日月に私照無し
ことわざ「日月に私照無し」の意味・読み方・異形などを解説します。
日月に私照無し
じつげつにししょうなし
| 言葉 | 日月に私照無し |
|---|---|
| 読み方 | じつげつにししょうなし |
| 意味 | 相手を選んでひいきすることなく、だれにでも等しく恵みを行き渡らせるたとえ。
空の太陽や月は、気に入った所だけを照らすようなことはせず、どこにでも同じように光を届けるということから。「日月(じつげつ)」は太陽と月のこと。「私照」は、自分の都合で一部だけを照らすこと。 『礼記』の「孔子間居」の章で、昔の三人のすぐれた王の徳について弟子の子夏が質問し、孔子が答えの中で挙げた言葉から出たもの。天は分け隔てなくすべてを覆い、地は分け隔てなくすべてを載せ、太陽と月は分け隔てなくすべてを照らす。孔子はこの三つを「三無私」と呼び、王たちはこれを手本にして天下のために力を尽くしたと語った。『礼記』は、古代中国で重んじられた礼儀やしきたりの教えを書き記した本。 |
| 例文 | 新しい市長は日月に私照無しを心がけ、自分を支持した地区だけでなく、市内のどの地区にも同じように予算を配った。 |
| 出典 | 『礼記』孔子間居 |
| 異形 | 日月は私照無し(じつげつはししょうなし) |
| 場面 | 思いやり / 公平 |
| 使用語彙 | 無し |
| 使用漢字 | 日 / 月 / 私 / 照 / 無 |
「日」を含むことわざ
- 秋風と夫婦喧嘩は日が入りゃ止む(あきかぜとふうふげんかはひがいりゃやむ)
- 秋の入り日と年寄りはだんだん落ち目が早くなる(あきのいりひととしよりはだんだんおちめがはやくなる)
- 秋の日と娘の子はくれぬようでくれる(あきのひとむすめのこはくれぬようでくれる)
- 秋の日は釣瓶落とし(あきのひはつるべおとし)
- 秋日和半作(あきびよりはんさく)
- 欠伸を一緒にすれば三日従兄弟(あくびをいっしょにすればみっかいとこ)
- 明けた日は暮れる(あけたひはくれる)
- 明後日紺屋に今晩鍛冶屋(あさってこうやにこんばんかじや)
- 明後日の方(あさってのほう)
- 朝日が西から出る(あさひがにしからでる)
「月」を含むことわざ
- 明るけりゃ月夜だと思う(あかるけりゃつきよだとおもう)
- 後から剝げる正月言葉(あとからはげるしょうがつことば)
- 雨夜の月(あまよのつき)
- 新たなる月(あらたなるつき)
- Rのない月の牡蠣はよくない(あーるのないつきのかきはよくない)
- 一竿の風月(いっかんのふうげつ)
- いつも月夜に米の飯(いつもつきよにこめのめし)
- 英雄、閑日月あり(えいゆう、かんじつげつあり)
- 江戸っ子は五月の鯉の吹き流し(えどっこはさつきのこいのふきながし)
- 猿猴が月を取る(えんこうがつきをとる)
「私」を含むことわざ
- 私淑(ししゅく)
- 私腹を肥やす(しふくをこやす)
- 日月に私照無し(じつげつにししょうなし)
- 私としたことが(わたしとしたことが)
「照」を含むことわざ
- 秋の夕焼け鎌を研げ、秋の朝照り隣へ行くな(あきのゆうやけかまをとげ、あきのあさでりとなりへいくな)
- 片山曇れば片山日照る(かたやまくもればかたやまひてる)
- 肝胆相照らす(かんたんあいてらす)
- ここばかりに日は照らぬ(ここばかりにひはてらぬ)
- 破鏡再び照らさず(はきょうふたたびてらさず)
- 春小雨夏夕立に秋日照り(はるこさめなつゆうだちにあきひでり)
- 日照りに不作なし(ひでりにふさくなし)
- 日照りの高木履(ひでりのたかぼくり)
- 陽の照っているうちに干し草を作れ(ひのてっているうちにほしくさをつくれ)
- 法に照らす(ほうにてらす)
「無」を含むことわざ
- 味無い物の煮え太り(あじないもののにえぶとり)
- 有って地獄、無くて極楽(あってじごく、なくてごくらく)
- 有っても苦労、無くても苦労(あってもくろう、なくてもくろう)
- 網無くして淵にのぞむな(あみなくしてふちにのぞむな)
- 怪しきを見て怪しまざれば怪しき事無し(あやしきをみてあやしまざればあやしきことなし)
- 有りそうで無いのが金、無さそうで有るのが借金(ありそうでないのがかね、なさそうであるのがしゃっきん)
- 有るか無きか(あるかなきか)
- 有るは借銭、無いは金(あるはしゃくせん、ないはかね)
- 言う者罪無くして聞く者戒しむるに足る(いうものつみなくしてきくものいましむるにたる)
- 家に無くてならぬものは上がり框と女房(いえになくてならぬものはあがりがまちとにょうぼう)
