「思いやり」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 74 件
「思いやり」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全74件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
愛出ずる者は愛返り、福往く者は福来る(あいいずるものはあいかえり、ふくゆくものはふくきたる)
他人に愛情を注ぐ者には、その愛が巡り巡って自分に返り、他人に幸福を与える者には、やがて自らも幸福が訪れるということ。
悪獣もなおその類を思う(あくじゅうもなおそのるいをおもう)
猛獣でさえ仲間を思いやる気持ちを持っている。まして人間ならなおさらその気持ちがあるはず、という意。「悪獣」は猛獣のこと。
与えるは受けるより幸いなり(あたえるはうけるよりさいわいなり)
人に対して恩恵を与えることが出来る立場や境遇にあることは、恩恵を受ける立場よりも幸福であるということ。
仇を恩で報ずる(あだをおんでほうずる)
憎むべき相手を憎まずに、かえってその人に情けをかけること。
医は仁術(いはじんじゅつ)
医術は病気を治すことによって、相手に仁徳を施す術でもあるということ。
今の情けは後の仇(いまのなさけはのちのあだ)
一時の安易な同情による手助けは、かえって相手のためにならず、あとになって害になることがあるということ。
意を汲む(いをくむ)
相手の意向や事情を好意的に推察する。
怨みに報ゆるに徳を以てす(うらみにむくゆるにとくをもってす)
投げつけられたものを、そっくり投げ返さない。むごい扱いをした者にこそ厚く遇し、争いの根を残さずにおく。
鬼の目にも涙(おにのめにもなみだ)
鬼のように無慈悲な者でも、時には情け深い心を起こし、目に涙をうかべることがあるというたとえ。
己の欲する所を人に施せ(おのれのほっするところをひとにほどこせ)
人からこうしてほしいと望むことを、そのまま人に向かって行いなさいという教え。 自分の望みを物差しにして相手への振る舞いを決めよ、と説いたもの。裏返して「己の欲せざる所は人に施すこと勿かれ」と戒める言い方もある。
己の欲せざる所は人に施すこと勿れ(おのれのほっせざるところはひとにほどこすことなかれ)
自分が他人からされたくないと思うことは、決して他人にしてはならないということ。
恩の腹は切らねど情けの腹は切る(おんのはらはきらねどなさけのはらはきる)
受けた恩に報いるために死ぬ人はいないが、義理人情のためなら死ぬ人はいるということ。
恩を以て怨みに報ず(おんをもってうらみにほうず)
受けた仕打ちを、それを上回る親切で帳消しにする。相手の側に負い目を残す形で決まりをつける。
陰になり日向になり(かげになりひなたになり)
あるときは表立って、あるときは人知れず、誰かに尽くしたり援助したりする様子。
気は心(きはこころ)
少ない量でも真心をこめているということ。贈り物をする時に使う言葉。
気持ちを汲む(きもちをくむ)
相手の意向や事情を推察する。
窮鳥懐に入れば猟師も殺さず(きゅうちょうふところにいればりょうしもころさず)
追いつめた側であっても、自分の胸元へ飛び込んできた相手には手を下せない。 そこまで来た者を突き放すのは、人として通らない。 「飛ぶ鳥懐に入る時は狩人も助く」「窮鳥懐に入る」ともいう。
食うた餅より心持ち(くうたもちよりこころもち)
ごちそうしてもらったり、贈り物をもらったりするのもうれしいが、それをしてくれた相手の心持ちがもっとうれしいということ。「餅」と「持ち」をかけたしゃれ。
君子は庖厨を遠ざく(くんしはほうちゅうをとおざく)
君子は憐れみ深いので、動物が捌かれる姿が見えたり動物の悲鳴が聞こえたりする厨房に近づくことは忍び難いということ。
心がこもる(こころがこもる)
その人の誠意が十分に満ちていること。
志は髪の筋(こころざしはかみのすじ)
どんなものでも真心をこめて贈れば、相手は誠意を汲みとってくれるものであるということ。
志は木の葉に包め(こころざしはこのはにつつめ)
粗末な包みしか用意できなくても、贈るのをためらわなくてよい。中身の値より、手を動かしたことのほうが物を言う。
心を鬼にする(こころをおににする)
相手のためにわざと厳しい態度をとること。
心を汲む(こころをくむ)
相手の思っていることを推察すること。
子供叱るな来た道だもの年寄り笑うな行く道だもの(こどもしかるなきたみちだものとしよりわらうなゆくみちだもの)
子どものいたずらなどは誰しも身に覚えがあるので叱るべきではないし、自分もいずれ年をとるので老人を笑いものにすべきではないということ。
米の飯より思し召し(こめのめしよりおぼしめし)
腹を満たす馳走を出されるより、そうしてやりたいと思ってくれた心のほうが身にしみる、ということ。 「飯」と「召し」に同じ音を置いて調子をそろえた言い方で、逆さにした「思し召しより米の飯」とは対をなす。
死に水を取る(しにみずをとる)
死ぬまで世話をすること。死ぬ間際の人の唇を水で濡らすということから。
薪水の労(しんすいのろう)
炊事にまつわる骨折り。転じて、他人のために身を粉にして働くこと。 まきを拾い集め、水をくんで運ぶという、暮らしを支える手仕事の辛苦をいったもの。
実がある(じつがある)
誠意や思いやりが感じられること。
情が深い(じょうがふかい)
他人を思いやる心が強いこと。情け深いこと。
情に引かされる(じょうにひかされる)
相手に同情してしまい、厳しい決断を下せないこと。
情に絆される(じょうにほだされる)
人情に訴えられ、意思や考えなどから外れた行動をしてしまうこと。
情に脆い(じょうにもろい)
人情に厚く、共感しやすい性質。
仁者は敵なし(じんしゃはてきなし)
情けを広く行き渡らせる人には、敵に回る者が現れないということ。分け隔てなく恵みを施すので、恨みを抱く相手がそもそも生じないからだという。
宋襄の仁(そうじょうのじん)
無用の情けをかけて、ひどい目に遭うことのたとえ。中国の春秋時代、臣下が先制攻撃を仕掛けるように進言したが襄公は「人の弱みにつけ込み攻めるのはすべきことではない」と敵の陣容が整うまで攻撃せず、それが原因で大敗したという故事から。
惻隠の情(そくいんのじょう)
かわいそうに思う気持ち。同情する気持ち。「惻隠」は、相手を哀れむこと。
頼むと頼まれては犬も木へ登る(たのむとたのまれてはいぬもきへのぼる)
人に懇願されると、出来るはずのないことまで、なんとかやってみようという気になるというたとえ。 折り入ってお願いされると、木登りができない犬も木に登ってみようという気持ちになるとの意から。
頼めば越後から米搗きにも来る(たのめばえちごからこめつきにもくる)
真心をつくして頼めば、人は嫌とは言えないもので、難しいことであっても承知してくれるというたとえ。 「越後」は、現在の新潟県。ここでは遠い場所のたとえ。 心から頼めば、遠い場所からでも米搗きに来てくれるとの意から。
旅は道連れ、世は情け(たびはみちづれ、よはなさけ)
旅をする時は同行者がいれば心強く、同様に世の中を渡るにはお互い助け合っていくのが大切だということ。
血が通う(ちがかよう)
事務的、形式的ではなく、人間らしい思いやりや優しさがあること。
血の通った(ちのかよった)
事務的、形式的ではなく、人間らしさがあること。
長者の万灯より貧者の一灯(ちょうじゃのまんとうよりひんじゃのいっとう)
数をそろえて差し出したものより、乏しい中から割いた一つのほうが重い。 出した者にとっての痛みの分だけ、受け取る側に届く。 釈迦を迎えた阿闍世王が帰り道に灯火を並べさせたなか、居合わせた貧しい老婆がやりくりして灯した一本だけが、朝まで消えずに残っていたという。 「貧者の一灯」ともいう。
杖の下に回る犬は打てぬ(つえのしたにまわるいぬはうてぬ)
自分になつく者に対しては、情がわいてむごい仕打ちができないということ。 追い立てるつもりで杖を振り上げても、その真下へ尾を振ってすり寄る犬には、どうにも杖を下ろせない意から。
敵に塩を送る(てきにしおをおくる)
敵対する相手の弱みにつけこまず、逆に援助の手を差し伸べることのたとえ。 戦国時代、越後の上杉謙信が敵対する甲斐の武田信玄が塩不足で苦しんでいるのを知り、塩を送らせたという故事から。
手心を加える(てごころをくわえる)
相手や事情などを考慮に入れて寛大な処置をすること。手加減をすること。
手を差し伸べる(てをさしのべる)
困っている人を進んで助けること。
手を緩める(てをゆるめる)
それまでの厳しいやり方や態度などを和らげること。
徳を以て怨みに報ゆ(とくをもってうらみにむくゆ)
敵意を向けてくる者にも、こちらは相手の益になる振る舞いで応じる。打ち返す手を出さずに受け止め、いがみ合いをそこで終わらせる。
同病相憐れむ(どうびょうあいあわれむ)
同じ苦しみを負う者どうしは、言わずとも通じ合い、慰め合うということ。 同じ病に臥せる者は、その辛さを身をもって知っているところからいう。
情けに刃向かう刃なし(なさけにはむかうやいばなし)
情けをかけてくれた人に、誰も刃向かうことは出来ないということ。
情けは質に置かれず(なさけはしちにおかれず)
情けをかけてもらっても、気持ちだけでは何の足しにもならないということ。 情けは質に入れて換金できないので、実際の生活の役には立たないとの意から。
情けは上下によるべからず(なさけはじょうげによるべからず)
身分や貧富、地位に関わらず、誰に対しても平等に情けをかけるべきだという教え。 また、男女の愛情についても、地位や身分の違いに左右されるべきではないとの意味でも用いる。 人間関係において分け隔てなく接することの大切さを説いた言葉。
情けは人の為ならず(なさけはひとのためならず)
他人に親切にすれば、巡り巡って自分に返ってくるということ。
情けを掛ける(なさけをかける)
相手に対して哀れみの気持ちをもって、親切に対応すること。
情けを知る(なさけをしる)
人情とは何かを理解していることのたとえ。
汝の敵を愛せよ(なんじのてきをあいせよ)
自分に悪意を持ち、迫害してくる相手にこそ、慈愛の心を持って接するのが真の愛だということ。
汝の隣人を愛せよ(なんじのりんじんをあいせよ)
自分自身のことだけ考えずに、まわりの人々にも愛情を持って接しなさいということ。
話が分かる(はなしがわかる)
相手の気持ちや立場などをよく理解できること。
人に施しては慎みて念うこと勿れ(ひとにほどこしてはつつしみておもうことなかれ)
手を貸した側は、貸したことを胸に留めずにおく。 覚えているかぎり、どこかで相手に返礼を求める気持ちがにじんでしまう。
人の事は我の事(ひとのことはわれのこと)
人ごとと思っている他人の不幸も、いつか自分の身におこらないとも限らないということ。
人を思うは身を思う、人を憎むは身を憎む(ひとをおもうはみをおもう、ひとをにくむはみをにくむ)
人に情けをかけることは自分のためになることであり、人を苦しめることはやがて自分の苦しみになるということ。
武士の情け(ぶしのなさけ)
武士が自分より弱い者に与える恩恵のこと。転じて、強い者が弱い者をあわれんで思いやる気持ちのたとえ。
武士は相身互い(ぶしはあいみたがい)
武士同士は同じ立場にあるのだから、互いに理解し合って助け合うべきだということ。転じて、同じ立場にある者は、思いやりをもって互いに助け合うべきだということ。
味噌に入れた塩は他所へは行かぬ(みそにいれたしおはよそへはいかぬ)
他人に尽くすことは、一見無駄のように見えても、結局は自分のためになるということ。 味噌に入れた塩は、混じって見えなくなるが、味噌の味を調えるための役に立っているとの意から。
身につまされる(みにつまされる)
他の人の不幸などが他人事とは思えず、自分のことのように感じられること。
身になる(みになる)
相手の立場になってものごとを考えること。 また、知識などが身について、その人のためになること。身体のためになること。
見るに忍びない(みるにしのびない)
あまりにも気の毒で、見ているのがつらい様子。
見るに見かねる(みるにみかねる)
目にした有様を捨て置けなくなり、つい手を貸したり口を出したりしてしまうこと。
虫も殺さぬ(むしもころさぬ)
殺生などできず、やさしくておとなしい人柄であるようす。
面倒を見る(めんどうをみる)
人の世話などをすること。
蠟燭は身を減らして人を照らす(ろうそくはみをへらしてひとをてらす)
わが身を削って、その分だけ周りを明るくすること。細っていくのは自分のほうで、明かりに与るのはいつも別の誰かである。
我が口に甘ければ人の口にも甘し(わがくちにあまければひとのくちにもあまし)
自分の好むことは他人もまた好むものである。 自分がよいと思うことは人にも施すべきであるということ。
我が身を抓って人の痛さを知れ(わがみをつねってひとのいたさをしれ)
自分の身に引き比べて、人の苦しみや痛みを思いやることが大切だということ。
渡る世間に鬼はない(わたるせけんにおにはない)
よそはみな冷たいと決めてかかるには及ばない。行き詰まったところで思いがけない手が伸びてくるのが、この世の常でもある。
