「神」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 36 件
「神」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全36件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
過つは人の性、許すは神の心(あやまつはひとのさが、ゆるすはかみのこころ)
人は誰でも過ちを犯すものなので、むやみに人を責めてはいけないということ。 「過ちは人の常、許すは神の業」ともいう。
伊勢へ七度、熊野へ三度(いせへななたび、くまのへみたび)
信仰心が深いことのたとえ。 伊勢神宮へ七度、熊野三山へ三度もお参りするほど信仰深いとの意から。 このあと続けて「愛宕(あたご)様へは月参り」ともいう。
稲荷の前の昼盗人(いなりのまえのひるぬすびと)
神をも恐れない図々しい人のたとえ。 白昼堂々、稲荷神社の前で物を盗む不届き者のことから。
祈らずとても神や守らん(いのらずとてもかみやまもらん)
行いが正しく慎み深ければ、ことさら神に祈らなくても自然に神の加護があるものだということ。 菅原道真の作といわれる「心だに誠の道に叶いなば祈らずとても神や守らん」より出た言葉。
臆病の神降ろし(おくびょうのかみおろし)
気の小さい者ほど、大げさな手立てにすがって身の安全をはかろうとするということ。 「神降ろし」は巫女が神霊を招き下ろす儀式のことで、そこまでの仕掛けを持ち出す腰の引けようをあざけった言い方。
恐れ入谷の鬼子母神(おそれいりやのきしもじん)
「恐れ入りました」をしゃれていう言葉。「鬼子母神」は、出産・育児の神で、その鬼子母神を祭る東京都台東区入谷と「恐れ入りやした」の「入りや」をかけていったもの。
お百度を踏む(おひゃくどをふむ)
願い事が叶うように神前や仏前まで百回往復して祈願すること。また、頼みごとを聞き入れてもらうために、相手のところを何度も繰り返し訪ねること。
御神酒上がらぬ神はない(おみきあがらぬかみはない)
神様でさえお酒を召し上がるのだから、人間が酒を飲むのは当たり前だということ。 酒飲みが飲酒することの自己弁護に使う言葉。 「御神酒」は、神前に供える酒のこと。
回禄の災い(かいろくのわざわい)
火事・火災のこと。 「回禄」は、中国の火の神の名。その火の神から受けた災いのことから。
稼ぐに追い抜く貧乏神(かせぐにおいぬくびんぼうがみ)
いくら働いても貧しい人は貧乏から抜け出すことができないというたとえ。
叶わぬ時の神頼み(かなわぬときのかみだのみ)
思うようにことが運ばなくなって初めて、日ごろ拝みもしない神仏の前に手を合わせるということ。 自分の力では埒が明かないと知るなり急に信心深くなる、その虫のよさをついた言葉。
神掛けて(かみかけて)
神様に誓って。 自分の言動などに偽りがないことを強調するときに言う言葉。
神様にも祝詞(かみさまにものりと)
わかりきったことでも、黙っていては相手に通じないので、口に出して言うほうがよいというたとえ。 いくら神様でも、お祈りの言葉を聞かなければその人の願いは分からないとの意から。
神ならぬ身(かみならぬみ)
全知全能の神ではない我が身。人間の能力には限界があるということ。
神は正直の頭に宿る(かみはしょうじきのこうべにやどる)
正直で誠実な人には必ず神の助けがあるということ。
神は非礼を受けず(かみはひれいをうけず)
礼にはずれたことを願っても、神は聞き届けてはくれないということ。
神は見通し(かみはみとおし)
神様は人々のどんなに小さい行為でも見抜いているので誤魔化すことはできないということ。 「神様はお見通し」「天道様はお見通し」「天は見通し」「神仏は見通し」「仏は見通し」などともいう。
神へも物は申しがら(かみへもものはもうしがら)
頼みごとは、まごころだけでなく持ちかけようしだいで届き方が変わるということ。 神に願をかけるときでさえ、申し述べようが物を言う。
神も仏もない(かみもほとけもない)
困難な状況から救ってくれる神様も仏様もいないと嘆いていう言葉。
願を懸ける(がんをかける)
神仏に自分の願い事が叶うように祈ること。 「懸ける」は「掛ける」とも書く。 また「願を起こす」「願を立てる」ともいう。
鬼神に横道なし(きじんにおうどうなし)
神は筋の通らないことや不正には手を貸さないということ。 横道は道理にはずれたおこない。
触らぬ神に祟りなし(さわらぬかみにたたりなし)
何事も関係をもたなければ、災いを招くことはないということ。 神様と関わりをもたなければ、神様の祟りを受けることはないとの意から。
祝融の災い(しゅくゆうのわざわい)
火事の災難のこと。「祝融」は、火をつかさどる神から転じて火事の意。
知らぬ仏より馴染みの鬼(しらぬほとけよりなじみのおに)
見ず知らずの善人より、癖は承知のうえで付き合ってきた相手のほうが当てになる。 人柄の良し悪しより、勝手の知れていることが物を言う場合をいう。
捨てる神あれば拾う神あり(すてるかみあればひろうかみあり)
人から見捨てられることもあれば、親切に助けてくれる人もいる。たとえ不運なことがあっても、くよくよするなということ。 「捨てる神あれば助ける神あり」ともいう。
民の声は神の声(たみのこえはかみのこえ)
民衆の言うことは真理であり、神の言葉に等しい。為政者は世論に耳を傾けるべきであるということ。イギリスの神学者アルクインの書簡にある言葉。
天知る地知る我知る人知る(てんしるちしるわれしるひとしる)
悪事はいつか必ず露見するということ。 後漢の楊震(ようしん)が賄賂(わいろ)の受け取りを断った時の言葉。 誰も知るまいと思っても、隠し事は天の神様も、地の神様も、自分も、それを仕掛けたあなたも知っているとの意から。 「四知」ともいう。
天道、是か非か(てんどう、ぜかひか)
天は善人には幸福を、悪人には懲罰をもたらすというが、現実には善人が不幸で、悪人が繁栄していることが多い。果たして天は正しいのかどうか疑わしいということ。
天道、人を殺さず(てんどう、ひとをころさず)
天は人を見捨てるような無慈悲なことはしないということ。
天に口なし人を以て言わしむ(てんにくちなしひとをもっていわしむ)
誰が言い出したともなく世に行き渡った評判は、当人たちの思惑を越えたところから出ている。そこには相応の理由があるとみて、軽んじてはならないとする。 また、伏せておいたはずの事柄が、いつしか人づてに広まる例にも当てはめる。
天に眼(てんにまなこ)
天の神には人の行いをすべて見通す眼があり、そのよしあしに応じた賞罰を与えるので、悪いことはできないということ。
天の配剤(てんのはいざい)
天の神は、善行に対してはよい報いを、悪行に対しては悪い報いを与えるということ。「配剤」は薬の調合のこと。転じて、物事をほどよく組み合わせるという意。
天は自ら助くる者を助く(てんはみずからたすくるものをたすく)
天は、人に頼らず自ら努力する者に力を貸し、幸福を与えるということ。 「神は自ら助くる者を助く」ともいう。
天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)
悪事を犯した者は必ず天罰を受けるということ。 「恢恢」は広大なこと。「疎」は粗いこと。 天の網は広く、目が粗いように見えるが、絶対に網の目から漏らすことはないとの意から。
罰が当たる(ばちがあたる)
神仏から悪事などの報いを与えられること。
人盛んにして神祟らず(ひとさかんにしてかみたたらず)
人の運勢が盛んな時は、神仏でもこれをとどめることが出来ないということ。
