「必」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 25 件
「必」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
新たに沐する者は必ず冠を弾く(あらたにもくするものはかならずかんむりをはじく)
潔白な人ほど自分の身を汚すおそれのあるものを避けるということ。 「沐」は髪を洗うこと。 髪を洗ったばかりの人は、必ず冠のちりを払ってから頭にのせるとの意から。
一飯の徳も必ず償い、睚眦の怨みも必ず報ゆ(いっぱんのとくもかならずつぐない、がいさいのうらみもかならずむくゆ)
受けた恩は、ほんのささいなものでも報い、受けた恨みも、ほんのささいなものでも晴らすということ。よいことをされても悪いことをされても、相手にはそれに見合うものをきちんと返す、という態度をいう。 「一飯」は一回の食事を指し、一度ごちそうになっただけの小さな恩をいう。「睚眦」は目じりをつり上げて相手をにらむことで、ひとにらみを受けただけの小さな恨みを表している。 『史記』に見える句。魏で痛めつけられて秦へ逃れた范雎は、のちに秦の宰相にまでのぼった。そこで自分を秦へ連れてきた者を王に推して取り立てさせ、家の財産を投げ出して昔の苦しい日々に関わった人々にことごとく報いた一方、魏で自分を打ちすえさせた宰相の首を差し出させようとした。 後半だけを用いた[[睚眥の怨み*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8646.php]]は、ほんの少しの恨みを表す。四字熟語では[[一飯之徳*https://yoji.jitenon.jp/yojij/4959.html]]・[[睚眥之怨*https://yoji.jitenon.jp/yojic/1095.html]]が、それぞれ前半と後半の句にあたる。
陰徳あれば必ず陽報あり(いんとくあればかならずようほうあり)
人知れず善い行いをする者には、必ず善い報いがあるということ。
栄華有る者は必ず憔悴あり(えいがあるものはかならずしょうすいあり)
いまは栄えて華やかに暮らす人も、いつかは勢いを失い、やつれて落ちぶれる時が必ず訪れるということ。 盛んなものがやがて衰えるのは避けられない流れであり、よい時がいつまでも同じように保たれるわけではない、という世の姿を言ったもの。「憔悴」は、苦労や心配でやせ細り、気力も衰えてしまうこと。 二千年以上前の中国でまとめられた『淮南子』にある句で、原文ではこれに続けて、上等な絹の衣を身につけた者にも、いつか粗末な麻の衣をまとう日も必ずある、という内容の一句が添えられている。意味の近いものに、[[栄華の夢*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/6145.php]]や、四字熟語の[[盛者必衰*https://yoji.jitenon.jp/yojic/1491]]・[[栄枯盛衰*https://yoji.jitenon.jp/yoji/290]]がある。
お前追従する者は必ず陰にて謗る(おまえついしょうするものはかならずかげにてそしる)
面と向かって相手にこびへつらってくる者は、相手がその場からいなくなれば、決まって悪口を言いはじめるということ。 「お前」は「おまえ(あなた)」ではなく「その人の前」のこと、「陰にて」は「陰で(本人に見えない所で)」の古風な表し方。 「追従」は「ついしょう」と読み、相手の機嫌を取ろうとして、おせじを並べたりへつらったりする態度。「ついじゅう」と読めば、人の意見や行動にそのまま従うという別の意味の言葉になる。 「前で追従する者は陰で謗る」ともいう。 中国の古典『荘子』盗跖篇にも、人を目の前でほめたがる者は、背を向けたとたんにけなしたがる、という似た言葉が出てくる。 「[[陰で舌を出す*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/6406.php]]」も、表と裏で態度を変える人の様子を描いた句。
香餌の下必ず死魚あり(こうじのもとかならずしぎょあり)
もうけ話や甘い誘いにつられると、それがもとで身の破滅を招きかねない、ということのたとえ。得をしそうな話の裏側には決まって危ない落とし穴がひそんでいる、とも説く。 「香餌」は、香りがよくておいしそうなえさのこと。そのえさを目当てに寄ってきた魚が、仕掛けられた釣り針にかかって命を落とすところから。 出典の『三略』は、戦い方について述べた中国古代の本で、そこではもっと古い兵法の本の言葉として、手厚いほうびを用意すれば勇ましい者が必ず現れるという意味の句と対にして記されている。うまい話や気前のよい相手にうかつに気を許すなと説く言葉には、[[旨い事は二度考えよ*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2304.php]]や[[旨い物食わす人に油断すな*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/4422.php]]がある。
三人行えば必ずわが師あり(さんにんおこなえばかならずわがしあり)
誰と居合わせても、そこから得るものはある。 倣いたい振る舞いはそのまま取り入れ、そうなりたくない振る舞いは我が身を正す材料にすればよい。
生者必滅、会者定離(しょうじゃひつめつ、えしゃじょうり)
命ある者はいつか必ず死に、出会った者はいずれ別れるのがこの世の定めであるということ。
小人の過つや必ず文る(しょうじんのあやまつやかならずかざる)
器の小さな者は、しくじりを悟られまいとして言葉を飾り立て、非を非として認めない。「文る」は上べをこしらえる意。
末大なれば必ず折る(すえだいなればかならずおる)
下に置かれた者の力が大きくなりすぎると、上に立つ者はそれを支えきれず、やがて滅ぼされてしまうということ。 枝や葉ばかりが茂って重くなると、幹がその重さに耐えられずに折れてしまうことから。
生ある者は必ず死あり(せいあるものはかならずしあり)
息をするものはみな、いつかその終わりの日を迎える。 逃れる道のない定めとして、命の限りを言い切った言葉。
積悪の家には必ず余殃あり(せきあくのいえにはかならずよおうあり)
重ねた悪は当人一人の始末では収まらず、後の代の者が背負うことになる。 「余殃」は、悪の勘定が本人の代で片づかずに繰り越されたものをいう。 「積善の家には必ず余慶あり」と並べて説かれる。
積善の家には必ず余慶あり(せきぜんのいえにはかならずよけいあり)
よい行いは、それを積んだ当人の代で終わらない。家に残した分が、次の代、その次の代へと福の形で回っていく。 「余慶」は、積んだ善が使いきれずにあふれ出た分をいう。
遠き慮りなき者は必ず近き憂えあり(とおきおもんぱかりなきものはかならずちかきうれえあり)
先々まで見渡しておかないと、じきに足下で厄介が持ち上がる。 「遠慮」は行く末まで思いをめぐらせること、「近憂」はすぐそこに迫る面倒をいう。
遠きに行くは必ず近きよりす(とおきにゆくはかならずちかきよりす)
どれほど先にある目標でも、始まりは必ず手の届く一歩にある。遠さばかりを見て身近な一歩を飛ばせば、そこから先へは進めない。
徳は孤ならず必ず隣あり(とくはこならずかならずとなりあり)
行いの正しい者が独りぼっちで終わることはない。同じ方を向く者がそばに立ち、頼まずとも手を貸してくれる。
貪欲は必ず身を食う(どんよくはかならずみをくう)
強すぎる欲望は身を滅ぼすという戒め。
始めあるものは必ず終わりあり(はじめあるものはかならずおわりあり)
動き出したものには、いつか手を離す日が来る。 どこまでも続くものは無いのだから、起こした側は退き際の作法まで引き受けよ、と揚雄は君子の身の処し方に重ねた。
犯罪の陰に必ず女あり(はんざいのかげにかならずおんなあり)
犯罪の動機には女性問題がからむことが多いということ。
必要の前に法律なし(ひつようのまえにほうりつなし)
必要に迫られた緊急事態の時は、法律など気にしていられないということ。
必要は発明の母(ひつようははつめいのはは)
発明は必要に迫られるからこそ生まれるということ。
人必ず自ら侮りて然る後に人これを侮る(ひとかならずみずからあなどりてしかるのちにひとこれをあなどる)
まず当人が己をぞんざいに扱い、世間がその人を低く見るのはそのあとに来る。人から粗末に扱われたくないなら、はじめに己を粗末にしないこと。
人に勝たんと欲する者は必ず先ず自ら勝つ(ひとにかたんとほっするものはかならずまずみずからかつ)
他人より上に立とうとするなら、先に自分の中のわがままや怠け心を抑えなければならないということ。己に克つことの大切さを説いた言葉。
降れば必ず土砂降り(ふればかならずどしゃぶり)
起きるとなれば中途半端では済まない。一つで収まらず、まとめて押し寄せる。 英語の It never rains but it pours. にあたる。
文事ある者は必ず武備あり(ぶんじあるものはかならずぶびあり)
文の務めに当たる者ほど、いざという時の武の備えを欠かしてはならない。
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