「助け合う」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 42 件
「助け合う」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全42件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
打って一丸となる(うっていちがんとなる)
すべての関係者が心を一つにして事に当たる。一致団結する。
有無相通じる(うむあいつうじる)
互いに足りないものを交換し融通し合うこと。
駕籠に乗る人担ぐ人、そのまた草鞋を作る人(かごにのるひとかつぐひと、そのまたわらじをつくるひと)
人の生き方は、貧富の差や境遇によってさまざまであるということ。また、そのさまざまな人のつながりで、世の中はうまく成り立っているということ。 世の中には駕籠に乗る身分の人もいれば、その駕籠を担ぐひともいる。また、駕籠を担ぐひとの履く草鞋を作る人もいる。 人の世は持ちつ持たれつであるとの意から。
片手で錐は揉まれぬ(かたてできりはもまれぬ)
物事を成し遂げるためには、力を合わせることが大事だということ。 穴をあけるための錐は片手では揉むことができないとの意から。
兄弟は両の手(きょうだいはりょうのて)
兄弟は右手と左手のようなもので、片方だけでは用をなさない。 互いを頼みとせよという戒め。
食い物と念仏は一口ずつ(くいものとねんぶつはひとくちずつ)
食べ物は一口ずつでもみんなで分け合って食べたほうがよいということ。また、念仏は一人が一口ずつ唱えてもご利益があるということ。 「食い物」は「食べ物」ともいう。
唇亡びて歯寒し(くちびるほろびてはさむし)
互いに助け合う者同士の一方が滅びると、もう一方も危うくなるというたとえ。 唇がなくなると歯が寒くなるとの意から。
車の両輪(くるまのりょうりん)
二つの物のうち、どちらを外しても役に立たないような密接な関係のたとえ。
兄弟牆に鬩げども外その務りを禦ぐ(けいていかきにせめげどもそとそのあなどりをふせぐ)
垣根の内側では言い争いの絶えない同士でも、外から手を出されれば背中を合わせて立つ。 身内の不和と、外に向かうときの結束とは、まるきり別の話だ。
兄弟は左右の手なり(けいていはさゆうのてなり)
きょうだいは身に備わった二本の手にひとしく、一方を失えばもう代わりが利かない。それだけの重みをもって向き合えという教え。
兄弟は手足なり(けいていはしゅそくなり)
兄弟は体についた手足と同じで、他のものに替えのきかない間柄であり、互いにかばい合うべき仲だということ。 宋の張存が、兄弟は手足だが妻妾は外から来た者にすぎない、その外の者を先にして手足を後まわしにできようかと、常々口にしていた。
心を合わせる(こころをあわせる)
こころを一つにすること。
孤掌鳴らし難し(こしょうならしがたし)
人間は一人きりでは生きられないこと、一人では物事を成し遂げることはできないことのたとえ。 「孤掌」は、片方の手のひら。 片方の手のひらだけでは、手を打ち鳴らすことは出来ないことから。
五指のこもごも弾くは捲手の一挃に若かず(ごしのこもごもはじくはけんしゅのいっちつにしかず)
ばらばらな個々の力は、団結した力には及ばないことのたとえ。 五本の指をばらばらにはじく力は、握りこぶしで叩いた一撃には及ばないとの意から。
三矢の教え(さんしのおしえ)
一人では易々と屈しても、三人が束になれば容易には崩れない。 毛利元就が三人の子に説いたと伝わるが、逸話そのものは後世の作とされる。
三人寄れば文殊の知恵(さんにんよればもんじゅのちえ)
たとえ凡人でも三人集まって相談すれば、すばらしい知恵がでるというたとえ。「文殊」は、知恵をつかさどる菩薩の名前。
鶺鴒原に在り、兄弟難を急にす(せきれいげんにあり、けいていなんをきゅうす)
水辺を離れた鶺鴒が野で鳴き交わすように、危急のときに真っ先に駆けつけるのは兄弟である。 この後には、良き友があっても長く嘆息するばかりだと続く。
千金の裘は一狐の腋に非ず(せんきんのきゅうはいっこのえきにあらず)
国を治めるには、多くの有能な人材が必要だというたとえ。 「裘」は獣の毛皮で作った衣服。皮衣。「腋」は脇の下。 千金もする皮衣は、一匹の狐のわきの毛だけでは作れないとの意から。
千軒あれば共過ぎ(せんげんあればともすぎ)
家が千軒もあれば、そこに住む人たちがそれぞれ商売をしたり互いに物の売り買いをしたりして、ともに生計を立てていくことができるということ。 「共過ぎ」は、人々が互いに助け合って生活していくこと。 「千軒あれば共暮らし」ともいう。
束になって掛かる(たばになってかかる)
大勢の人が一緒になって、一つのものに向かったり、一人に対抗したりすること。
旅は道連れ、世は情け(たびはみちづれ、よはなさけ)
旅をする時は同行者がいれば心強く、同様に世の中を渡るにはお互い助け合っていくのが大切だということ。
単糸、線を成さず(たんし、せんをなさず)
一人の力だけでは事は運ばず、幾人かが力を合わせてはじめて形になるということ。 「単糸」は一本だけの糸のこと。糸は何本もより合わせてこそ丈夫な一本の線になり、一本のままでは頼りにならないことから。
団結は力なり(だんけつはちからなり)
一人一人の力は小さくても、大勢が力を合わせれば大きな力になるということ。
手を組む(てをくむ)
目的を果たすために互いに協力すること。
手を繋ぐ(てをつなぐ)
互いに協力して行動すること。
手を握る(てをにぎる)
協力して取り組むこと。 または、和解すること。
手を結ぶ(てをむすぶ)
協力して物事に取り組むこと。
天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず(てんのときはちのりにしかず、ちのりはひとのわにしかず)
戦いにおいて、いかに天候や気候の条件が良くても、地理的条件の有利さには及ばない。 その地理的な有利さも団結した人々の力には及ばないということ。
同舟相救う(どうしゅうあいすくう)
仲が悪い者同士や見知らぬ者同士でも、いざという時は助け合うことのたとえ。 同じ舟に乗り合わせた人々は、舟が沈みそうな時は力を合わせて助け合うとの意から。
馬鹿があればこそ利口が引き立つ(ばかがあればこそりこうがひきたつ)
愚かな人間がいて利口な人間が目立つように、世の中は種々雑多な人間で成り立っている。世の中はさまざまな人間が、持ちつ持たれつの関係で生きているということ。
人衆ければ則ち狼を食らう(ひとおおければすなわちおおかみをくらう)
多数の力が強大であることのたとえ。 人数が多ければ、一人では到底勝てない狼をも倒して食ってしまうとの意から。
一筋の矢は折るべし十筋の矢は折り難し(ひとすじのやはおるべしとすじのやはおりがたし)
一人の力は弱くても、大勢が力を合わせれば強大な力を発揮できるということ。 一本の矢は簡単に折ることができるが、十本では折るのは難しいとの意から。
一人の文殊より三人のたくらだ(ひとりのもんじゅよりさんにんのたくらだ)
優れた人物が一人で考えるより、愚か者でも何人かで考えたほうが良い考えが浮かぶことのたとえ。 「文殊」は知恵をつかさどる菩薩のこと。 「たくらだ」はじゃこう鹿に似た獣。じゃこう鹿を狩る時に、猟師が飛び出してきたたくらだを誤って狩ったことから、自分に無関係なことで死んだり傷ついたりする者のこと。転じて、愚か者・まぬけのことをいう。
氷炭相愛す(ひょうたんあいあいす)
性質が反対のもの同士が助け合うことのたとえ。 冷たい氷と熱い炭が愛し合うとの意から。
船は帆でもつ、帆は船でもつ(ふねはほでもつ、ほはふねでもつ)
世の中は互いに助け合って成り立っているということ。 帆掛け船は帆がなければ進まず、帆は船があってこそのものとの意から。
武士は相身互い(ぶしはあいみたがい)
武士同士は同じ立場にあるのだから、互いに理解し合って助け合うべきだということ。転じて、同じ立場にある者は、思いやりをもって互いに助け合うべきだということ。
法あっての寺寺あっての法(ほうあってのてらてらあってのほう)
仏法があってこそ寺があり、寺があってこそ仏法も保たれるということ。持ちつ持たれつの関係にあることのたとえ。
輔車相依る(ほしゃあいよる)
互いに助け合うことで成り立っていることのたとえ。 「輔車」は頬骨と下顎の骨のこと。転じて、互いに支え合うことで存在できるもののたとえ。
歩調を合わせる(ほちょうをあわせる)
複数の人たちで一つの物事に取り組む時に、進行する速度を合わせること。
持ちつ持たれつ(もちつもたれつ)
一方が支える側に回ったかと思えば、次は支えられる側に回る。その行き来が続くことで両方が立ちゆく間柄をいい、貸し借りを勘定に入れずに済む付き合いを指す。
世の中は相持ち(よのなかはあいもち)
一人で完結して生きている者などおらず、この世は誰かの手を借り、また誰かに手を貸すことで回っている。だから誰かが行き詰まったときには黙って加勢せよ、という心持ちを含む。
両両相俟って(りょうりょうあいまって)
互いが互いの欠点などを補い合って、良い効果を生む様子。
