らないこと。注ぐ側と受ける側のどちらにも間の取り方があるのを言い立てた文句。
聞くは法楽(きくはほうらく)
話を聞く分には銭がかからないのだから、まあ聞いていけと勧めるときの言葉。 法楽はもと法会で神仏を慰める読経や音楽のことで、勧進の場では誰でも聞けたところから、ただで得られる楽しみの意になった。
機に因りて法を説け(きによりてほうをとけ)
仏の教えを説くときには、機会に応じた適切な方法で説法しなければならないということ。転じて、臨機応変に対応せよということ。
外法成就の者は子孫に伝わらず(げほうじょうじゅのものはしそんにつたわらず)
まっとうでない術に頼って身代を築いた者は、それを次の代へ渡せない。道を外れた力で寄せ集めたものは、当人が去れば跡形もなくなる。「外法」は、仏の教えの外にある術、まじないや呪いのたぐいをいう。
外法の下り坂(げほうのくだりざか)
まじないの効き目が切れたとたん、それに支えられていたものは足元から抜ける。筋の通らぬ手立てで得た富や地位は、一つつまずけば止めどなく転がり落ち、押し返す手だてがない。
弘法にも筆の誤り(こうぼうにもふでのあやまり)
いかにすぐれた人物でも、時には失敗することがあるというたとえ。弘法大師のような書の名人でも、時には書き損じることもあるということから。
弘法筆を択ばず(こうぼうふでをえらばず)
名人・達人と呼ばれる人は、どんな道具を使っても良い成果をあげるというたとえ。書の名人の弘法大師は、筆のよしあしを選ばず常にりっぱな字を書いたことから。
蜆千より法螺貝一つ(しじみせんよりほらがいひとつ)
小さくて用をなさないものをいくつ集めても、役に立つものが一つある方がまさるということ。蜆の貝殻を千個並べても、法螺貝ひとつには及ばない意から。
士族の商法(しぞくのしょうほう)
急に不慣れなことを始めて失敗することのたとえ。明治初期、士族が生計を立てるため慣れない商売に手を出して失敗したことから。
釈迦に説法、孔子に悟道(しゃかにせっぽう、こうしにごどう)
その道を知り尽くしている人に物事を教える愚かさのたとえ。または、必要のないことを長々しく繰り返し言うこと。 仏教の開祖である釈迦に仏の教えを説いたり、儒教の開祖である孔子に人の道を説いたりするという意味から。 単に「釈迦に説法」ともいう。
春秋の筆法(しゅんじゅうのひっぽう)
善悪の判断を厳しく下す書きぶり。また、遠い原因をあたかもじかの原因であるかのように結びつけて述べる言い方。 「春秋」は孔子が手を入れたと伝える魯の年代記で、一字の選び方に褒貶を込める書き方をしたところからいう。
正法に奇特なし(しょうぼうにきどくなし)
正しい宗教には不思議な利益(りやく)などは存在せずに、不思議な恩恵があるとすればそれは邪教であるということ。 「正法」は「しょうほう」とも読む。 「正法に不思議なし」ともいう。
咳払いも男の法(せきばらいもおとこのほう)
ひとつ喉を鳴らして、そこに自分がいることを座に知らせる。芝居がかった仕草も、男が人中で身を立てていくうえでは欠かせない振る舞いとされた。
世帯仏法腹念仏(せたいぶっぽうはらねんぶつ)
ありがたい説法も念仏も、突き詰めれば日々の糧を得るための業だということ。 信心より先に暮らしがあるという、皮肉を込めた見方。
談義説法は出家の生計(だんぎせっぽうはしゅっけのせいけい)
ありがたい談義や説法も、結局は僧侶が生計を立てる手段でしかないということ。 「生計」は「身過ぎ」ともいう。
だんだん良くなる法華の太鼓(だんだんよくなるほっけのたいこ)
先へ進むほど調子が上がっていく。 打ち続けるうちに冴えてくる題目の太鼓に、「よくなる」を「よく鳴る」と掛けた地口。
所の法には矢は立たぬ(ところのほうにはやはたたぬ)
その土地の定めは、たとえ不合理と思っても、そこにいるかぎりは従うしかないということ。
道理を破る法はあれども法を破る道理なし(どうりをやぶるほうはあれどもほうをやぶるどうりなし)
いかに正しい道理であっても法には勝てないということ。
生兵法は大怪我の基(なまびょうほうはおおけがのもと)
中途半端な知識や技術で物事を行うことはきわめて危険であるというたとえ。 「生兵法」は、未熟な兵法や武術のこと。また、十分身についていない知識や技術のこと。 中途半端に身につけた兵法や武術は、頼りになるどころか、かえって大けがの原因になるとの意から。 「生兵法は大疵(おおきず)の基」ともいう。 「基」は「元」とも書く。
女房、鉄砲、仏法(にょうぼう、てっぽう、ぶっぽう)
女性は雰囲気を和らげ、鉄砲の力で治安を保ち、仏法で人の心を正しく導く。この三つの力で世の中がうまく治まっているということ。
必要の前に法律なし(ひつようのまえにほうりつなし)
必要に迫られた緊急事態の時は、法律など気にしていられないということ。
人の牛蒡で法事する(ひとのごぼうでほうじする)
人の物を利用して自分の義理を果たすことのたとえ。 他人が持ってきた牛蒡を使って精進料理を作り、法事のもてなしをすることから。
人を見て法を説け(ひとをみてほうをとけ)
相手をよく見きわめて、それにふさわしい方法を取れということ。 相手の人柄や能力を見て、その人に適した仏法を説けとの意から。 「人」は「にん」ともいう。
百日の説法、屁一つ(ひゃくにちのせっぽう、へひとつ)
長い間苦労してきたことが、わずかな失敗によって無駄になってしまうことのたとえ。 百日間も説いてきた説法も、お坊さんのおなら一つでありがたみがなくなってしまうとの意から。
仏法あれば世法あり(ぶっぽうあればせほうあり)
一方があれば、それと向かい合うもう一方も必ずあるということ。 悟りを説く仏の教えの外に、俗世を動かしている世間の道理もまた別にあることによる。
法あっての寺寺あっての法(ほうあってのてらてらあってのほう)
仏法があってこそ寺があり、寺があってこそ仏法も保たれるということ。持ちつ持たれつの関係にあることのたとえ。
法三章(ほうさんしょう)
簡単な法律のこと。また、法律を簡略化すること。漢の高祖が厳しい法律を廃止し、殺人・傷害・窃盗だけを処罰するとした三章からなる簡略な法律を定めたという故事から。
法師が憎ければ袈裟まで憎し(ほうしがにくければけさまでにくし)
ある相手を疎ましく思い始めると、その人の持ち物や身内まで嫌なものに見えてくる。当人と切り離せるはずのものにまで、悪感情が及んでいく。
法師の戦話(ほうしのいくさばなし)
不似合いなことのたとえ。
