「うわべを繕う」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 60 件
「うわべを繕う」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全60件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
秋葉山から火事(あきばさんからかじ)
人を戒める指導的立場の者が、自ら過ちを犯してしまうたとえ。「秋葉山」は火災除けの神を祭る静岡県の秋葉神社のこと。
悪女の賢者ぶり(あくじょのけんじゃぶり)
性格の悪い女が、表面上は賢い女や善良な女を装って振る舞うこと。また、そのように賢女や貞女になりすます偽善的な態度のこと。
後から剝げる正月言葉(あとからはげるしょうがつことば)
上品ぶった言葉や、うわべだけ飾った体裁だけのお世辞は、すぐに化けの皮がはがれるということ。「正月言葉」は正月に使う体裁ぶった言葉の意で、上品ぶった使いなれない言葉のこと。
案じてたもるより銭たもれ(あんじてたもるよりぜにたもれ)
心配して下さるより銭を下さいということ。口だけで心配してくれても、実質が伴わなければ役に立たない。心配するより銭をくれ、ということをおもしろい語呂合わせで言った言葉。「たもる」は「賜わる」が転じた言葉。
医者の不養生(いしゃのふようじょう)
口では立派なことを言いながら、自分では実行していないことのたとえ。患者に養生を勧める医者が自分の健康に注意しない意から。
溢美の言(いつびのげん)
ほめ過ぎのことば。 「溢美」は、ほめすぎること。
いやいや三杯(いやいやさんばい)
口先だけの遠慮のこと。 口では遠慮して、実際に勧められれば何杯でも飲むことから。 「いやいや三杯十三杯」ともいう。
厭じゃ厭じゃは女の癖(いやじゃいやじゃはおんなのくせ)
女というものは男にくどかれると、内心はうれしくても、口では嫌だ嫌だと言うものだということ。
厭と頭を縦に振る(いやとかぶりをたてにふる)
うわべの態度と本心とがまるで違うことのたとえ。 口ではいやだと言いながら、首を縦にふって承諾することから。
えせ者の空笑い(えせもののそらわらい)
腹に下心を抱えた者が、それを表に出すまいとして、少しもおかしくないのに愛想笑いを浮かべること。 「えせ者」は見せかけばかりで中身のない人物。「似非者」とも書く。
お愛想を言う(おあいそをいう)
相手の機嫌をとるために、お世辞を言うこと。 「お愛想」は「おあいそう」ともいう。
狼に衣(おおかみにころも)
まるで僧衣をまとった狼のように、慈悲深い善人のようにみせかけて内面は恐ろしいことのたとえ。 「狼が衣を着たよう」ともいう。
置かぬ棚を探す(おかぬたなをさがす)
体裁を取り繕うため、あるはずのない物を探すたとえ。
お上手を言う(おじょうずをいう)
相手の機嫌をとるために、心にもないことを言うこと。
お題目を唱える(おだいもくをとなえる)
口先だけで、もっともらしいことを言うこと。
鬼に衣(おににころも)
不必要なこと。また、不釣り合いなことのたとえ。 鬼はもともと裸で衣服を必要としないことから。 また、慈悲深い善人のようにみせかけて内面は恐ろしいこと。「狼に衣」ともいう。
鬼の念仏(おにのねんぶつ)
鬼のように冷酷な心を持った者が、うわべだけ情け深い様子を見せること。
思し召しより米の飯(おぼしめしよりこめのめし)
思いやりのある言葉よりも実際に役に立つものをもらうほうが有り難いということ。 口先だけの好意より、腹の足しになる米の飯をもらうほうが有り難いとの意から。 「召し」と「飯」の語呂合わせの言葉。
陰で舌を出す(かげでしたをだす)
その人の前ではお世辞などを言って機嫌をとり、いない所では悪口をいったり馬鹿にしたりすること。
陰日向がある(かげひなたがある)
人が見ているところとそうでないところとで、言動が変わること。
空世辞は馬鹿を嬉しがらせる(からせじはばかをうれしがらせる)
愚か者は、口先だけのお世辞に喜ぶということ。
借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔(かりるときのじぞうがお、かえすときのえんまがお)
お金を借りる時は地蔵菩薩のようにやさしい顔をするが、返す時は閻魔大王のような不機嫌な顔をするということ。
餓鬼の断食(がきのだんじき)
あたりまえのことなのに、特別なことをするかのように言い、うわべを繕うことのたとえ。「餓鬼」は餓鬼道におち飢えと渇きに苦しんでいる亡者。飢えのために断食状態にある餓鬼が断食をしていると言い立てる意から。
口先の裃(くちさきのかみしも)
言葉はていねいで相手をうやまっているように見えるが、実はうわべだけで誠意がないこと。
口では大阪の城も建つ(くちではおおさかのしろもたつ)
口で言うだけなら、どんな立派なことでも言えるというたとえ。
口に蜜あり、腹に剣あり(くちにみつあり、はらにけんあり)
愛想のよい受け答えの裏で、相手を仕留める段取りを進めている。 笑顔のまま近づいて足をすくう型の油断ならなさを言い、唐の宰相李林甫を評した言葉に始まる。
口は口、心は心(くちはくち、こころはこころ)
言うことと、心の中で思っていることとが一致しないこと。
口は重宝(くちはちょうほう)
口は便利なもので、口先だけならなんとでも言えるということ。
口弁慶(くちべんけい)
口先だけで、行動が伴わない人のたとえ。
敬して遠ざく(けいしてとおざく)
うわべは敬うふりをして、内心はうとんじて近づかないこと。
外面似菩薩、内心如夜叉(げめんじぼさつ、ないしんにょやしゃ)
外面は菩薩のようにやさしく美しいが、内面は夜叉のように邪悪で恐ろしい人のこと。 仏教で、女性が修行の妨げになることを戒めていった言葉。 「外面如菩薩、内心如夜叉」ともいう。
巧言令色、鮮なし仁(こうげんれいしょく、すくなしじん)
口先だけで上手を言い、表情をとりつくろって人に気に入られようとする者には、最高の徳である仁の心が欠けているということ。 「巧言」は巧みな言葉遣い、「令色」は顔色をとりつくろうこと。 「鮮なし」は「少なし」と同じ意味。
口頭の交わり(こうとうのまじわり)
口先だけの交際。うわべだけの付き合い。
心にもない(こころにもない)
口にした言葉と腹の中とが、まるで別であるさま。
言葉を飾る(ことばをかざる)
美しいことばで巧みに言い表すこと。また、きれいごとを言うこと。
死にたいと麦飯食いたいほど大きな嘘はない(しにたいとむぎめしくいたいほどおおきなうそはない)
人間は時には心にもないことを言うということ。死にたいと言っても本当に死ぬ気のある者はいないし、麦飯を食べたいと言っても本当は粗食を好むわけではないということ。
死ぬ死ぬと言う者に死んだ例なし(しぬしぬというものにしんだためしなし)
死ぬ死ぬと言う者にかぎって、本当に自殺する者はいないということ。
笑中に刀あり(しょうちゅうにとうあり)
顔では笑いかけながら、腹の底では相手を害そうと狙っていること。唐の李義府が柔和な物腰の裏で政敵を次々と葬り、その笑いの中には刀があると評された故事から。
親は泣き寄り、他人は食い寄り(しんはなきより、たにんはくいより)
同じ座に顔をそろえていても、来ている理由はまるで違う。 血のつながった側は胸を痛めて、そうでない側は座敷の支度のほうを見ている。 また、いざというとき本気で動くのは身内のほうで、他人の情けは表面で止まる。 単に「他人は食い寄り」ともいう。
船頭のそら急ぎ(せんどうのそらいそぎ)
本当は急いでいないのに、急いでいるふりをすることのたとえ。船頭が「船が出るぞ」と言って客を船に乗り込ませながら、なかなか船を出さないことから。
外愛嬌の内そんぶり(そとあいきょうのうちそんぶり)
よその人の前に出ると如才なくにこやかに振る舞うのに、身内の前では仏頂面になること。また、そうした人。「そんぶり」は素振りの転で、ぶっきらぼうな態度をいう。
外面がいい(そとづらがいい)
身内以外の人と接する時のほうが態度がよいこと。
大姦は忠に似たり(たいかんはちゅうににたり)
大悪人は本性を隠して主君に仕えるので、あたかも忠臣のようにみえるということ。「大姦」は大悪人の意。
問屋の只今(といやのただいま)
約束や返事が当てにならないこと。 口先だけで「今すぐ」「ただいま」と言いながら、実際にはなかなか実行されないさまをいう。 問屋が客の注文に対して「ただいま(すぐに)」と調子よく返事をしても、その通りに品が届くとは限らなかったことから生まれた言い回し。
取って付けたよう(とってつけたよう)
言動などがわざとらしく不自然な様子。
堂が歪んで経が読めぬ(どうがゆがんできょうがよめぬ)
自分の怠慢や落ち度を棚に上げ、失敗を責任転嫁することのたとえ。また、理屈ばかりこねて実行が伴わないことのたとえ。仏堂が歪んで座りにくいから上手に経が読めないと、僧が言い訳する意から。
泣くほど留めても帰れば喜ぶ(なくほどとめてもかえればよろこぶ)
帰る客を泣くように引き止める人でも、帰ってしまえば喜ぶものだということ。
情けの酒より酒屋の酒(なさけのさけよりさかやのさけ)
口先だけの同情よりも、実際に役立つ援助や品物のほうが助かるということ。 「情け」の「さけ」に、酒屋の「酒(さけ)」を掛けた語呂合わせ。
なんなら茶漬け(なんならちゃづけ)
口先だけのお世辞をいうたとえ。もう帰ろうとしている客に「なんなら茶漬けでも」と口先だけで引き止める言葉。「遠州のなんなら茶漬け」「京のお茶漬け」など各地でいろいろな言い方がある。
抜かぬ太刀の高名(ぬかぬたちのこうみょう)
力量のある人がそれを発揮せず、かえって人から重んじられることのたとえ。また、口先だけ達者で実際に腕前を披露したことのない人をあざけることば。
猫の魚辞退(ねこのうおじたい)
内心は欲しくてたまらないのに、うわべだけ遠慮することのたとえ。 また、その場だけのことで長続きしないことのたとえ。 猫が大好きな魚を辞退するとの意から。 「猫の精進」「猫の魚を食わぬ振り」ともいう。
猫を被る(ねこをかぶる)
本性を隠しておとなしそうにみせること。 「被る」はそのようにふるまうということ。 おとなしい猫のようなふりをするという意味から。 「猫被り」ともいう。
歯が浮く(はがうく)
不自然で大げさな言動や、過度に甘いお世辞などを聞いて、気恥ずかしくなったり、むずがゆい不快感を覚えたりするさま。 「歯が浮くよう」「歯の浮くような」などともいう。
花多ければ実少なし(はなおおければみすくなし)
上辺を飾る人は、誠実さに欠けるということのたとえ。 たくさんの花が咲く木にかぎって、実は少ししかならないものであるとの意から。
人の情けは世にある時(ひとのなさけはよにあるとき)
世間の人が好意を示してくれるのは、こちらの羽振りがよく栄えている間だけで、落ち目になると誰も見向きもしないということ。
褒める人には油断すな(ほめるひとにはゆだんすな)
言葉巧みに近づいてくる者は、下心があるから油断してはいけないということ。
真綿に針を包む(まわたにはりをつつむ)
物腰も言葉つきも申し分ないのに、その裏でこちらを傷つける算段が進んでいる。 当たりがやわらかいことそのものが仕掛けになっている。
勿体を付ける(もったいをつける)
大したものだと思わせようと、わざと構えた物腰をとること。
用ある時の地蔵顔、用なき時の閻魔顔(ようあるときのじぞうがお、ようなきときのえんまがお)
人にものを頼む時はお地蔵様のようにやさしいにこにこ顔をするが、用事がない時は閻魔様のように不機嫌な顔つきになるということ。
鰐の空涙(わにのそらなみだ)
偽りの涙のたとえ。鰐は偽善の象徴とされ、悲しそうに見せかけて涙を流しながら生き物を食べるという伝説から。
