「長」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 74 件
「長」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
朝風呂丹前長火鉢(あさぶろたんぜんながひばち)
朝から湯につかり、綿の入った部屋着をはおって、火鉢のそばに腰をすえてのんびり過ごすこと。苦労も心配ごともない気楽な暮らしぶりを、この姿で表す。ことに遊び人(決まった仕事を持たず、遊んで暮らす人)などの日々について言う。 「丹前」は寒いときに家の中で重ねて着る、綿を厚く入れたそでの広い着物。「長火鉢」は細長い箱の形をした木の火鉢で、居間に置いて炭火で暖まったり湯をわかしたりした。くつろいだ暮らしにつきものの三つを、ひと続きに並べてある。
息が長い(いきがながい)
物事が衰えることなく、長い期間続いているさま。
行く行くの長居り(いくいくのながおり)
「もう帰る、もう帰る」と言いながら、なかなか帰らずいつまでも話し込んで長居をすること。
砂長じて巌となる(いさごちょうじていわおとなる)
命や家運がいつまでも絶えぬようにと願って唱えることば。 一粒の砂も気の遠くなる年月のうちには巌に育つ、という古い時代の見方から。 転じて、時をかけて育つものを侮るなという意にも使う。
一日の長(いちじつのちょう)
経験・知識が他の人より少しだけ優れていること。その人より一日分年長であるとの意から。
命長ければ恥多し(いのちながければはじおおし)
長く生きていれば、それだけ恥をかく事も多くなるということ。 「恥」は「辱」とも書く。 また、「長生きは恥多し」「長生きすれば恥多し」「長命すれば恥多し」などともいう。
命長ければ蓬莱に会う(いのちながければほうらいにあう)
命を長らえて年を重ねれば、そのうち思ってもみなかったよい巡り合わせに行き当たる日も来るということ。だから命を大事にして長く生きよう、と勧める教えでもある。 「蓬莱」は、言い伝えに出てくる古い中国の山で、年を取らず死ぬこともない仙人たちが暮らすとされた。その蓬莱に行き会うことを、まれにしか訪れない大きな幸運のたとえに用いている。 「命あれば蓬莱に会う」「命長ければ蓬莱を見る」の二つの言い回しも見られる。逆の言い方に[[命長ければ恥多し*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1854.php]]がある。
牛の小便と親の意見は長くても効かぬ(うしのしょうべんとおやのいけんはながくてもきかぬ)
親の小言や説教は、くどくどと長く続けたところで、子の心にはちっとも響かない、ということ。 牛がする小便は、長々と出続けるわりに、畑の肥やしとしてはたいして役に立たないとされた。それと並べて、長いだけのお説教も同じく効き目に乏しいとした句である。 前半の「牛の小便」は、単独でも、だらだらと切りなく長引く物事を言い表すのに用いられる([[牛の小便*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8906.php]])。
馬痩せて毛長し(うまやせてけながし)
暮らしに行きづまるほど貧乏になると、人は頭がにぶり、筋道を立ててものを考える力さえ弱まる、ということ。 えさの足りない馬は、体がやせ細るばかりで、毛だけが長くのびていく。その姿を、貧しさのせいで頭の回りが悪くなった人に重ね合わせたことば。 禅の僧たちの言葉や行いを集めた中国の書物『五灯会元』に、「人貧しければ智短し」に続けて出てくる句。その前の句は、四字熟語の[[人貧智短*https://yoji.jitenon.jp/yojil/5657]]にあたる。これと似た意味で用いる言葉に、[[貧すれば鈍する*https://kokugo.jitenon.jp/word/p43968]]がある。
生まれながらの長老なし(うまれながらのちょうろうなし)
生まれながらにすぐれた人間などいるはずもなく、みんな長い間の修養や経験をつんで立派な人間になるということ。
江戸の敵を長崎で討つ(えどのかたきをながさきでうつ)
意外な場所で、または筋違いのことで、昔の恨みの仕返しをするたとえ。江戸で恨みを受けた相手を、遠い長崎で討ち果たすということから。
お仕着せの長口上(おしきせのながこうじょう)
どこかで聞いたような決まり文句を並べた話を、ずるずると長く引き延ばしていくこと。そのような長話自体をいうこともある。 ここでいう「お仕着せ」は、昔、主人が奉公人(主人の家に住み込んで働く人)にあてがった、決まった形の着物で、それが型どおりで変わりばえのしないものを表す言い方に広がった。「口上」は、人に向けて口で述べる話やあいさつのこと。 長い話への戒めや皮肉をこめたことわざとして、[[長口上は欠伸の種*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1262.php]]や[[下手の長談義*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1499.php]]もある。
御平の長芋(おひらのながいも)
目鼻立ちは整っていてきれいなのに、顔つきにきりりとした感じが足りない人を指すたとえ。 「御平(おひら)」は、平たい形をしたお椀(平椀)のこと。昔、宮中などに仕えた女性たちが使い始めた言葉(女房詞)からきている。 平椀に盛った長芋の料理は、見た目のよさに引きかえ味はいまひとつ、とされた。この料理に見立てて、きれいでも締まりのない顔をいう。
帯に短し、襷に長し(おびにみじかし、たすきにながし)
長さや大きさが中途半端なせいで、どちらの用にも合わず使い道がないことのたとえ。 帯として使うには足りず、襷として使うには余ってしまう布切れの様子から。
風邪は百病の長(かぜはひゃくびょうのおさ)
ちょっとした風邪と侮るうちに、そこから重い病への入り口が開く。 引き始めのうちに手を打っておくものだ。
髪の長きは七難隠す(かみのながきはしちなんかくす)
女性の長い髪は、その人にほかの欠点がいくつもあろうと、覆い隠して目立たなくさせる、ということ。 昔は、長い髪が美人に欠かせない条件と見なされたのが由来。 「七難」はもと仏教の言葉で七つの災難をいうが、ここではいろいろな欠点の意味。 肌の色の白さについて同じ考え方を述べた言葉に[[色の白いは七難隠す*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/763.php]]がある。
奸知に長ける(かんちにたける)
悪賢く、陰謀や策略を企てる能力が優れていること。
気が長い(きがながい)
気持ちがのんびりとしていて、焦ることがない様子。
首を長くする(くびをながくする)
あることが実現するのを待ち望むさま。
賢者は長い耳と短い舌を持つ(けんじゃはながいみみとみじかいしたをもつ)
物のわかった人は、耳を大きく持ち、舌は小さく持つ。人の話は残らず受け取るが、こちらから並べる言葉は切り詰める。英語の言い回しを日本語に移した言い方。
芸術は長く、人生は短し(げいじゅつはながく、じんせいはみじかし)
人の一生は短いが、すぐれた芸術作品は作者の死後も後世に残るということ。古代ギリシャの医師ヒポクラテスの言葉「医術をきわめるには長い年月がかかるが、人の一生は短い」から転じたもの。
光炎万丈長し(こうえんばんじょうながし)
詩や文章、また議論が力強くて大きなスケールを持ち、そのすばらしさが遠い後の時代まで輝きつづけるさまを、燃えさかる光の長さで表す。 「光炎」は燃えあがって明るく照らすほのお、「万丈」は果てしなく高いこと、また長いこと。光がどこまでものびていく様子を、すぐれた作品の力に重ねている。 もとは唐の韓愈が友人の張籍に贈った詩「調張籍」の一句「李杜文章在、光焰萬丈長」である。李白と杜甫の作品はいまも残り、その光ははかりしれないほど遠くまで届いている、と二人の詩人をたたえた。 四字熟語の[[光焔万丈*https://yoji.jitenon.jp/yojib/688.php]]は、この句から「長し」を除いた形にあたる。
小食は長生きのしるし(こしょくはながいきのしるし)
食が細いことは、そのまま長寿の見込みが立つということ。 「しるし」は、これから先そうなると読み取れる徴のこと。 少食を欠点と見ず、めでたい徴として受け取る言い方。
酒は百毒の長(さけはひゃくどくのちょう)
酒には良い点はなにもなくて、毒そのものであるということ。
酒は百薬の長(さけはひゃくやくのちょう)
酒はほどよく飲めばどんな薬より効果があるということ。 「百薬の長」ともいう。
渋柿の長持ち(しぶがきのながもち)
何の取り柄もない人や悪人が長生きすることのたとえ。そのまま食べられない渋柿は人に採られることなく長く木に残っているということから。
尺も短き所あり、寸も長き所あり(しゃくもみじかきところあり、すんもながきところあり)
場合によっては賢い者も劣ることがあり、愚かな者が勝る場合もあるというたとえ。尺でも短くて足りないこともあり、寸でも長すぎることがあるということから。
沙弥から長老(しゃみからちょうろう)
下積みの段階をいくつも飛び越して、いきなり高い位に就くこと。 「沙弥」は髪を下ろして間もない見習いの僧、「長老」は寺を束ねる高位の僧。その間に横たわるいくつもの位を、ひととびに越えてしまうことをいう。
沙弥から長老にはなれぬ(しゃみからちょうろうにはなれぬ)
どんなことにも踏むべき段があり、それを飛ばして先へは行けないということ。 入門したばかりの沙弥が、いきなり寺を束ねる長老になれるわけがない、という言い方。一足飛びの出世をいう「沙弥から長老」を、そのまま打ち消した形である。
尻が長い(しりがながい)
他人の家を訪れて話し込んでなかなか帰らないこと。 「長尻」や「長っ尻」ともいう。
