「馬」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 94 件
「馬」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全94件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
朝雨馬に鞍置け(あさあめうまにくらおけ)
朝に降る雨はすぐに止むから、馬に鞍を置いて外出する用意をせよ、ということ。
朝駆けの駄賃(あさがけのだちん)
物事がとても簡単にできることのたとえ。 「駄賃」は駄馬で荷物を運ぶ料金のこと。 朝のうちは馬の元気がよく、少量の荷物はたやすく運べることから。
晏子の御(あんしのぎょ)
他人の威光によりかかって得意になること。中国斉の宰相晏嬰(あんえい)の御者が、自分が宰相の馬車の御者であることを得意がり、その妻がそれを恥じて離縁を求めた。御者は大いに恥じて精励し、晏嬰に認められて出世したという故事から。
鞍上人なく、鞍下馬なし(あんじょうひとなく、あんかうまなし)
乗り手が巧みに馬を乗り回し、乗り手と馬が一体となって見えるさま。乗り手と馬の呼吸が合い、鞍の上の人と鞍の下の馬が渾然一体となっている意から。
生き馬の目を抜く(いきうまのめをぬく)
生きている馬の目を抜き取るほどすばやいこと。また、ずるくて油断も隙もならないことのたとえ。
行き掛けの駄賃(いきがけのだちん)
あることをするついでに別のことをすること。また、それにより利益を得ること。 「駄賃」は、馬で荷物を運ぶときの運賃のこと。 馬子が問屋に荷物を受け取りに行く時、他の荷物を運んで運賃を得たことから。
一匹の馬が狂えば千匹の馬も狂う(いっぴきのうまがくるえばせんびきのうまもくるう)
一人の行いが他の大勢を駆り立ててしまうことのたとえ。群集が他人の言動に同調しやすいことのたとえ。 群れの中の一匹の馬が異常な行動をして騒ぎ出せば、群れ全体が巻き込まれて騒ぎ出すとの意から。
牛は牛連れ、馬は馬連れ(うしはうしづれ、うまはうまづれ)
釣り合いの取れた者どうしで組んだほうが、事は滑らかに運ぶ。 連れ立つ相手というのは、自然と身の丈の近いあたりに定まるもの。
牛も千里馬も千里(うしもせんりうまもせんり)
早い遅い、上手い下手の違いがあっても結局は同じところに到達するというたとえ。牛がゆっくりと歩いても馬が早く走っても千里の道のりはやはり千里で、同じ目的地に着くことから。
牛を馬に乗り換える(うしをうまにのりかえる)
不利な方から有利な方へ乗りかえることのたとえ。 足ののろい牛から足の速い馬に乗り換えることから。
内で掃除せぬ馬は外で毛を振る(うちでそうじせぬうまはそとでけをふる)
家庭のしつけが悪い子どもは、外に出るとすぐにわかるということのたとえ。 飼い主の手入れの悪い馬は、外に出た時に毛を振って汚れを落とそうとするので、すぐにわかるとの意から。
馬が合う(うまがあう)
気が合うこと。相性がいいこと。
馬に乗るまでは牛に乗れ(うまにのるまではうしにのれ)
高い地位につくためには、まず低い地位で力をつけよということ。また、最善の策がとれない時は、次善の策をとれということ。 馬は牛よりも速いが乗るのが難しいので、ひとまず牛に乗って練習せよとの意から。
馬には乗ってみよ人には添うてみよ(うまにはのってみよひとにはそうてみよ)
何事も経験してみなければわからないということ。 いい馬かどうかはその馬に乗ってみないとわからないし、人間の善し悪しも付き合ってみなければわからないことから。 「人には添うてみよ馬には乗ってみよ」ともいう。
馬の足(うまのあし)
芝居で馬の脚に入る端役をいい、転じて芸のつたない役者をこきおろす言葉。 顔を出さずに胴から下だけを務める役どころで、芸を見せる機会のない下働きとされたことによる。
馬の骨(うまのほね)
どんな来歴の持ち主かも辿れず、役にも立たない者として人を呼ぶ蔑んだ言い方。 骨だけになった馬は良し悪しの見分けがつかず、使いようもないことによる。
馬の耳に風(うまのみみにかぜ)
馬の耳に風が吹きつけても馬は何も感じないことから、人の意見を聞き入れない、または聞き流すことのたとえ。
馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ)
人の意見や忠告を上の空で聞き流すため、まったく効果のないことのたとえ。
馬も買わずに鞍買う(うまもかわずにくらかう)
物事の順序が逆であるたとえ。
馬持たずに馬貸すな(うまもたずにうまかすな)
物の扱い方を知らない人に、物を貸してはいけないということ。 「馬持たず」は馬を持っていない人のこと。 馬を持ったことのない人は、馬を粗末に扱うかもしれないので貸してはいけないとの意から。
馬を牛に乗り換える(うまをうしにのりかえる)
すぐれたものを捨て、劣っているものに換えること。 足の速い馬から足の遅いうしに乗り換えることから。
馬を鹿(うまをしか)
権力によって間違いや無理を押し通すことのたとえ。 秦の始皇帝の死後、宰相となった趙高が自分の権勢を試すため幼少の皇帝に鹿を馬と言い張って献上した。皇帝は「これは鹿ではないのか?」と臣下たちに尋ねたが、趙高の権勢を恐れた臣下たちは「馬です」と答えたという故事から。 「鹿を馬」「鹿を指して馬と言う(なす)」ともいう。
馬を水辺につれていけても水を飲ませることはできない(うまをみずべにつれていけてもみずをのませることはできない)
その気のない人間は、周囲がいくら心配したり気をもんだりしても無駄であるというたとえ。
越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶く(えっちょうなんしにすくい、こばほくふうにいななく)
生まれた土地は、遠く離れても身のうちに残り続ける。 渡ってきた鳥が巣がけの枝を選ぶにも、連れられて来た馬が風に首をもたげるにも、もといた方角がおのずと出ることから。 出典の詩句は「胡馬北風に依り、越鳥南枝に巣くう」の対になっている。
老いたる馬は道を忘れず(おいたるうまはみちをわすれず)
経験を積んだ人は方針を誤らないというたとえ。 老馬はいろいろな道を知っており、迷うことがないということから。 中国、斉の桓公が山中で道に迷った時に、老馬の歩みに従って無事に帰り着いたという故事から。 同じ故事から出た漢語の言い方に「老馬の智」がある。
金轡を嵌める(かなぐつわをはめる)
金銭を渡して苦情を言わせないようにすること。また、賄賂を渡して口止めすること。 馬に轡をはめて、乗り手の思いのままに走らせることから。
嚙む馬はしまいまで嚙む(かむうまはしまいまでかむ)
悪い癖は簡単には直らないことのたとえ。人を噛む癖のある馬は、死ぬまで噛むということから。 「嚙」は「噛」とも書く。
空馬に怪我なし(からうまにけがなし)
無一物の人は損のしようがないというたとえ。 「空馬」は、人や荷物などなにも乗せていない馬。
汗馬の労(かんばのろう)
戦場での功績のこと。また、物事をまとめるために忙しく駆けずり回る苦労のこと。 「汗馬」は馬に汗をかかせることで、馬に汗をかかせるほどの働きとの意から。
騏驥の跼躅するは駑馬の安歩に如かず(ききのきょくちょくするはどばのあんぽにしかず)
すぐれた才を持つ者でも足踏みをしているだけなら、力の劣る者が着実に歩を進めるのに追い越されるということ。 騏驥は千里を駆けるという名馬、駑馬は歩みの遅い馬で、名馬がその場で足踏みするより鈍い馬が休まず歩くほうが遠くへ行き着くとの意から。
驥足を展ばす(きそくをのばす)
すぐれた才能を持った人がそれを十分に発揮すること。「驥足」は駿馬のすぐれた脚力のことで、転じてすぐれた才能の意。
驥尾に付す(きびにふす)
才能のない人でも、すぐれた人に付き従っていれば、自分の能力以上のことが成し遂げられることのたとえ。自分の行動を謙遜していう言葉。 「驥」は、一日に千里走る駿馬のこと。 青蠅が駿馬の尾につかまって、一日で千里先まで行ったという故事から。
騏驎の躓き(きりんのつまずき)
並外れた力量の持ち主が、ものの弾みで取りこぼしをすることのたとえ。どれほどの駿足でも、蹴つまずく一歩はある意から。
騏驎も老いては駑馬に劣る(きりんもおいてはどばにおとる)
若いころに抜きん出ていた人も、年を重ねて力が落ちれば、これといった取り柄のない者の後ろに回ることになる。一日に千里を駆ける馬も、老いれば足の鈍った馬に先を越される意から。
食い付き馬に乗ったよう(くいつきうまにのったよう)
危険なことをやめることができないたとえ。 食いつく癖のある馬に乗ると、乗っているのも危ないが、降りると馬に食いつかれるので降りられないとの意から。
癖ある馬に能あり(くせあるうまにのうあり)
乗りこなしにくい馬ほど、脚のよさを隠し持つ。手を焼かせる人物にも、ほかでは代えのきかない持ち味が備わっていて、置き場所さえ得れば、それが表に出てくる。
轡の音にも目を覚ます(くつわのおとにもめをさます)
ちょっとしたことにも敏感に反応することのたとえ。「轡」は馬の口につける金具で、その轡が鳴る小さな音でも武士は目を覚ましたということから。
轡を並べる(くつわをならべる)
多くの者が一斉に、同じ物事へ向かうこと。馬の轡を並べて騎馬を進める意から。
鞍掛け馬の稽古(くらかけうまのけいこ)
なんの役にも立たない無駄な練習のたとえ。「鞍掛け馬」は木馬のことで、木馬に乗って乗馬の練習をしても役に立たないことから。
蹴る馬も乗り手次第(けるうまものりてしだい)
乱暴で扱いにくい者でも頭の上がらない相手がいる、または上手い扱い方があるということのたとえ。 暴れ馬でも乗り手の調教次第でおとなしくなるとの意から。
毛を見て馬を相す(けをみてうまをそうす)
外見だけで物事の価値を判断することのたとえ。毛並みだけを見て馬の値打ちを判断する意から。
犬馬の心(けんばのこころ)
仕える相手のためなら骨身を惜しまない、飼い主に付き従う獣さながらの一途な心。 受けた引き立てに、働きで返そうとする側の思いをいう。
犬馬の養い(けんばのやしない)
食べる物と住まいをあてがうだけの親の世話なら、飼っている生き物の世話と変わらない。 心が伴って初めて孝と呼べる、と説いたくだりから。
犬馬の齢(けんばのよわい)
胸を張れるものを何も持たないまま、ここまで来てしまった年数。 自分の齢を低い位置に置いて名乗る言い方。
犬馬の労(けんばのろう)
人のために走り回る自分の骨折りを、物の数でもないと言ってみせる言い回し。 「犬馬の労を取る」の形で申し出に使う。
心の駒に手綱許すな(こころのこまにたづなゆるすな)
過ちを犯さないように、常に心を引き締めよということ。 「駒」は馬のこと。心を馬にたとえて、放っておくと悪い方へ走りがちなので、手綱を引き締めて制御せよとの意から。
子供は教え殺せ、馬は飼い殺せ(こどもはおしえころせ、うまはかいころせ)
子どもは徹底的に教育し、馬の調教も手加減するなということ。 「馬は飼い殺せ、子供は教え殺せ」ともいう。
駒の朝走り(こまのあさばしり)
はじめに元気を出し過ぎて、最後まで続かないことのたとえ。 「駒」は、馬のこと。 馬は出発した朝は元気よく走るが、やがて疲れてしまい元気がなくなることから。 「駒の朝勇み」「小馬の朝駆け(朝勇み)」ともいう。
塞翁が馬(さいおうがうま)
人生における幸・不幸は予測が出来ないということ。 幸運から不幸に、不幸から幸運にいつ転じるかわからないので、一喜一憂する必要はないということ。 昔、中国北方の塞(とりで)付近に住んでいた老人が馬に逃げられたが、その馬が立派な馬を連れて帰って来た。老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ったが、そのおかげで兵役を免れたという故事から。 「人間万事塞翁が馬」ともいう。
死に馬に鍼刺す(しにうまにはりさす)
何の効果もないことのたとえ。また、絶望的な状況の中で万が一の望みを託して最後の手段をとることのたとえ。 死んだ馬に鍼治療を施しても生き返ることはないことから。
駟の隙を過ぐるが若し(しのげきをすぐるがごとし)
月日が経つのが非常に早いことのたとえ。 「駟」は四頭立ての馬車。 四頭立ての馬車が走り去るのを、戸の隙間からのぞき見るのと同じくらい、時の流れはあっという間であるということ。
死馬の骨を買う(しばのほねをかう)
すぐれた人材を集めるために、つまらないものでも優遇することのたとえ。 昔、名馬を買うために出かけた使者が大金を払って死んだ名馬の骨を買って帰った。その行動に王は怒ったが、使者は「死んだ馬の骨に大金を投じれば、必ず生きた名馬を売りに来る者が現れるでしょう」と言った。その言葉通り、一年も経たないうちに王のもとに三頭の名馬が集まってきたという故事に基づく。
駟も舌に及ばず(しもしたにおよばず)
失言は取り返しがつかないから、言葉には十分気をつけよということ。 「駟」は四頭立ての馬車。 一度口にした言葉は、四頭立ての速い馬車で追っても追いつけないという意味から。 「駟馬も追う能わず(しばもおうあたわず)」ともいう。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ(しょうをいんとほっすればまずうまをいよ)
狙う相手そのものに手を出す前に、その人を立たせているものを先に落とす。 支えを失えば、当人はもう動けない。 「将を射んとせば先ず馬を射よ」「人を射んとせば先ず馬を射よ」「大将を射んとせば先ず馬を射よ」ともいう。
尻馬に乗る(しりうまにのる)
よく確かめもしないまま、人の言い出したことにそのまま付いていく。 自分で考えたわけではなく、場の勢いに引かれて一緒に騒ぎ立てる。
冗談から駒が出る(じょうだんからこまがでる)
冗談で言ったことが思いがけず本当になること。「瓢箪(ひょうたん)から駒が出る」のもじり。
先鞭を着ける(せんべんをつける)
他の人より先に着手すること。一番に馬に鞭を入れるということから。
千里の馬は常にあれども伯楽は常にはあらず(せんりのうまはつねにあれどもはくらくはつねにはあらず)
有能な人材はいつの世にもいるが、その能力を見出して育てる優れた指導者は少ないということのたとえ。 「千里の馬」は、一日に千里も走れるほどの優れた馬。転じて、優れた才能の人物。 「伯楽」は牛馬の良し悪しを見分ける名人のこと。転じて、人物を見抜いて、その才能を引き出し育てる優れた指導者のこと。 いつの時代にも、一日に千里を走るほどの優れた馬はいるが、その名馬の能力を引き出す伯楽は、いつもいるわけではないということから。
千里の馬も蹴躓く(せんりのうまもけつまずく)
名うての腕前を持つ者でも、ふとした拍子に足をとられる。 「千里の馬」は一日に千里を行くという名馬。その名馬さえ、道に転がる小石一つで体勢を崩すという。
千里の馬も伯楽に会わず(せんりのうまもはくらくにあわず)
一日で千里を走る脚があっても、それを見て取る目に行き当たるとは限らない。 腕を持て余したまま埋もれている当人が、我が身を嘆いて口にする。 「伯楽」は、馬の善し悪しを見抜き乗りこなす名人。
手綱を締める(たづなをしめる)
馬が勝手に走り出さないように手綱をしぼること。 転じて、勝手なことをしたり怠けたりしないように注意して見張ることのたとえ。 「手綱」は、馬を操るための綱。
駄賃馬に唐鞍(だちんうまにからくら)
つり合わない飾りや装いのたとえ。 つまらないものが、身分不相応に華やかに飾り立てられること。 「唐鞍」は、儀式用のきらびやかな馬具。唐風の鞍。 荷物を運ぶだけの駄賃馬に、儀式用の豪華な鞍をつけることから。
竹馬の友(ちくばのとも)
子供のころからの親友や幼馴染のこと。 「竹馬」は一本の竹の棒を馬に見立てたもの。 幼いころから竹馬で駆け回って一緒に遊んだ友達という意味から。
天高く馬肥ゆ(てんたかくうまこゆ)
さわやかな秋を言い表す言葉。 秋の空は高く澄み渡り、馬もよく食べて太るという意味から。 「天高く馬肥ゆる秋」「秋高く馬肥ゆ」ともいう。
天馬空を行く(てんばくうをゆく)
天馬が、天空を自由に駆け巡るように、着想や行動が自由奔放である様子。
年寄りの言うことと牛の鞦は外れない(としよりのいうこととうしのしりがいははずれない)
経験豊富な年寄りの意見に間違いはないということ。 「鞦」は、馬や牛の尻にかけて鞍を固定する紐のこと。
何処の馬の骨(どこのうまのほね)
出どころの知れない相手を身内に迎えるものかと、突き放していう。とりわけ縁組みの話で、生い立ちの見えないことを盾に難色を示す。
駑馬に鞭打つ(どばにむちうつ)
能力のない者に、能力以上のことをさせるたとえ。多くは自分が努力することをへりくだっていう言葉。
女房百日、馬二十日(にょうぼうひゃくにち、うまはつか)
どんなものも、はじめのうちは珍しがられるが、すぐに飽きられてしまうというたとえ。 妻は百日、馬は二十日もすれば飽きてしまうとの意から。
拍車を掛ける(はくしゃをかける)
事の進行を一段と速めるたとえ。 「拍車」は乗馬靴のかかとに取り付ける金具で、これで馬の腹を蹴り刺激を与えて速く走らせることから。
白馬馬に非ず(はくばうまにあらず)
詭弁やこじつけのこと。 中国、周時代に公孫竜が、「馬」は形に名付けられた概念で「白」は色に名付けられた概念であるから「馬」と「白馬」は別の概念を表すという論を説いたことから。 「白馬は馬に非ず」「白馬非馬論」ともいう。
伯楽の一顧(はくらくのいっこ)
目利きが一度振り返っただけで、買い手のつかなかった馬の値が幾倍にもなった。 埋もれていた者が、上に立つ一人の目に留まって日の当たる場所へ出ることをいう。
走り馬にも鞭(はしりうまにもむち)
すでに十分な速さのものを、それでもまだ急がせる。 加減より、行けるところまで行かせるほうを選ぶ。 「駆ける馬にも鞭」「駆け馬に鞭」ともいう。
裸馬の捨て鞭(はだかうまのすてむち)
何もかもなくした状態になったあと、自暴自棄になって無茶苦茶なことをするたとえ。「捨て鞭」は、馬を速く走らせるために尻を鞭打つこと。人も荷物も乗せていない馬の尻を鞭打つということから。
白駒の隙を過ぐるが如し(はっくのげきをすぐるがごとし)
振り返る間もなく年が積もっていく。 人の世などひとまたぎで終わってしまう、という嘆きを込めて使う。
羽目を外す(はめをはずす)
調子に乗って度を越すこと。「羽目」は馬の口に銜えさせる馬銜(はみ)が転じたものといわれ、この馬銜を外された馬が走り回る意から。
枚を銜む(ばいをふくむ)
声を立てず、息をこらすことのたとえ。「枚」は昔、夜襲の時に、兵士や馬が声を出さないように口にくわえさせた棒のこと。「銜む」は、くわえる意。
馬脚を現す(ばきゃくをあらわす)
隠していたことがばれてしまうたとえ。 芝居で馬の足を演じている人が姿を見せてしまうことから。 「現す」は「露す」とも書く。
馬車馬のよう(ばしゃうまのよう)
他のことに気を移さずに、一つのことに集中して取り組むこと。 馬車を引く馬は脇見をしないように覆いを付けることから。
人食い馬にも合い口(ひとくいうまにもあいくち)
手に負えないと言われる相手でも、この人の前でだけは牙を収める、という取り合わせが必ずある。 人に噛みつく馬にも、なぜか背を許す者がいる。
疲馬は鞭箠を畏れず(ひばはべんすいをおそれず)
くたびれ果てた馬は、打たれてももう身を動かさない。暮らしに追い詰められた者は重い咎めを示されても怯まず、法を踏み越えていく。鞭箠はむちをいう。
百で買った馬のよう(ひゃくでかったうまのよう)
はした金で手に入れた馬は、飼葉を食うばかりで畑にも荷にも使えない。日がな寝て過ごし、どこにも当てにならない者をそしっていう。百は百文のことで、ごく安い値をさす。
瓢箪から駒が出る(ひょうたんからこまがでる)
思いがけない場所や状況から意外な出来事や物が現れることのたとえ。 または、冗談で言ったことが本当になることのたとえ。 「駒」は馬を意味し、普通なら瓢箪(ひょうたん)から出てくるはずのない馬が出てくるという意味から。
風馬牛(ふうばぎゅう)
たがいに遠く離れていることのたとえ。 「風」は盛りがつくこと。 盛りのついた馬や牛が、雌雄互いに求め合っても遠く隔たっていて会う事が出来ないとの意から。 転じて、自分とは無関係であること。また、そのような態度をとること。 「風する馬牛も相及ばず(ふうするばぎゅうもあいおよばず)」ともいう。
馬子にも衣装(まごにもいしょう)
身なりを一式そろえてやれば、中身がどうあれ人は見違えて扱う。 「馬子」は、馬に荷や客を乗せて運ぶのを生業にした者。
道草を食う(みちくさをくう)
目的地にそのまま向かわず、途中で寄り道をしたり他のことに時間を費やしたりすること。 馬が道端の雑草を食べて、歩みが止まってしまうことから。
昔千里も今一里(むかしせんりもいまいちり)
すぐれた人も、年をとれば凡人に劣ってしまうということ。 昔は千里を行くことができた駿馬も、今では一里しか行くことができないとの意から。
名馬に癖あり(めいばにくせあり)
名馬と言われる馬は、どこかしら扱いにくい癖を持っている。人間も優れた才能の持ち主には、強い個性があるということ。
痩せ馬に重荷(やせうまにおもに)
担いきれるはずのない仕事や責任を、力の足りない者に押しつけること。 やせ細った馬の背に、運びきれないほどの荷を積み上げるとの意から。
痩せ馬の道急ぎ(やせうまのみちいそぎ)
やつれた馬こそ、かえって道の先へ先へと足を運ぼうとする。持ち合わせの乏しい者ほど早く名を挙げたくて気が急き、腰を据えて事に当たれない。
痩せ馬鞭を恐れず(やせうまむちをおそれず)
やせ衰えた馬は、鞭を振り上げられてもおびえるそぶりを見せない。 貧しさに沈んだ者は、罰の怖さより目の前の苦しさが勝ってしまい、悪い道へ入り込むということ。
夕立は馬の背を分ける(ゆうだちはうまのせをわける)
通りの向こう側は日が差したままで、こちら側だけが叩きつけられている。 夏の雨は、それほど狭い幅を選んで落ちる。 「馬の背を分ける」ともいう。
竜馬の躓き(りゅうめのつまずき)
どんなにすぐれた人でも、時には失敗することもあることのたとえ。 「竜馬」とは足の速い駿馬のこと。 駿馬も躓くことがあることから。
老馬の智(ろうばのち)
年を重ねた者の知恵は、道に迷ったときの頼りになるということ。 「智」は知恵のこと。 斉の桓公が遠征の帰り道を見失ったとき、管仲が「老いた馬の知恵を借りましょう」と進言し、放った老馬のあとを追っていくと、やがて元の道へ出られたという。 同じ故事を和文でいったのが「老いたる馬は道を忘れず」。
