「千」から始まる故事・ことわざ・慣用句 — 35 件
「千」から始まる漢字を含む故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
千貫のかたに編笠一蓋(せんがんのかたにあみがさいっかい)
大きな元手のわりに利益が少なく、損益が釣り合わないことのたとえ。 「千貫」は銭の単位。一貫の千倍。転じて非常に高価なこと。 千貫の借金の担保が、編み笠一つということから。 「一蓋」は「ひとがい」とも読む。
千鈞の重み(せんきんのおもみ)
非常に重いこと。または、非常に価値があること。 「鈞」は重さを表す単位。
千金の裘は一狐の腋に非ず(せんきんのきゅうはいっこのえきにあらず)
国を治めるには、多くの有能な人材が必要だというたとえ。 「裘」は獣の毛皮で作った衣服。皮衣。「腋」は脇の下。 千金もする皮衣は、一匹の狐のわきの毛だけでは作れないとの意から。
千金の子は市に死せず(せんきんのこはいちにしせず)
金持ちの子は、罪を犯しても金の力によって死罪を免れ、町中で処刑されるようなことにならない。また、金持ちの子は、金の力で危険を防ぐことができるので、町中で悪者に殺されるようなことはないということ。金さえあれば身を守ることができるということを皮肉った言葉。「千金」は金持ち、「市」は町の意。
千金の子は坐して堂に垂せず(せんきんのこはざしてどうにすいせず)
重い立場にある者ほど、向こう見ずな真似を控えるものだ。万一のとき損なわれるものが大きいからである。 「垂堂」は瓦の落ちかかる堂の軒端。漢の袁盎は、坂道を車で駆け下りようとした文帝をこの句で押しとどめた。
千金を買う市あれど一文字を買う店なし(せんきんをかういちあれどいちもんじをかうみせなし)
文字を覚えるためには、自分で学ぶしかないというたとえ。 市場にはいろんな物が売っていて、高価な物も買うことができるが、文字だけは売っていないとの意から。
千軒あれば共過ぎ(せんげんあればともすぎ)
家が千軒もあれば、そこに住む人たちがそれぞれ商売をしたり互いに物の売り買いをしたりして、ともに生計を立てていくことができるということ。 「共過ぎ」は、人々が互いに助け合って生活していくこと。 「千軒あれば共暮らし」ともいう。
千石取れば万石羨む(せんごくとればまんごくうらやむ)
人間の欲望は次から次へと大きくなり、きりがないということ。千石取りになれば、次は万石取りを羨むということから。
千石万石も飯一杯(せんごくまんごくもめしいっぱい)
禄高がいくら増えても、日ごとの膳に載る量までは増えない。取り分の多さと暮らしの実際とは、初めから別のことである。
千秋楽(せんしゅうらく)
芝居や相撲などの興行の最後の日。また、物事の最後のこと。
本来は雅楽の曲名で、法会の最後に演奏されたことから。千緒万端、遺漏あることなし(せんしょばんたん、いろうあることなし)
あらゆる点で、まったく手落ちがない様子。「千緒万端」は多くの事柄、「遺漏」は手落ち。
千畳敷に寝ても畳一枚(せんじょうじきにねてもたたみいちまい)
人一人が必要な物は限られているので、むやみに欲を出すべきではないということ。 千畳もの広さがある部屋に寝ても、人が一人寝るのに必要な畳はせいぜい一枚であるとの意から。
千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰いゆ(せんじょうのつつみもろうぎのあなをもってついゆ)
どれほど堅固に積み上げたものでも、内側に空いた小さな穴からもろく崩れる。 大きさは、そのまま強さにはならない。
千日に刈った萱一日に亡ぼす(せんにちにかったかやいちにちにほろぼす)
重ねるのに費やした年月と、失うのにかかる時間とは、まるで釣り合わない。何年もの手間が、たった一度の火で消えてしまう。
千日の旱魃に一日の洪水(せんにちのかんばつにいちにちのこうずい)
千日も続く日照りと、たった一日ですべてを流してしまう洪水とは、同じくらいの被害をもたらすということ。水害の恐ろしさをいった言葉。
千日の勤学より一時の名匠(せんにちのきんがくよりいちじのめいしょう)
ひとりで長く机に向かい続けるより、優れた師のそばでひとときを過ごすほうが実りは大きい。道を知る者の手引きは、それだけ重いということ。
千日の行を一度に破る(せんにちのぎょうをいちどにやぶる)
長い間苦労してきたことが、わずかな失敗によって無駄になってしまうことのたとえ。 百日間も説いてきた説法も、お坊さんのおなら一つでありがたみがなくなってしまうとの意から。
千に一つ(せんにひとつ)
非常に珍しいこと。 多くある中のたったひとつとの意から。
千人の諾諾は一士の諤諤に如かず(せんにんのだくだくはいっしのがくがくにしかず)
他人の言葉になんでも賛同して従う千人は、権勢に媚びずに正しいと思うことを主張する一人には及ばないということ。 「諾諾」は言われるままに「はい」と受けるだけの態度、「諤諤」は相手が誰であろうと思ったままを口にする態度をいう。
千の蔵より子は宝(せんのくらよりこはたから)
財をどれだけ積んでも、子ども一人の値打ちには届かない。あとに残って効いてくるのは、蓄えたものより育てた者のほうだ。
千聞は一見に如かず(せんぶんはいっけんにしかず)
人から繰り返し聞くよりも、一度でも自分の目で見たほうがよくわかるということ。 人の話を百回聞いたところで、実際に一回見ることには及ばないとの意から。
千万人と雖も吾往かん(せんまんにんといえどもわれゆかん)
胸に問うてやましいところが無いと分かれば、向こうがいくら大勢でも足は止まらない。 数では決まらないものがあると腹をくくった言葉。 原文はこの前に「自ら反みて縮くんば」と置いている。
千三つ(せんみつ)
土地や建物の売買や貸金の仲介などを行う人。 千の内、三つくらいしか成立しないとの意から。 または、嘘ばかりつく人。嘘つき。 千の内、三つくらいしか正しいことを言わないとの意から。
千里眼(せんりがん)
はるか遠くの出来事や、人が胸の内に伏せていることまで見通してしまう力。また、それを備えた人。 後魏の楊逸は、手下を各地に忍ばせて役人の動きを残らずつかんでいた。そうとは知らぬ人々が、あの人の目は千里の先まで届くと恐れた。
千里の馬は常にあれども伯楽は常にはあらず(せんりのうまはつねにあれどもはくらくはつねにはあらず)
有能な人材はいつの世にもいるが、その能力を見出して育てる優れた指導者は少ないということのたとえ。 「千里の馬」は、一日に千里も走れるほどの優れた馬。転じて、優れた才能の人物。 「伯楽」は牛馬の良し悪しを見分ける名人のこと。転じて、人物を見抜いて、その才能を引き出し育てる優れた指導者のこと。 いつの時代にも、一日に千里を走るほどの優れた馬はいるが、その名馬の能力を引き出す伯楽は、いつもいるわけではないということから。
千里の馬も蹴躓く(せんりのうまもけつまずく)
名うての腕前を持つ者でも、ふとした拍子に足をとられる。 「千里の馬」は一日に千里を行くという名馬。その名馬さえ、道に転がる小石一つで体勢を崩すという。
千里の馬も伯楽に会わず(せんりのうまもはくらくにあわず)
一日で千里を走る脚があっても、それを見て取る目に行き当たるとは限らない。 腕を持て余したまま埋もれている当人が、我が身を嘆いて口にする。 「伯楽」は、馬の善し悪しを見抜き乗りこなす名人。
千里の堤も蟻の穴から(せんりのつつみもありのあなから)
守りの長さは、いちばん弱いところ一点で決まる。 どれだけ手を掛けた造りでも、放っておいた小穴から失われる。
千里の野に虎を放つ(せんりののにとらをはなつ)
後々の禍のたねになるものを、手もつけずに放り出しておくたとえ。 果てしなく広がる野へ虎を解き放てば、もう捕らえようがない。「虎を野に放つ」ともいう。
千里の道も一歩から(せんりのみちもいっぽから)
大きな目標・目的を達成するためには、身近なことからこつこつと努力を積み重ねていくことが大切であるということ。 千里の道のりも踏み出した一歩から始まるとの意から。 「千里の行も足下より始まる」ともいう。
