「居」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 39 件
「居」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
安に居て危を思う(あんにいてきをおもう)
今の落ち着きが続くとは見ずに、崩れたときの手を先に打っておく。動き出してからでは間に合わないからである。
行く行くの長居り(いくいくのながおり)
「もう帰る、もう帰る」と言いながら、なかなか帰らずいつまでも話し込んで長居をすること。
居ずば出会え(いずばであえ)
卑怯な人や臆病な人が、本当は強くもないのに強そうに振る舞うのを、あざ笑う言葉。 相手が留守だと分かってから、「いるのなら出て来い、相手になってやる」とわめき立てる様子から。「出会え」は、表に出て来て相手をしろという呼びかけ。 「[[犬の遠吠え*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1848.php]]」も、よく似た意味の言葉。
居住まいを正す(いずまいをただす)
きちんと座り直す。座り方をあらためる。
居候、三杯目にはそっと出し(いそうろう、さんばいめにはそっとだし)
他人の家に世話になっている者は、食事の時も遠慮がちに三杯目のお代わりをするということ。居候の肩身のせまさを詠んだ川柳から。 同じく居候をよんだ川柳には、その横着ぶりをよんだ[[居候角な座敷を丸く掃き*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8787.php]]もある。
居候角な座敷を丸く掃き(いそうろうかくなざしきをまるくはき)
他人の家に住まわせてもらっている居候は、とかく横着で、どんなことにも身を入れずにいいかげんに済ませがちだということ。 居候が座敷を掃除するときに、角ばった部屋の隅まで箒を届かせず、中ほどを輪を描くように掃くだけで終わりにする様子をよんだ川柳から出た言葉。 隅を残して丸く掃くという言い方は[[四角な座敷を丸く掃く*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/510.php]]にも見られるが、あちらは居候に限らず、物事の手抜きを広くいう。居候の暮らしぶりをよんだ川柳には[[居候、三杯目にはそっと出し*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2469.php]]もある。
居ても立っても居られない(いてもたってもいられない)
不安なことや嬉しいことがあり、心がそわそわして落ち着かないさま。
居ない者貧乏(いないものびんぼう)
その場に居合わせない者は、分け前をもらえなかったり、自分のうわさ話をされたりして、いろいろと損をするということ。
居仏が立ち仏を使う(いぼとけがたちぼとけをつかう)
座っている者が、立っている者に用事を頼むたとえ。「居仏」は、座像の仏のこと。
居留守を使う(いるすをつかう)
在宅していながら、出かけている体を通すこと。訪ねてきた相手に応じたくないとき、扉の内側で息を潜める。
内に居る時の蛤貝、外へ出た時の蜆貝(うちにいるときのはまぐりがい、そとへでたときのしじみがい)
本当は気が小さいのに、家の中では偉そうに大きくふるまい、いったん外に出て他人の前に立つと、とたんに身を縮めておとなしくなってしまう人のたとえ。 蛤は海の浅瀬の砂にすむ、手のひらに載るほどの大きな二枚貝で、蜆は川や湖にすむ、指先ほどの小さな二枚貝である。家では蛤のように大きく見せていた人が、外では蜆のように縮んでしまうようすを、大小二つの貝の対比で表した言葉。 家の中と外とで態度が大きく違う人を指すものとして、「[[内弁慶外すばり*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2164.php]]」もほぼ同じ意味で用いる。
男は敷居を跨げば七人の敵あり(おとこはしきいをまたげばしちにんのてきあり)
一歩でも家の外へ出れば、行く先々で立ちはだかる相手がいる。 世に出て働くとは、そういう相手を抱えて進むことでもある。
鬼の居ぬ間に洗濯(おにのいぬまにせんたく)
怖い人や気兼ねする人がいない間にのびのびと寛ぐこと。「洗濯」は命の洗濯の意で気晴らしのこと。
陰に居て枝を折る(かげにいてえだをおる)
恩を受けた人にひどいことをするたとえ。 木陰で涼んでいた者がその木の枝を折ることから。また、恩人の見ていない所で恩人の家の木の枝を折ることから。
歌人は居ながらにして名所を知る(かじんはいながらにしてめいしょをしる)
歌人は古歌や歌枕の研究によって、実際にその場所に行ったことはなくても、名所について詳しいということ。
奇貨、居くべし(きか、おくべし)
絶好の機会は、逃さずうまく利用せよということ。 秦の国の相となった呂不韋がまだ若くて商人だった頃、趙の人質となっていた太子の子、子楚を助けて将来うまく利用しようと「此れ奇貨居くべし」と言った故事にもとづく。 「奇貨」は珍しい品物、「居く」は蓄えるの意。
危邦に入らず乱邦に居らず(きほうにいらずらんぽうにおらず)
乱れた国に身を寄せてはならず、危うくなった国からは早々に退く。 世情の荒れた土地と関わりを断つのが、身を全うするいちばんの道だという説き方。
鳩居(きゅうきょ)
鳩は自分では上手に巣をこしらえられず、かささぎがかけた巣に入りこんで暮らす。ここから転じて、嫁いだ女性が自分の力で一家を築くのでなく、夫の家へ移って、そこを我が家として住みつくたとえ。自分の家を持たず、借家に住んでいる身の上にもたとえる。 古代中国の詩を集めた『詩経』の召南の部にある「鵲巣(じゃくそう)」という詩の、「かささぎに巣があれば、鳩がそこに住む」という句にもとづく。かささぎはカラスの仲間の鳥。この詩は、嫁いでいく娘を、たくさんの車をつらねて迎える様子をうたったもの。四字熟語の[[鳩居鵲巣*https://yoji.jitenon.jp/yojig/3317]]も、この詩から生まれた。
居は気を移す(きょはきをうつす)
住む場所や地位によって、人の性格や考え方は変わるということ。
愚者の百行より知者の居眠り(ぐしゃのひゃっこうよりちしゃのいねむり)
愚か者の数々の行いは、優れた人の居眠りにも及ばないということ。転じて、つまらないものが数多くあるより、よいものが少しあるほうがいいというたとえ。
煙る座敷には居られるが、睨む座敷には居られぬ(けむるざしきにはいられるが、にらむざしきにはいられぬ)
煙がこもってけむたい部屋なら、つらくてもまだがまんしてそこにいられる。けれども、だれかにいつもにらまれ、することを一つ一つ見張られている部屋にいるのは、とても耐えられない。 おもに、意地悪な姑と同じ家で暮らす嫁の苦しさをいう。目にしみる煙よりも、人からとがめるような目で見られ続けるほうが、ずっとこたえるというたとえである。 「座敷」を「家」にかえて、「煙る家には居られるが、睨む家には居られぬ」ともいう。
敷居が高い(しきいがたかい)
不義理などがあって相手の家に行きにくくなることのたとえ。
敷居を跨ぐ(しきいをまたぐ)
家の中に入ること。または、家に出入りすること。
湿を悪んで下きに居る(しつをにくんでひくきにおる)
じめじめした場所を厭いながら、なお水の溜まる窪地に住みつづける意から、みずから望まない有り様に身を置きつづけ、そこから動く気配のないこと。よくないと承知のうえで同じ振る舞いを重ねる場合にいう。
芝居掛かる(しばいがかる)
話し方や身ぶりが自然さを失って、舞台の上の演技めいてくる。
芝居は無筆の早学問(しばいはむひつのはやがくもん)
書物に向かえない者でも、舞台を見ているあいだに世の移り変わりや人の道筋が呑み込めてくる。 芝居小屋が、そのまま教場の役をしていた。 「芝居は一日の早学問」ともいう。
小人閑居して不善をなす(しょうじんかんきょしてふぜんをなす)
器の小さい者は、手の空いた時間の使い道を知らない。 することが無くなったとたん、余計な方へ向かってしまう。 人物のできた相手を前にすると、しでかした分を取り繕おうとする、というところまでが一続きに述べられている。 「小人」は、君子の対で器量のせまい人。「閑居」はひとり暇にしていること。
立ち仏が居仏を使う(たちぼとけがいぼとけをつかう)
立っている者が、座っている者に用事を頼むたとえ。自分で出来ることを無精して人にさせるたとえ。「居仏」は、座像の仏のこと。
治に居て乱を忘れず(ちにいてらんをわすれず)
世の中が平穏で安泰なときにも油断せず、いつ訪れるかしれない危難に備えておくべきだということ。安らかな状況にあってこそ、かえって危うい事態を心に留めておくべきだとする戒め。 「安きに危うきを忘れず」ともいう。
鳶も居ずまいから鷹に見える(とびもいずまいからたかにみえる)
どんな人間でも、立ち振る舞いをきちんとすれば、立派に見えるというたとえ。 見栄えのよくない鳶でも、振る舞い次第では鷹のように見えるとの意から。
